1話 暇な春休み
暇だ。
今は春だっていうのに。
野には花が咲き溢れ、森では動物達が子育てを始める季節。
学生は友達作りに精を出し、どこの職場にも新入りがやって来る時期。
誰もかれもが忙しなく動き、町は活発になっている。
なのに、私だけが置いていかれたみたいだ。
もちろん、いつもうちの向かいが井戸端会議の会場になるのに理由があるように、私がぼんやりと店番をしているのにも理由がある。
この春、私リズ・マドークは学校を卒業し、来月から家の魔道具店で働くことに決まった。
だから、友達と思いっきり遊べるのも今月が最後だろうと、予定を開けておいたのだが。
なんと、暇な友達など一人もいなかったのだ。
就職先がまだ決まってなかったり、都会に行くやつはとっくに出発してたり、卒業式の翌日から働いていたり……。
仕方なく家でゴロゴロしていたところ、父さんに店番を押し付けられたというわけだ。
父さんも緊急集会だとかで慌てていたし、在学中も時々手伝っていたから、店番自体は別にいい。
だが、暇なのは辛い。
客は来ないし、この家にある本って教科書みたいなのばっかりだし、何もすることがない。
あっ、おしゃべりしていたご婦人方が解散していく。そろそろ昼ご飯を作る時間のようだ。
あんまりお腹減ってないし、どうしよっかな。
「あれ、店やってんの?」
「やってますよ」
通りかがりの冒険者が声をかけてきた。
いかにも中堅冒険者って感じの、ふつーの兄ちゃんだ。
一緒に歩いていた魔術師のような人は仲間の冒険者だろう。退屈そうに突っ立っている。
「いやー、どこの店も集会だとかで閉まっててさ、困ってたんだよ。嬢ちゃんがいてくれて助かった。……もしかして、おっさんの娘さん?」
「ええ、娘です。父がいないので一級危険物はお売りできませんが、それ以外なら大丈夫ですよ」
兄ちゃんは楽しそうに店内を見て回る。
逆に、仲間の魔術師は興味ないらしく、店に入ろうともしない。
……逆じゃない?
兄ちゃんの腰には立派な剣があるから、間違いなく剣士。
そして、ローブを着ている人も魔術師以外にいないと思うんだけど……。
うーん、兄ちゃんは魔法も剣も使える天才で、ローブの人はただの寒がりとか?
「じゃあ、この魔石4つ貰える?」
「銀貨5枚になります」
兄ちゃんが渡してきた銀貨の裏には、王宮の絵が彫ってあった。
王都からやってきてまだ日が浅いのかもしれない。
卒業試験の勉強があったから、最近は店番していなかった。その期間にこの町にやって来たのだろう。
「いやー、良品質な上に安いと来てるから、この店にはいつも助かってるよ」
「ありがとうございます。ぜひまた来てくださいね」
「来る来る! じゃあまたね~」
買いたかったものが買えてよほど嬉しかったのか、通行人のおっさんに挨拶してハイタッチまでしていた。
スキップする兄ちゃんの後ろを、魔術師が小走りで追いかけていく。
……あ、ハイタッチしたおっさん、父さんじゃん。
――
「昼間の人、よく来るの?」
「おお、1か月くらい前から数日おきに来てる」
夕食の後、大事な話があるとかで、父さんと一緒に店まで来ていた。
父さんが椅子に座り、私も机を挟んで反対側の椅子に座る。
主にオーダーメイドの相談をする時に使う机だ。
「剣士? それとも魔術師? 一緒にいた人は?」
「あいつは剣も魔法も使えるけど、ランクはそんなに高くなかったな。
一緒にいたのは魔術師だけど、店で売ってるものは信用できないとかで、全部自作してるって聞いた」
「へぇー。あの二人って他のパーティーメンバーもいるの? この町に来たのは――」
「リエンのことはどうでもいい」
父さんが少し大きな声を出したので、思わず口を閉じる。
卒業前に進路の話をした時以来……いや、あの時よりも真剣な表情だった。
それに、ハゲかけた頭で汗が光っている。
まさか、私に縁談がきたとか言うんじゃないだろうな。
「あー……今日の集会の件なんだが」
そういえばそうだった。
緊急集会なんて初めてな気がする。
「今度、この町にウィルゴ商会の支店ができるらしいんだ」
「え、あの?」
