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水と私と狼と ゆきを

朝の真っすぐな日差しが降り注ぐ。流木の中で眠っていた優紀は、はみ出た膝や腕がぽかぽかと暖まるのを感じて目が覚めた。


「んぅ・・・ううーーしごとぉ・・・」


流木からはいずり出て、砂浜に仰向けに寝そべる。まっすぐな朝日が目にいたい。…ん?仕事?


「じゃないじゃん!まだ天国じゃんここ!」


優紀は吠える。やったー!という雄叫びは森へ湖へとこだましていった。

それにしても、夢じゃなかった。まだバカンスは続いていたのか。嬉しい一方不安に駆られる。本当にここにずっといるのか。本当に自分は死んだのか。それならば外見が変わるのはおかしくないだろうか。ぐるぐると頭の中をめぐる思考を振り払って、ひとまず湖で顔を洗う。


うん、やっぱりあのぱっちりお目目の理想の顔だ。しかし、これからどうしたらいいんだろう。

湖を見ても対岸は見えないし、森は短パンでいくには危険な気がする。とすればこの岸を歩いて調査するしかないのか・・・この、焼け砂のようになった浜辺を、裸足で?いやいやでも森側の日陰を歩けば・・・いや、マダニとか怖いしな。いるのか知らんけど。じゃあもう海べりの波が打ち寄せては引くあの当たりを気をつけて歩いて行くしかないのか・・・?でもそれも貝を踏んで怪我をする恐れが・・・。


どの選択枝を選んでもなかなかリスクが伴ってくる。靴さえあればもう少し探索も楽なのに。ええい、なんでこの私は靴を履いてなかったんだ!とやけくそになり近くの大きめの流木を湖に投げ入れる。と、その時。


「ちょっと!痛いじゃないの、乱暴はやめてくださらない?」


と、声が響く。まさか人がいたのか⁉と周りを見渡すもどこにも人影など見つけられない。仕方ない、姿が見えないのでは声をかけるしかない。


「す、すみません!お怪我はありませんか?どこにいらっしゃいますか!」

「どこって・・・あなたの目の前よ。」


声の主はそう言った。しかし目前には湖面だけ。どういう事だろう?と首をひねっていると目の前の湖面がざざあと持ち上がり…双頭の蛇へと姿を変えた。


「・・・・・・・・・・・・。」

「なぁに、可愛いお口開けっ放しにしちゃって。」

「・・・・・・・・・・・・。」ぺちんぺちんぺちん

「あなた、大丈夫?気を確かにして。」


無心で頬を叩いていた。だって・・・まさか、そんなの信じられる?目の前に突然、海神さまが!

「すみません、ひどく驚いてしまって。」

「あらそうなの?随分荒々しいことをしていたようだけどどうしたのよ。あなた、昨日からいるわよね?朝ごはんは食べた?」


いえ、と答える前にぐうとお腹がなる。


「仕方がないわね。」


少し待っていなさい、そう言って、海神さまは魚や貝を海流に乗せて持ってきてくれた。


「事情があるようだけど、まずは食べなさい。話はそれからよ。」


急いで火を起こし、恵んでもらったものを食す。新鮮なだけあって魚はプリプリのほくほく、立ち上がる香りはとても甘く食欲を掻き立てた。貝も、網焼きのようにして食べる。こちらもプリッつるんっと口の中へダイブしてきて、海の香りをこれでもかと堪能させてくれる。存分に海の幸…海の幸?であっているのかどうかわからないが堪能した。

そうして食べ終わった頃、ふと気になっていたことを尋ねる。


「ねえ、海神さま。」

「ん、なぁに?」

「ここは海で、あなたは海を修める神様であってますか?」

「ええそうね。海というか、随分広い湖なのだけど。」

「あ、やっぱり湖だったんだ・・・あ、それでですね、領分のお魚さんとか貝とか頂いて良かったんでしょうか?」交換できるもの、ないのに・・・と言いよどむ。

「いいのよ、その子たちは湖で問いかけたら快く協力してくれた子たちなの。ひもじい思いをしている子がいるのだけれど、だれか助けてあげられる子はいるー?って探した時にね。だから、あなたがあんまりにも美味しそうに幸せそうに食べてくれるから、あの子たちも満足だと思うわ。」


