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雪解け。

作者: Allen

短編投稿。

冬なので。



「もう、無理だよ」



彼女のその一言が耳に入った瞬間、僕の心は一瞬にして凍りつく。

真冬の凍えた風が、僕たちの間をすり抜ける。

それが、さらに心の氷結を助長していた。


「別れよう」


彼女の口から、白い吐息が漏れる。

思わず僕も口が動くが、言葉は出ずに、ただ、白い吐息を吐き出すだけ。

僕はポケットに手を突っ込み、握る。

もう、二人の白い吐息は混じりあうことはない。

それは、寒い、雪の降りだしそうな空へと昇って消えていった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



僕が彼女と初めて出会ったのは、大学のキャンパスに咲いた桜が舞う、坂の上だった。


彼女は、舞い散る桜吹雪の中一人で立ちすくみ、何かに想いを馳せていた。

そんな姿を一目見て、好きになった。


その時は会釈をした程度だったが、そのあと、映画サークルで偶然再会し、もしかしたらこれは運命かもしれないと、バカなことを思った。

思いきって僕は声をかけた。

産まれてこのかた女の子と付き合ったこともなく、高校では挨拶程度しか会話したことなかった。

自分でもよくやったなぁと思う。

しどろもどろの自己紹介、彼女は笑顔で聞いてくれた。



それからは、毎日、少しだけど会話をするようになり、夏になるころには普通に世間話なんかが出来るようになった。


会話の内容は、サークルのことだったり、最近あったことだったり、さしてどうでもいいようなことばかりだったが、それでも楽しかったし、彼女も僕との会話は楽しいと言ってくれた。


夏になり、夏期休暇に入ると映画サークルで撮影合宿を行った。

主役はもちろん彼女。

僕はと言えば、相手役でも、カメラマンでもなく、細々とした雑用みたいな物だった。

それでも近くで彼女を見れたし、休憩の合間には話したりもした。


相手役の男は、うちのサークル1のイケメンだった。嫉妬しなかったと言えば嘘になる。だが、傍目から見てもお似合いで、僕なんか到底隣に立つことは無理だろうと思った。


撮影も終盤を迎え、最後のシーンを撮れば終わりというところで、その日は花火大会があるらしく、撮影は次の日となった。

みんな、浴衣や甚平に着替え、会場に向かう。

建ち並ぶ様々な屋台、沢山の人、どこからか聞こえてくる太鼓の音。


夏らしい雰囲気に、僕も気分が上がった。

何より、彼女の浴衣姿が魅力的で、それを見れたことに一番感謝したかった。


しかし、気づくと彼女の姿が見えなくなった。はぐれてしまったのかもしれないと、サークルメンバー全員で探すことにした。


人混みを掻き分け、彼女の名前を呼び、姿を探す。

ふと、奧の階段の上に神社が見えた。

あそこなら、花火がよく見えそうだ。

彼女と二人きりなれたらな、と、ありもしないことを妄想する。



でも、それは妄想では終わらなかった。



階段の下に、彼女を見つけたのだ。

思わず口角が上がり、ドクドクと鼓動が速まるのを感じた。

急いで人混みの中を走り、息も絶え絶えになりながら彼女の元まで行った。

彼女の前に辿り着くと、驚いたような、嬉しいような、そんな表情を見せる。


なぜこんなとこにいたのかと問われれば、出店に目を奪われていたら皆とはぐれてしまった。

なので、人通りが多いこの階段の前で誰かが通るのを待っていたらしい。


携帯で連絡すれば良かったのにと言ったら、充電がきれちゃって出来なかったと、ペロッと舌を出して答えた。

僕は彼女が見つかったことを連絡しようと思い、携帯を取り出したが、


送信ボタンを押すところで思いとどまる。


これは、チャンスなんじゃないかと。

多分、最初で最後の機会を与えてくれたんじゃないかと思った。

だから、二人で回ろうと、勇気を振り絞って言った。

断られるかと思ったが、いいよ、と一言いって笑顔を見せた。

また、その笑顔にドキっとしてしまった。


それからは、二人でリンゴ飴食べたり金魚すくいをしたり射撃ゲームで景品を取ってあげたりした。

楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。


その内、花火の時間が近づいてきた。

階段の上の神社がよく見えそうだと言ったら、彼女もそう思っていたらしく、じゃあ二人で行こうよと、手を引いてくれた。

神社の境内は人で溢れかえっていた。

地元の人もいるのだ。当たり前だ。

ふと、雑木林に目をやると、獣道みたいなのが見える。

彼女も見つけたらしく、お互いの顔を見合って笑い、その獣道を抜けることにした。


がさごそと音をたてながら抜けた先は、遮る物がなく誰もいないまさに穴場だった。

二人で草むらに腰かけて花火を眺める。

何故か緊張してしまい、会話があまり続かない。


綺麗だね。


来年も皆でこれるかな?