父さんは無言で頷いた。
ウィルゴ商会。
魔道具、武器、防具など、冒険者に関わるありとあらゆるものを扱う大商会だ。
王都を初めとする大都市にはどこでも支店があって、王家や大貴族にも顔がきくという。
「でも、そんなに驚くこと? この町のダンジョンも発展してきたし、近々大商会のどれかは来るだろうって言われてたじゃん」
さすがに最大手のウィルゴ商会が来るとは思ってなかったが、緊急集会なんてやるまでもなく、定例集会でも既に十分話し合ったはずだ。
確か、大商会と差別化を図って、この町のダンジョンに合わせた商品を作ろう、なんて結論が出たはずだが。
「……それだけじゃなくて、冒険者関連の商売をする基準が大幅に上がったんだ。ほらこれ」
市長からの通達らしき紙を渡される。
『従業員に一人以上、Cランク以上の冒険者または元冒険者が必要』
『従業員に一人以上、冒険者ギルドの定める2級以上の資格を持つ者が必要』
来月末に条件を満たしてない店は、閉店しろと書いてある。
「こんなの無理に決まってんじゃん!」
今まではほとんど資格なんて必要なかったのに……。
Cランク以上の冒険者でも、2級以上の資格でも、かなり良い仕事に就ける。
言い方を変えると、そんな人材が田舎の小さな魔道具店で働くわけがない。
「なんでまたこんな時期に……あっ」
この町に、現時点で条件を満たしてる店はほとんどない。
そして、あと1か月足掻いたところでどうにかなるわけもない。
しかし、小規模の店には死活問題であっても、大商会ならこの程度の人材はザラにいる。
そう、例えばウィルゴ商会とか。
「ウィルゴ商会が市長に圧力をかけて、規則を変えさせた……ってこと?」
「だろうな。ライバルになり得る店はあらかた潰した上で、優秀な職人は支店で雇うつもりだな」
……父さんは雇ってもらえるだろうけど、私はどうなるんだろう。
今さら、学校を出ただけの小娘が働けるところなんてあるんだろうか。
「他の店はどうするって?」
「皆まちまちだった。引退して息子の家に行くって奴、実家に戻って働くって奴、知り合いの冒険者を呼ぶ奴、破格の賃金で雇うって奴、……野垂れ死ぬしかないって奴」
「そんな……」
「クッソォ! 何でこんな卑怯な手で店潰されなきゃなんねぇんだよ! なんで……」
顔を覆った父さんの手から、何かの雫がこぼれ落ちる。泣いているところなんて、何年ぶりに見ただろうか。
この店は、行商人だった私の祖父母が開店したのを父さんが継いだらしい。
二人がどれだけ努力したか、小さい頃から繰り返し聞かされている。
大事な店だから絶対に閉めることはないって、父さんはいつも言っていた。
「ねぇ父さん、2級の資格って、どれくらい難しいの?」
「あんなん楽勝だよ。20年店やっててできないわけがない。Cランク冒険者の方が問題なんだって」
「じゃあさ、父さん資格取ってきてよ。私が冒険者になる」
真面目な話をしている最中なのに、泣きながら驚く父さんはなんだか面白い顔になっていた。
「…………え? お前、どれほど危険なことか分かってんのか?」
「分かってるって。2度と来なかった常連さんだっていたんだから」
「いいか、考え直せ。店は確かに大事だが、お前の命と比べられるわけがないだろ」
「それでも私は冒険者をやってみたいの」
父さんは、私が店のために危険を冒そうとしているとか思っているんだろうけど、今回のことはきっかけに過ぎない。
冒険者に憧れて、友達とギルドに登録に行ったこともある。
冒険者に商品を売る側として、1度くらいダンジョンに潜るべきだろうと思ったこともある。
冒険者の経験はこれからどんな仕事に就くにしても役立つはず。
自分のやりたいことが家のためにもなるんだから、どうかやらせて欲しい。
……みたいな感じで話したら、最後には納得してくれた。
ちょっと盛った気もするけど、まあいいだろう。
こうして、私は冒険者になることが決まった。
……良い暇潰しになるとか、思ってないよ?
初投稿です。
今日は6話くらいまで投稿して、それ以降は1日1話、朝8時頃に投稿しようと思います。