・・・思ったよりヘビーな話を聞かされてしまった。この気持ち、どうすれば。

とりあえず、食事のことを置いておき海神に聞いてみる。ここで初めて会った話せる人だ。ここで聞かねばどこで聞く。


「あのっ私、一回事故に遭って多分撥ねられたと思うんですけど、それで気がついたらここにいて。顔かたちもかわってるし、だれも見かけないしどうしたらいいのかわからなくて。どうしたら家に帰れますか…?」 

「事故・・・?はねられ・・・?はよくわからないのだけど、何か衝撃を受けてここにいた、顔が変わってた、とそういうことなのね。」

「はい・・・。」優紀は、ここにきてはじめて境遇を話すことができてつい涙が滲んできた。

「それなら大丈夫よ。元に戻る手助けはしてあげられる。」

「あ、ありがとうございます・・・っ!」

「あらあら、泣き虫ちゃんね。」


ついに優紀の涙腺は決壊した。帰れる、帰れるのか——。異界の地へ放り出されて随分不安がっていたことに今更ながら気が付く。

慰めるように擦り寄せてくれる海神さまの頭も気持ちがいい。波が奔流となって渦巻いて、双頭の蛇を形どっているのだ。

その目が優しげにこちらを見る。


「不安でいっぱいだったのね。それじゃ、私はこの湖から動けないけれど、一つ贈り物をしてさしあげましょう」

「贈り物・・・?っ、わ!」


そういうと海神は優紀の足のしたに頭を突っ込んで、高く高く持ち上げる。どこまで伸びるかわからないその身体。必死でしがみつくので精一杯だった。が。


「ほら、よく見てみなさい。ここがあなた辿り着いたところよ。」


目の前に拡がる大自然。この大きな大きな湖の向こうにも幽かに見えた、鬱蒼とした森。勿論、こちらの岸にも森が繁っている。その先には高く突き出した山が見えた。


「ここはね、死後の国じゃないの。只弾き出された人の子が迷い込む・・・なんだったかしら、そうそう迷い家のようなものね。」


前に来てくれた子が教えてくれたのよ、と海神はいう。優紀はぽそりと呟く。


「迷い家・・・広すぎない?」





 海神に「迷い家」の全景を見せてもらったその時、優紀は気がついた。

あれ、迷い家って、食べ物食べたら帰れないんじゃなかったっけ、と。そこで慌てて海神の頭を叩いて聞く。


「ねえ海神さま!さっき私お魚とか食べさせてもらっちゃったけどもう帰れないの⁉帰さないつもりなの⁉」べしべし

「ねぇ私、もうお母さんたちに会えないの?ばあちゃんたちの沢庵食べれないの⁉」べしべしべし


「聞く、聞くから少し落ち着いてちょうだい。」


海神は困り果てたような声を上げると、高くあげていた首を砂浜まで下げ、優紀をそっと下ろしてくれた。砂浜に降り立った優紀に、海神は聞く。


「ところで、なんでお魚を食べると帰れない、になるのかしら?」

「えっそうじゃないの?迷い家って、そこで出されたものを食べると帰れないって言われてるはず。・・・違うの?」

「特に問題ないわよ。帰りたい子は帰るし、帰りたくない子はここに留まる。それがこの迷い家よ。」


だから貴女はその気持ちのまま帰りたいなら帰ればいいのよ、と諭される。…良かった、帰れるんだ。

初めにここへ来たときのバカンス気分は一夜にして飛んで、帰れるかどうか現実的に考えはじめていた優紀には朗報だった。しかし待てよ、


「ね、ねぇもう一つ聞いていい?」

「もちろんよ。なに?」

「帰りたくない子は留まるって言ってたけど、ここに何人かいるの?」

「ええそうね、確か今・・・五人位いたかしら。」

「そんなに⁉じゃあ、村みたいなのをつくって生活してるの?」

「うーん・・・そこまでは私はちょっとわからないわね。気になるなら森に詳しいのを呼んであげるけど、どう?」

「よろしくお願いします!」


すると海神はびゅうと水を吹き上げ、迷い家に霧雨を降らせた。どうやらこれで召集をかけたようだ。あの子が着くまで遊びましょ、とのことで海神にバクリと飲み込んで貰い、海神の喉元を滑り降りるという名付けて「ウォータースラーイダーwadatsumi」を堪能していると、「なにやってんだ」という呆れ声が聞こえてきた。