また来たら今度は皆でここにこよう。


という会話をした気がする。

あんまりここら辺は覚えていない。

いつもとは違って見える彼女に、どうしようもなく戸惑い、それでも目が離せなかった。

僕は、告白しようと思い、躊躇い、その繰り返しをずっと頭の中でしていた。


気づけば、花火は終わりを迎えようとしている。

僕は遂に決心して、彼女に思いを伝える。


一目見た時から好きでした。僕と、付き合ってください、と。


伝えてから、少しの間が空く。


正直、ふられると思っていた。

でも、この想いを伝えないまま大学4年を過ごすなど、僕には出来ると思えなかった。

断られたらもう友達にすら戻れないかもしれない、そう思った。


でも、彼女は頷いてくれた。

僕の手をとってくれたんだ。


多分その時、世界で一番幸せなのは僕なんじゃないかと思う位に、嬉しかった。

そして、最後の一番大きい打ち上げ花火が上がったとき、僕らは唇を重ねた。







それからの日々は、今までとは見違える程に幸福だった。

毎日彼女と大学へ行き、一緒に帰る。

デートなんかも産まれて初めてした。

色々調べて、頑張ってプランを練った。

凄く喜んでくれて、僕も嬉しくなった。

そのうち、彼女の家にも遊びにいくようになり、手料理を振る舞ってもらったり、夜、一緒に過ごしたり。

彼女と付き合って嫉妬されなかったわけではない。

なんでお前が、なんて事を言われたりもした。

でもその度に、私が選んだ人だからと言ってくれる彼女が、とても誇らしく、また、より一層好きになった。





そして、大学3年の春。

僕らは、同じ屋根の下で生活を始めた。

その頃には、カリキュラムの違いなどで別々に帰るようになっていたが、家に帰れば、笑顔で出迎え、また、彼女も笑顔で出迎えてくれる。

それがなにより幸せだった。


同棲して少したった頃、彼女と初めて喧嘩をした。内容は今となっては覚えていないほど、どうでもいいことだったと思う。

それでも、僕は初めて彼女を泣かせてしまった。

彼女の涙を目にした時、どうしようもない罪悪感と後悔が押し寄せた。

彼女は泣きながら家を飛び出していった。

その後ろ姿を眺めながら、すぐに追わなきゃ、と思う自分と、意地を張る自分が心の中で対立した。

でも、やっぱり最後は心配で俺も家を裸足で飛び出した。


すぐに追わなかったとはいえ、やはり彼女に何かあってはとヒヤヒヤしていたからだ。

幸い、彼女はすぐに見つかった。

見つけたというよりも、彼女は扉の少し横で踞って泣いていたのだ。

喧嘩してて気づかなかったのだろう。

外は小雨が降っていた。

そのせいで、彼女は濡れ、少し震えていた。

咄嗟に僕は彼女を抱き締めた。


冷たく、湿った感触と、僅かに残った彼女の体温を感じながら、ただ、抱き締めた。

どれくらいの時間が経ったのだろう。

少し落ち着きを取り戻した彼女は、一言、ごめんねと呟く。


また、罪悪感と後悔で押し潰されそうになる。


とりあえず、部屋には戻ったがお互い無言のまま。

空間には、時計の針が刻む音と、強くなったのか、アスファルトに雨が打ち付ける音が聞こえてくるだけ。


彼女の服はまだ濡れたままだった。


これではダメだと思った僕は、遂に口を開く。

怒ってしまったこと、泣かせてしまったこと、罪悪感や後悔、そして、それでも愛おしいほどに思っている、ただ、ただ好きだ、それら全てを、吐き出すように喋った。

話終わって、彼女の顔を見ると、また涙を流していた。それと同時に、笑顔でもあった。


私も同じことを考えていたの。


その一言を聞いた瞬間、また彼女を抱き締め、唇を奪った。

そしてその夜、僕たちは初めて一つになった。

それから僕と彼女は、お互いの肌の感触と、まだ少し熱が残っている体温を感じながら眠りについた。

その翌朝、僕の方が少し早く目が醒めた。

僕の腕の中では、彼女が心地よさそうな寝息をたてながら眠っていた。

ふと、寝顔を眺める。

長い睫毛、形の良い鼻、柔らかい唇、綺麗な肌、そのどれもが愛おしく、僕はそっと彼女の頭を撫でた。



彼女が起きてからは、前のように元通りだった。

少し、ほっとした。

少し恥ずかしいね、なんて会話をしながら支度をして、二人で手を繋いで大学へと向かった。

一緒に笑って、泣いて、仲直りして。

この先も彼女と手を繋ぎながら未来へ歩いていくんだ。

そう、信じて疑わなかった。









そして、大学4年の時、進路の話になった。

もちろん、僕と彼女は映画関係の仕事に就きたかった。

一緒の職場で、好きな映画関係の仕事に就いて、それから、、、。


でも、そんなに現実は甘くなかった。



僕は、希望していた就職先から落とされた。

