第五十三話 命名 ベティ・ベヒモス
俺が話しかけようとすると、ベヒモスは手をあげて遮った。
「しばし、待て」
俺が頷くと、俺のところへ歩いてくる。いや、正確には背後にいたサァベルに歩いてきた。サァベルは俺の服を掴んで離さない。力強く握る事で、何とか逃げ出す衝動を抑え込んでる。
ベヒモスがサァベルの前に立つと、サァベルは下を見たまま顔を上げることが出来ずにいた。するとベヒモスは黙ってサァベルを抱きしめる。
サァベルの顔を胸に抱きしめて、耳元に優しく言った。
「目を瞑って深呼吸せい。
ワシの胸の鼓動が聞こえるか?
落ち着いて聞け。
安心せよ。
ワシは何もせぬ。
怖がらせて、すまなかったな」
サァベルが落ち着いてきたようだ。ベヒモスがサァベルの背中を優しく撫でている。
いいなぁ、サァベル。俺もあんな巨乳に顔を埋めたい。羨望の眼差しで見ていたら、不意に引っ張られた。
ぽふんと柔らかいクッションに顔を埋めてると、すぐ上にイオリの顔があった。
「自分の胸は如何でありますか?」
すると背中から抱きしめられた。ちょうどゴーレム姉妹に挟まれた感じだが、背中も大変に柔らかい。
「自分の胸もどうでしょうか?」
「素晴らしく良い。が、生乳が良かったな」
「「承知。しばし、お待ちを」」
本当に脱ぎ始めたので慌てて止めた。冗談だったんだけど、本気にするとは。深夜の寝静まった頃に、寝室に来てくれたら喜んでやってもらうのにな。
でも、これは言わないよ。本気にされたらマズイもんな。そうじゃなくてもサァベルとリルが寝に来るし。もちろん、性的にじゃなくて犬猫的にだけど。
気がつけば、目の前にベヒモスとサァベルが立っていた。サァベルの目には、もう怯えの色は消えている。
「ワシのゴーレムどもを盗んだ挙句に、すけべな事をさせよって。まさか、ワシにもやらせる気じゃなかろうな?」
「させないよ。ところで、俺のパートナーにならないか?」
「ワシに伴侶になれと言うか?」
そういえばパートナーには、伴侶って意味も含まれてるのかな。アース・クロニクル・オンラインでの用語を、そのまま使ってたから深く考えた事は無いんだよな。
そもそも、最初はペットと言ってたんだけど、人型が増えて運営もマズイと判断したのか、パートナーと名称が変わったんだっけ。
俺はそのパートナーをたくさん持ってたから、仲間って解釈で使ってたんだ。
「伴侶でも構わないが、まずは仲間になってくれないか。俺一人じゃ何も出来ないが、仲間のおかげで色々とやってこれたんだ」
ベヒモスはサァベルやリル、他の仲間達を見てから、「まぁ良かろう」と言った。
「じゃあ、名前をつけるけど構わないか?」
「任せる」
「ベティ・ベヒモスにしよう」
「よかろう。今日からワシはベティじゃな」
眠そうなタレ目のベティは、イオリを呼ぶと運ぶように命じた。
「自分で歩けよ。イオリが大変だろ」
「嫌じゃ。言っておくが、ワシは何もやらぬ。食って寝る日々を過ごすからの?」
「そもそも我ら姉妹はベティ様の世話係として作られたのです」
ベティをお姫様抱っこしたイオリは、俺に微笑みながら言った。
「具体的には排泄物の始末や、毛繕い、かゆい場所をかいたりであります」
と、ミスリーン。
「お前、家の中で、ベッドで服を着たままウンコするなよ?」
「するかッ!! ゴーレム共にやらせてたのは、寝床の洞窟が狭くて動きにくいからじゃ!」
一応、そうしたところで、スライムに排泄物を食べてもらえば、どうにかなるとは思うが、悪臭が漂うのは勘弁だよな。
「ワシを見て妙な事を考えてるじゃろ?」
考えてないと誤魔化して、何か持っていく私物はあるかと尋ねてみた。
「強いて言うなら、そこの姉妹じゃな。ワシの世話係じゃからの」
「外のロックゴーレムやアイアンゴーレムはいらないのか?」
「いらぬ。あれはワシの住処で喧しい者を追払うために作ったのじゃ」
そこで、今回の騒ぎについてベティに教えたのだが、ベティが怒ってしまった。
「人間の迷惑と言うがの。ワシは人間と盟約を結んでおるのじゃぞ! 鉱山も鉱石が良く出るようにしてやったではないか」
ベティが言うには、この場所をベヒモスの住処として認める代わりに、違う場所を鉱山として、鉱石が良く出るように能力まで使ってやったそうだ。
「その盟約の話、全然聞いてないんだが」
「これだから人間は信用できぬ。やはりワシは、一人で生活するかのぅ」
「その盟約って、何年前の話なんだ?」
「つい先日の事を忘れるか!?」
つい先日って、ゴーレム事件は結構前からあるよな。先日って事は無いだろ。イオリがベティをつついてる。
「なんじゃ、イオリ」
「人間とベティ様では時間の感覚が違いますよ。人間からすると、あの盟約は二千年ほど昔になります」
「・・・だから、つい先日じゃろ?」
俺とイオリとミスリーンで人間だと数百世代くらい入れ替わると教えてやった。
「むぅ、だとすると人間が忘れても仕方ない事ではあるな。しかも犠牲者も出たか。ワシも無用な恨みは買いたくない」
とりあえず鉱山を含むベヒモスの住処を譲渡する事は約束できる。
「これで人の命が戻るわけでは無いが、生きるうえで金銭は重要なんじゃろ?」
そう言って目の前に、金塊と銀塊と宝石の原石が積み上げられた。
「これを犠牲者の家族にやるが良い」
ミスリーンとイオリに手伝わせて、ミッキーの倉庫に収納する。これで事件は解決だな。俺達は洞窟の出口へと向かうのだった。




