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短編

「小言、叶えます。」

作者: 高原 律月


 白い女は言った。


「この花が咲く頃に私の所に来て」


 私が訳も分からず頷くと、にこりと微笑んで女は去っていった。


 首を傾げて空を見る。


「春頃、か」

 

枯れ枝の合間に瞬く星を眺め、溜息をひとつ、そう零してみせた。

 

それからというもの、順風満帆とまではいかないがそれなりに良い事が続いた。

 例えば、上司に嫌味を言われなくなったとか臨時収入に三万円が当たっていたとか、そんな些細な事。

 思えば、あの女性に会ってからだ。


しかしだ、そもそも、どうやって彼女に出会ったのだろう。


思い出してみた。

 

あの日は確か、同僚と上司の悪口を肴に酒を飲んでいた。

酒は美味、口も軽く、私は上機嫌だった。

「あーあ。今の商談さえ纏まれば、なぁ」

「それを言っても仕方がないさ。こればかりは先方のご機嫌次第だからな」

「それもそうだ。気楽に構えるか。

それより、年末ジャンボは買ったかい」

「当たる筈もなし、買わなかったよ」

「まあな。それでもと、私は買ったよ。せめて四等くらいは当たるといいんだけどな」

「宝くじより課長が車に当たる確率の方が期待できそうだ」

「ハハ。そうなれば、ざまぁみろだ」

 そんな調子で他愛ない会話をしていると、

カウンター奥にある桜の屏風が目に留まる。

「日本人は桜が好きだからね」

 ちびりと酒をすすると、彼がそう答えた。

「こんな時期に桜は珍しいね」

「確かに季節外れだ」

 それから、また幾らかの会話を続けた後、彼はホームへ、私は酔いを醒ますのに小川の土手沿いを歩いた。

 町明かりが、ゆらゆらと流れては消えていく。私にはその色が堪らなく印象に残った。

「そろそろ、十二時か」

 時期も時期だけに途絶えそうにもない自動車に気を付けながら、脇道に潜り込んだ。

 脇道の終わり、公園に差し掛かった時に彼女は現れた。

「どうも、こんばんはぁ」

「は、はあ」

 明かりも散り散りの公園で、その女性だけは、はっきりと認識できて、陶磁器のような首筋からキラキラと揺れる髪は現実を捻じ曲げているようだった。


 そして、以下に続くといった具合だ。


「また会えるのだろうか」

 私はあれ以降、春でもないのに、つい開花予想を検索していた。

 もしかしたらと、足繁く通い詰めてもみたが、彼女が現れる事は無かった。

 とうとう、私は諦めた。

「酔った勢いで夢でも見ていたのだろ」

 そう言い聞かせると、公園に通うことは無くなった。

 そうして、また一カ月ほどが経ち、不意にあの公園の木を思い出した。

 時計を見ると、午前二時―。

 もしかしたらと、また考えていた。

「終電に間に合う訳もなし、寄り道しよう」そう思い、帰り支度を急いで会社を出た。

 丁度、三十分歩いたところで公園に着く。

 出会った木の下を注意して見てみると、彼女が居る。私は鞄を捨てて駆け寄り、彼女は優しく冷酷に微笑んだ。

 次の一瞬、私はお腹の辺りに鋭い物が当たる感触を覚える。しかし、目線を落としても体に何ら変わりは無く、ただ彼女が手を差し出していただけだった。

「来てくれたのね、私と一緒に遊びましょ」

 私は彼女に手を引かれて走った。

 

 

 次の朝、新聞に掲載された時期の早い桜の開花で世間が賑わった。その隅に、小さく会社員の過労死も報道された。

 どうやら私は、この前課長に昇進したんだったっけなあ。


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