作戦開始
「ザザッ――――皆さん聞こえますか?此方S.Z.A本部オペレータールームです。本作戦は我々オペレーターが責任を持ってバックアップさせて頂きます。第二ポイント集合予定時刻は9:30となります。これより各員待機状態解除行います。白鳳凰教会の皆様は此方では権限がありませんので通例通り各自戦闘状態に移行した後報告お願いします」
「「「「了解」」」」
「待機状態―――解除」
待機状態の解除と共に身体が自然に周囲からLoonを取り込んでいくのが分かる。
「――――――――――ジョブ設定、霊子力封印――――――――解除 モード『勇者LV∞』使用解除」
LV∞――――
アルティメットと言えば無限って意味なんだけど、別に本当に僕のレベルが無限な訳じゃ無い。
ただ何時もLVという制度で《《押さえ込んでいる》》のを取り払っただけ。
実の所正確な僕のLV分かっていないだけなんだ。
僕らのジョブLVは本部に行って解析して貰わないと実は分からない。
だからLV∞――――
この辺のセンスも中二と言わざるを得ないがこればっかりは僕が決めたわけじゃ無いんだ。
そしてL中和剤の効果も抵抗材を飲む事で切ってある。
恐らく僕の本当のLVは90台。
LVが99に達した時、魔人化のリスクが大幅に増加する可能性があると久樂博士は言っていた。
1000体以上のMEを倒した時、一体どれほどの魂《経験値》を僕は核に取り込む事になるのだろうか?
と言っても、全て僕が倒さなくても良いのだけど。
「―――BH001アサヒ特派員聞こえますか?」
この声は手越オペレーターか。
オペレーターも今日は戦争だろうな。
ただでさえオペレーターは数が少ない。
一度OPルームを覗いたことがあるんだけど4台のディスプレイの前に一人が座ってそれぞれのキーボードを高速で叩きながら、インカムでBHに指示を出していた。
彼女たちのその姿を視て戦々恐々としたのを覚えている。
ある意味選ばれし者達で有ることは間違いない。
「ええ」
手越オペレーターがこのタイミングで個別で通信をしてきた事に少し戸惑いを覚える。
けれど僕は直ぐに思い当たる。
「手短に申し上げます。最終決戦装備の使用許可降りております。ですがなるだけ温存して下さいとの事です。出来る事なら使用しない方が望ましいとの伝言を久樂博士より受けております」
「そうだね」
やはりというか最終決戦装備の事だった。
そして僕のLVの心配だろう。
魔人化や何だと言ってみても結局憶測でしか無い。
何処まで行っても誰もが至ったことの無い未知の領域なのだから。
そして最終決戦装備を使用すれば僕の戦闘能力が各段に跳ね上がる。
だけどその分負担も大きい。
久樂博士は僕の身体を心配し何時も負担を掛けないようにと注意を促してくる。
分かっている。
LVもだけど20年以上このBHと言う仕事を続けてきて僕の身体はぼろぼろなんだと。
本当の事を言うと、僕が戦わなければ良いのだろう。
最終決戦装備も使用しなければ良いのだろう。
でもきっとそうはならない。
ギュスターには今のままの僕では届かない。
「今回は3課の支援魔法もありますのでそちらも有効活用して下さい」
「了解」
手越オペレーターの言う様に、支援魔法があれば身体能力を更にもう一段階上の次元に引き上げてくれる。
実際支援魔法があると有難いことに生存確率が大幅に上がる。
それに今回は聖女のジョブを持つ飯田結香が居るのだ。
飯田結香、彼女の持つ特別なスキル「聖なる守護」は常時回復の効果があるのだ。
ちなみにこの聖女事飯田結香さん事ユカリンはS.Z.A本部内でアイドル的人気を誇っている。
勿論ファンクラブもあるのだ。
僕としては面識はあるのだけど、本気で可愛すぎて挨拶に行こうにも何だか照れてしまいそうで実は行っていない。
A班のリーダーは西尾さんなのでその辺の事は任せている。
と言う事にしている。
「B班――――白鳳凰教会準備完了だ」
「C班――――何時でも行けます」
「D班オッケー」
西尾さんが僕も見る。
おっと、僕待ちだったか。
僕は無言で頷く。
「A班行けるぞ」
「現在時刻8:58。定刻十秒まえよりカウント開始します。それまで待機願います」
流石に皆表情が硬い。
これだけ大規模の作戦は中々ない。
正直自衛隊とかに出動要請して一度ナパームで焼いて貰った方がどれだけ楽か。
僕達BHにはそう言った広域兵器の扱いは殆どない。
例外があるとするならば勝手に通常の重火器等を魔改造しまくってる由奈ぐらいだろう。
ただ現代兵器はMEに効きにくいのだ。
雑魚には勿論効果的なのだがある一定のレベルを超えると無効化されるらしい。
そして結局僕らBHが突貫するのだ。
今回の場合も、ご多分に漏れずって奴だ。
「10……9……8……7……」
カウントダウンが始まった。
軽く深呼吸を行う。
体中を駆け巡る血液にLoonが混じる様な、そんな錯覚に陥る。
勝つとか負けるとか生きるとか死ぬとか変わっちゃうとかどうだとか、もうそんな事《《どうでもいい》》。
「6……5……4……3……」