「遊んでたのよー。それにしても早かったじゃない。珍しいわね。」

「別に、近場だっただけだ。」


そうぶっきらぼうに言う声の主に、優紀の目はくぎ付けになった。すごい、普通の犬より三倍はありそうな体躯の狼だ・・・!あれなら乗れる!と目を輝かせていると、狼がこちらを向く。


「で、迷い込んだのはあんたさんってことか。」

「あっは、はい!篠崎優紀と申しますっ!」うわぁ毛がふかふかだぁ

「ユウキ、ねぇ。で、どこへ連れてって欲しいんだ。」

「ここに留まってる子たちのところですって。」

「あのコロニーに?物好きだな、ちゃちゃっと帰っちまえばいいだろうが。」

「す、すみません、少し話を聞いてみたいんです。」

「あー・・・わかった。じゃあとりあえず乗れ。すぐ出るぞ。」

「は、はい!」


狼はおすわりの状態で待ってくれている。海神にお礼を言って、ふわふわな狼に抱き着く。


「狼さん、あなた何て呼べばいい?」

「なんとでも。好きなように呼べ。」


相変わらずそっけない。優紀はうーんと少し悩んで、ある物語を思い出し、こう言った。


「じゃあ・・・ロボ。」

「ロボ?なんじゃそら。」

「ロボは、向こうでの狼の王様の名前なの。」

「狼王ロボ・・・気に入った、ロボと呼べ!」

「アイアイサー!」


そうして優紀とロボは湖畔を出発した。海神は再び水面に戻り、湖には静寂が訪れる。


                   ○


「ところで、沢庵がどうこうって話が聞こえてきたんだがそれは美味いのか?」


ロボは早足で歩きながら話す。


「沢庵?美味しいよ。じいちゃんばあちゃんのは特に!」

「へぇ。子どものときから食べてたのか?」

「ううん、高校上がってからだから・・・十年前?くらいからかな、食べはじめたの。それまで沢庵一切食べなかった。」

「ヘェ、そりゃなんでまた。」

「そこ聞いちゃう~?」

「聞いちゃうー。」おお、案外ノリがいい。


「えっとねぇ、それまでお漬物ぜーんぶしょっぱくて抵抗あって、せっかくじいちゃんばあちゃんが作ってくれたものも食べれなくて申し訳なかったんだ。そんで、丁度その十年前くらいかな。歴史を学んで土方歳三を知ったの。

その人調べてたらカッコよくて大好きになっちゃって、今じゃもう大ファン!それで、その人が沢庵大好きでさ。土方さんが好きっていうんなら試してみようって一口食べたら、とんでもなく美味しくてびっくりした!食べれた時のじいちゃんばあちゃんの嬉しそうな顔も忘れられなくて、それ以来大好物だし私にとっては大事な食べ物なの。」

「ヘェ。ヒジカタってのはすげえなぁ。想い人か?」

「土方さんはね、もう亡くなってるよ・・・。」

「そりゃ悪いことを聞いたな。」

「私が生まれるより前に亡くなってるからいいよ。」


そんな沢庵&土方歳三談義をしていたら、いつの間にか着いたようだ。森の少し開けた空間に、かまくらを縦に引き伸ばしたかのような住宅が五つ設けられている。


「俺は一応まだここにいるから、意思が決まったら言ってくれ。」

「うん、わかった。ありがとうロボ。」


わっしわっしとロボをなでくりまわし、かまくらへ向かう。いざ、真実を確かめるとき——!



                ○



一方そのころ病院では。

「ええと・・・優紀さんのお母様?大丈夫ですか?」恩田先生が聞く。

「ええ、大丈夫です。事故当日から数えて三日目、今だ目を覚まさないけど、辛抱強く待ちます。この子はきっと頑張ってくれるから・・・。」握りしめているものを持ち直す。

「ええ、そうですね・・・。何も異常がないのに目を覚まさず、原因もわからないとは・・・私の力不足です、申し訳ございません。」

「いえっそんな、すぐ目覚めるかもしれませんし・・・!」ぎゅうと手を握り閉めている。

「とにかく、あまり気落ちなさらないよう」

「はい・・・。あぁ、もう時間ですね。私は今日はこれで・・・。」


そういい、母親が握りしめていた使い切りタイプの沢庵(ジッ○ロック入り)を丁寧にベッドサイドへ置き、席を立つ。

恩田は見送りに母親とともに病室を出た。


只ひとり、持田くんだけは沢庵をお守りがわりにする風習について考えを巡らせていた。

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