それぞれの主張
有島武郎を読んでいて、こういうの書けたらなぁと思って書いたものです。自分のはビミョウですが、有島武郎はいいやつばっかりですので、読んでみてください。一房の葡萄がおすすめです!
散歩に出た。
雲はすーっと伸び、涼しげな風を送る。空を見上げていると、愛犬が急かす。たしなめるようにリードを引くのだが、犬も公園に着いたら遊んでくれることを知っているので従う。
何てことのない昼下がり。10年来の相棒と日課をこなす。たまに変化が欲しいなあと思うことがあるが、この幸せを手放すことになるのならまっぴらごめんだ。
庭の綺麗な林田さんちの前では、ちょうちょうに誘われる愛犬のタロウに苦笑いをし、電信柱のにおいを満足げにかいでいる時も、辛抱強く待つ。ただ、横断歩道を渡る時には、飼い主を先導して先を歩いてくれるのだ。何とも愛らしい。
横断歩道を2つ渡った電気屋さんの前でタロウは用を足し、自分は店主に見つかる前に急いで回収する。そして、横断歩道をさらに一つ渡った所に、いつもの公園があるのだ。
60代の男は楽園を期待していた。仕事を定年退職し、愛犬との余暇が永遠に続くことを期待していた。しかし、物事が上手く行っている時は、大抵怠けてしまうものだ。そして突然試練が訪れるのである。彼も例によって例の如くそうなった。
彼はタロウと共に、スキップをして公園に向かっていた。するとその時、中からサッカーボールが飛び出してきた。タロウは自分に投げられたのかと勘違いして追いかけようとした。60代の男は力強くリードを引っ張る。彼はぎょっとした目で事の成り行きを見守った。しかし、中から出てきたのは可愛い小さな男の子だった。60代の男は、大声でバカ騒ぎするヤンキーだの公園でたばこを吸うような不良だのを想像していた。でも考えてみたら、ボールが道に出てしまうのとヤンキーや不良は関係なかったのだ。実際男の子は全然そんな感じはしない。むしろ、小学2年生くらいでとてもあせっている様子だった。
60代の男は、距離が遠かったのでじっと見ていた。男の子はボールを見つけて急いで走り出した。するとその時、向こう側から猛スピードで車が走ってきたのだ。黒くてでかい、おっかなそうな車だ。男の子には気づいていない。男の子の方もボールに夢中になって気づいていない。あっと思った時には遅かった。
「キキー バンッ!」
何とかブレーキをし男の子は無事だったが、ボールが激しく飛んで行った。タロウはまたしてもボールを追いかけようとした。しかし、60代の男は、今度はリードを握らなかった。なぜなら、運転手の剣幕がすさまじかったからだ。
「おい、何すんだ、クソガキ! 危ねえじゃねえか!」中から、いかついサングラスをした金髪の兄ちゃんが出てきた。
「おいてめぇ、何じろじろ見てんだよ! 頭を下げねぇか、頭を!」しかし、そんなことを言われても、男の子は増々おどおどするだけだ。だんだん目に涙が浮かんできた。
「はっ!? おい! な、なに泣いてやがんだよ!? お、おれは悪くねぇしっ! ちきしょう!」
60代の男は100パーセント男の子の味方だった。誰にだって失敗はあるものだし、大人ならなおさら子どもの失敗は許してあげるべきだ。一心不乱に歩き出す。タロウも置き去りにしていた。泣き続ける男の子のもとに来ると、しっかりと抱きしめた。
どれくらいそうしていただろう。金髪の男がしゃべり始めたので我に返った。
「おいクソガキ! お前のせいで俺のベンツがへこんだじゃねぇかよ! 弁償してもらうぜ!」
男の子は、弁償という難しい言葉を聞いて凍りついた。60代の男は男の子の為に、勇気を出して立ち向かう。
「あなた、運転中よそ見をしていましたよね? しっかり防犯カメラに写っているんですよ!」
「ギクッ! いや別に知らねぇし。あ、やっべ、用事思い出した。じゃ、じゃあな!」
60代の男は、追いかけてとっちめたかったが、追い払えればそれで十分だと判断した。男の子のことも、励ましたかったし。彼は男の子の肩に手を置いた。その時の彼は、まるで学校の先生のように、熱心に男の子に接していた。
しかし、それはただの自己満足だったのかもしれない。男の子は走り出した車にこう言ったのだ。
「ちっ」
60代の男は戦慄した。か弱いと思っていた男の子の本性を知った。
男の子は平然としている。タロウの取ってきたボールをぶんどると、お礼も言わず、そそくさと戻って行った。タロウは、また投げてくれるのを心待ちにしながら、男の子を見ていた。対して60代の男は、絶望していた。彼は全く呆然としていた。一体誰が正しいのか分からなくなった。散歩に出てきた当初の充実感や幸福感も、もはや消え失せていた。そうして、中で遊ぼうと催促するタロウに怒鳴りつけて、家に向かった。
ゆっくりしようと思った休日とかに限って、急な用事とか入ったりしますよね。勘弁してほしいものです。