結局僕にはこれしか無い。
32年生きてきて22年勇者やってんだ。
もうこれしか出来ないんだよね。
「2……1……作戦開始!!」
一斉に皆が山に向けて駆けだしていく。
ある意味マラソンレースのスタート地点みたいな光景に見えなくも無い。
それぞれの班に固まって移動していく。
コースは昨日僕が登った登山コースとほぼ一緒だ。
普通の人が第二ポイントまで移動すると4時間ぐらいは普通にかかる。
それをBHの能力を生かしそれを30分で移動する。
竹林部に突入し少し経った頃。
「A班聞こえるか――――」
前を走る西尾さんからの通信が入る。
「ええ」「はい」「どうした?隊長さん」「……うん」
各員それぞれが返事をする。
ちなみに西尾さんはどんな作戦でもほぼリーダー以上のポジションになる。
何というか自然なリーダーシップがある人なんだ。
そして付いたあだ名が『隊長』である。
最も西尾さんを隊長と呼ぶ人は殆どが第一世代のBHだ。
「今から向かう第2ポイントなんだが此処からおよそ8.7キロメートル先の山中にある」
ああ、もう何が言いたいか大体わかった。
「そこに30分後までに集合なんだが、ただ行くだけじゃ――――」
出るな。
隊長必殺の口癖。
「つまらんだろう?」
この人は何でも楽しみたがる癖がある。
だからか何かに付けてつまらないと言いだし、結果。
「今からレースだ!」
こうなる。
子供か!と、ちょっと言いたくなるけど無視してると酷い目に遭うのだ。
「最後の者は祝勝会費用支払いの権利を差し上げよう!!」
「ん?それって?」
由奈が呟く。
「要は奢れって話しだよ」
僕がそう言うと「えぇぇえええ!」と甲高い悲鳴を由奈が挙げる。
そりゃそうだこの中で由奈が最も基礎となる身体能力が低い。
僕と樋口さんはとっくにギアを上げてそこそこの速度で走り、なんなら隊長は僕らよりまだ先を走っている。
これは由奈終わったなとその時僕は思っていた。
竹林部を抜け山岳地帯を駆け抜ける。
その移動速度から腰にぶら下げた蚊取り線香の煙は常時後ろに流されている。
これあんまり意味ないよねとちょっと思う。
でもこう言うのは気持ちのあり方というか気休めでもいいのだ。
立ち止まった時にはきっと効果を発揮してくれるしね。
そろそろラストスパートをかけようかと杉や松の木を蹴り何時もの様に木と木の間を飛び交い高速移動を行う。
地上部では樋口さんが隊長を追い抜かそうと全力疾走を開始し始めている。
それを余裕で追い抜かし、もう第二ポイント目前と思ったその時だった。
「お先~」
僕の更に上空から声がする。
上を見ると由奈が普通に飛んでいた。
飛ぶ!?
ついつい二度見してしまった。
原理はよく分からないが由奈はバックパックの様な物を背負い颯爽と僕を追い抜いった。
その様子を見た樋口さんは後に「BHも飛ぶ時代に来たか」と感慨深げに呟いていたと言う。
結果1位瑛十、2位由奈、3位僕、4位が樋口さんで5位が言い出しっぺの西尾さんになり結局祝勝会の費用は西尾さん持ちとなった。
いつの間にか瑛十が1位で到着していたのには驚いたが、なんだかんだで良いウォーミングアップになった。
第二ポイント―――
そこは昨日僕がギュスターと出会った場所だ。
昨日山のようにあったMEの死体は既に無く倒された木々が乱雑に転がっていた。
続々と皆が到着する中、僕はティルとスヴェリンにLoonを順番に流し込んでいく。
ティルフィング、正式名称核融合式霊子力剣弐式。
僕のLoonに反応しティルフィングが仄かに起動し始める。
薄い緑色の核が輝き始め短剣程だった大きさが一回り大きくなり長剣と言える程のサイズに変わる。
剣身にはアラビア文字の様な模様が浮かび上がり柄の部分は美しい彫刻が施された物に変わっていく。
その美しさはまさしく魔剣というのに相応しい。
「キドウ・・・・キドウ・・・BHLoonカクニン――――――シヨウシャカクニン、BH001アサヒ――――シヨウシャニンテイ、オハヨウゴザイマス」
「ああ、ティルおはよう。今日も頼むよ」
スヴェリン、正式名称核融合式霊子力装具参式。
スヴェリンにLoonを流し込み始めるとそれに呼応するかのようにグングンと僕からLoonを吸い取り始める。
すると中央に飾られた核の部分が反転し内側に向きティアドロップを逆にしたような形だったスヴェリンの両端に翼の意匠を施された部位が現れる。
赤と銀色で彩られた鮮やかな楯は僕の左腕を喰らうかのように包み込む。
それなりに大きいのだが重さは全くと言って感じさせない。
ここまで出来てやっとトライエクス発動の前準備段階だ。
「ザザッ――――皆さんおそろいですか?此方S.Z.A本部オペレータールームです」
時刻は9:25分。
全員が第二ポイントに到着しているようだ。
「今のうちにC班は支援魔法を、30分になれば各員第三ポイントへと散開し待機。目標確認後合図します。それから順次作戦行動開始となります」
「「「「了解」」」」
C班の女性達三人がそれぞれの班へと分かれていく。
僕らの所にはどうやら飯田結香が来るようだ。




