幼馴染はプライバシーという言葉を知らないっぽい。
朝、窓から差し込む光がカーテンの隙間を縫いまって私の顔に直撃する。
ちょうどよく顔だけに照らされて、まぶしさに私は目を覚ました。
「おはよう。いい天気だね」
「…………」
顔をずいと覗かせてきたのは三日月 雄二君です。
先日、死んだはずの幼馴染と再会して窮地を助けてくれた。
今、どうして私の服装を着ているかの問題は置いておきましょう。
「おはよう。雄くん……どうして今日も私の部屋にいるの?」
「死んでも守るって約束したからね」
「それはうれしい……でもね」
幼さ残る笑顔にためらいの文字はない。
キスしてしまいそうな距離まで近づいて、私はゆっくりと深呼吸して……力をためる。
腰を落とし、軸を意識して――頬めがけて大きく振りかぶった。
「女の寝室に入ってくるな~~!!」
「ぎぼっ!?」
私の渾身の一撃をくらった雄くんは壁に激突します。
ドガーンと大きな音を鳴らし、そのまま地面に横たわります。
ここが防音が組み込まれている壁でよかったです。でなければ他の人たちになんて言われるかわかりません。
毎朝の日課になりつつあるこの行為を終えた私は風呂場に向かいます。
朝風呂習慣なんてなかったですけどここ2日間で朝から入る癖がついてしまいました。
カギをかけ、バスタオルと着替えをもう一度確認した私はパジャマを洗濯機の中へ放り込めます。
パンダ模様のパジャマは子供っぽいとよく言われますが気にしません。
ついでにピンク色のCカップのブラとショーツを投げ入れ、蛇口をひねります。
「つ、めたっ……」
冷水を浴びて、一気に目が覚めました。
その後、どんどんお湯に変わっていきほっと一息がつけます。
適温になったシャワーを浴びながら考えるのは雄くんのことです。
あれから2日が過ぎました……その間の出来事はあまり考えたくはないですが一度整理しておきましょう。
「ゆう……くん?」
「懐かしいな。優奈ちゃん」
昔とほとんど変わらない顔つきで雄くんと名乗りました。
まるで時が止まっているのじゃないかと思えるぐらい顔つきが変わっていません。
だけど、体は大きくなり私を抱きしめた手は私の手よりも大きいです。
感動に涙がこぼれそうになります。ですが――――ここに雄くんがいることはありえません。
「うそをつかないでください。雄くんは……死んだのです」
「……ううん。違うよ。それは――」
「だって、私は見たんです! 音が……機械が止まる。その、瞬間を!」
そう、雄くんは生まれつきに病弱で外で遊ぶことすらできない虚弱体質でした。
「結婚しようね」なんて告白された言葉も……キスした思い出も鮮明に思出せます。
そして、その心拍数が止まる音も必ずセットで思い出すほどの私の脳裏に焼き付いています。
だから――――。
「あなた――誰ですか?」
指をさして問い詰めます。
彼には助けられた恩があります。命を救ってもらったほどの大きな恩です。
ですけど、これだけは看過することはできません。
「えっと……そうだ。昔、プロポーズしたこと」
「駄目です! それはあの当時の人なら誰だって知ってます!」
「……親に隠れてキスしたことも」
「それも駄目です! みんな知ってます!!」
「優奈ちゃん……どこまで言いふらしたの」
あの当時、私はとても恥知らずの女の子でした。
ですから、周囲に「雄くんのお嫁さんは私! だって何度もキスしたもん!」と口癖のように言っていました。
最近になってあれは恥ずかしかったなと思い返すこともありますが今は別です。
それを理由に彼が雄くんだって証にはなりません。
万策尽きたのか彼は頭をかいて、やがて思いついたようにポケットから何か取り出しました。
「それは――――」
「ずっと借りっぱなしだった。ハンカチ。これで、どう?」
その手の上にはよれよれになってあちこち破けてた小汚い子供用のハンカチがのせられてました。
当時はやったクマやキリンなどがデフォルメされた……私の大事なハンカチです。
そして、それは……病室で雄くんに最後に渡したハンカチです。
「病院で最後に貸してくれたハンカチ……これ、駄目?」
「…………」
渡した場所も合ってます。正確には貸したじゃなくて汚れてあげたなんですが……。
「貸して……ください」
「? 返すよ」
私はひったくるように彼の手からハンカチを借ります。
もし、それが雄くんにあげたものなら左下に私の名前書いてあるはずです。
上に掲げ、電灯の明かりで透かすように眺めて確認します。
【――ツキ、ユナ】
「っ!!」
よれよれになって読みにくいですが、端が破れて一部苗字が消えていますが、そこにはしっかりと私の名前が書かれていました。
「雄くん……本当に雄くんなの?」
「うん、ただいま。優奈ちゃん。約束を守りに来たよ」
そういって雄くんは私を抱きしめます。
血の匂いが強く……むせかえりそうになりますが雄くんのぬくもりを感じます。
あの時失って気づいた……雄くんのぬくもりです。
「あっ、ああっ、あああぁぁぁぁん!!」
「もう、大丈夫だから」
安心しきった私は子供のように涙を流します。
雄くんは泣きじゃくる私をずっと抱きしめて……暖かい胸の中で私は意識を失いました。