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だれもしらない  作者: 隼海よう
第一章
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ふちどるひとびと

 

 気味が悪い、と初めて言われたのはいつだっただろう。


 小さな作業部屋の真ん中で、洗い晒した乾布を貼った画板を見つめてふと考える。

 初めの一点はもう決まっている。そこからどの方向に筋を引くのかも、それがどのように終わり、その終点が何筆も先で描かれるどのようなセントどのような角度で交わるのかも、すでに鮮明に分かっている。あとはその絵をうまく画板に写しとれるか。それだけの問題だ。

 頭の中に描かれた一枚の絵を、ゆるやかに拡大縮小して画板の上に投影しながら、それでもまだ手は動かさない。ぼんやりと、先ほどの問いの答えを探してみる。


 あれを言ったのは、誰だっただろう。少なくとも、そこそこ近しい人間だったことは確かだ。

 ふちどるひとびと<アリキス>は原則的に己の仕事姿を同業者にしか見せてはならない。この道を志したその日からきつく師に言いつけられていた規則のひとつであるそれを破った覚えはないし、破らざるを得ないような環境で仕事をしたこともない。


 え、すごく……気味が悪い。


 その言葉に幼い自分はひどく傷ついたような気もするし、そうでもなかったような気もする。恨む気持ちが残っていないということは、それほど引きずるような衝撃ではなかったのだろう。今となっては、ただ時折こうしてどこまでも平坦な気持ちで思い出すだけだ。


 縁墨<ロスク>を手に取る。下絵用に小さく削り出されたそれは、先が柔らかく、擦ると淡く灰色の色料が滲む。真っ白の画板の上に、一見何も知らぬ人が見たら眉を潜めるくらいに無造作に、ロスクを置く。その一点から、元から画板に描かれた見えない線を辿るように、一定の速度で迷いなく、筋を引いていく。機械的に手を動かしながら、頭の中ではやはり、あの言葉について考えている。


 自分の「目」が特別であることは幼い頃から知っていた。それは当たり前のことだと思っていた。けれどあの時、自分が描き上げた祭壇の絵ではなく、自分の顔を目を眇めて眺めた後にまるで不吉な呪いを見たかのように目を逸らしたその横顔を見て、初めて自分はもしかしたらどこかがおかしいのかもしれない、という可能性に思い当たった。目以外のどこか、もっと根本的な何かが。

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