彼女と同じ、映画の大手配給会社だ。

勿論、ちゃんと違う所には受かった。

その会社と肩を並べるほどの大手ではあったが、彼女とは別の会社になってしまった。

しょうがないね、なんて彼女は言ったが、

僕は、心のどこかに言い知れぬ不安を抱えていた。



大学を卒業して、お互いの初出社の日。


その日を境に、僕たちの関係は壊れ始めた。


日々、忙しくなる仕事。残業で会社に泊まり込み何てこともあった。

それは彼女の方も一緒らしく、家に帰っても誰も居ないときが幾度かあった。


すれ違う日々。


お互いの会話も言葉少なになり、僕たちは相手の事を考えている時間よりも仕事の事を考えている時間の方が長くなってしまった。

納期に間に合わせるため、休日返上で働き、帰って寝る。

飲み会で遅くなって、それが原因で喧嘩をしたり、それでなくとも些細なことでお互い頭にくるようになってしまっていた。

そんな生活が、2年続いた。

自分でもよく続いたなと思う。

それでも僕は彼女の事が好きだった。


その想いとは裏腹に、それを伝える時間の余裕が取れないでいた。

プロポーズしようと思ってからズルズルと時間が経過した。

この分ではいつになるか分からない。

だか、いつかは、絶対に。

そう思っていた。

そして、6年目の冬。


唐突に、僕は別れを告げられた。


その日はクリスマスで、久しぶりに二人で出掛けていた。

ご飯を食べたり、アトラクションパークに行って遊んだり、買い物をしたり。

でも、彼女はどこか浮かない顔をしていた。

別れを僕に告げる事を決めていたからなのだと、言われてから気づく。

僕は、否定の言葉を言おうとした。

でも、咄嗟に色々な考えが浮かんだ。


このまま彼女は僕といて幸せなのだろうか?


例え、結婚したとして、関係は元には戻らないのでは?


そんな想いが、僕の口を閉ざす。

暗くなり、街灯に明かりが点る。

辺りには誰も居なく、ただ、乾いた冷たい風が吹き抜ける。


僕は、ポケットに手を突っ込み、プロポーズ用に買った指輪の箱を握りしめる。

今日渡そうと思っていた指輪だ。

しかし、それを出そうとは思わなかった。

彼女の瞳が、潤み、僕を射ぬく。


その時思った。


あぁ、彼女もたくさんたくさん考え抜いて、考え抜いた結果、もうこの選択肢しか選べなかったのだ、と。


いくら好きでも、どれだけ相手を思っていようとも、ただ、それだけではダメなんだ。

そう悟ったとき、僕は頷き、それを飲んだ。


そのまま彼女は身を翻し、一人で歩いて僕の側から居なくなった。

口から吐かれた白い息が、真冬の空へと伸びる。

たちまち息は大気に消え、何もなかったかのように空は瞬いた。

こうして、僕たちの関係は終わりを迎えた。








それから5年後の春。。

僕は今、四年間通った大学の門の前にいる。

なにも変わらぬ佇まいに、少し安心する。


今日訪れたのは、卒業生から新四年生に就職について話をしてほしいと言われたからだ。

それが本題で来たのだが、その他にも目的があったりする。

選ばれた卒業生の中に、彼女もいたのだ。

未練はない。

ただ、彼女がどうしていたのかは気になる。

また、あの頃のように友達として話ができたらなと思う。

あの頃を懐かしむように、門をくぐり、坂を登っていく。

春の柔らかい日差しと、暖かい風が、桜の花びらを運んでくる。


ふと、あの日の事を思い出す。


彼女と初めて会った、この坂の上。


目に、脳に、記憶に、心に、ちゃんと残っている。


確かに僕たちの関係は終わってしまった。


でも、だからといって過去が無くなるわけではない。

同じ時間を過ごし、共に笑いあった日々は、確かに僕の胸の中にある。


過去があるからこそ、今があって未来がある。そして、前へと進める。


それが人間なのだろう。


坂を上りきる。

ふいに、強い風が吹く。


思わず眼を瞑り、再び開くと。

桜吹雪の中に立つ、彼女がいた。

少し大人びていたが、すぐに昔の姿と重なる。

僕は、笑いながら歩みを進めた。


彼女も僕に気付き、微笑む。


あの日、初めて出会った場所で、僕たちは再開した。

お互い、左手の薬指に違う指輪を付けて。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

end.


心がモヤモヤとしたならば私の勝ちです。

あ、ちょっと悲しいとかですよ?

なんだこの短編('A`)ツマンネとかじゃないですよ?

泣きますよ?

冗談です。

あまり慣れないことはするものではありませんね。

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