天使の話
「さあ…あなたの願いはなあに…?」
その日、彼女は突然に訪れた。
…私、ちょっと疲れてるのかな。
目の前には金髪碧眼の美少女がいる。頭には虹色に光輝く輪っかがふわふわっと浮いており、背中からは純白の美しい羽が生えている。
最近あんまり寝られてなかったからか、幻覚が…。
「幻覚なんかじゃないよ!本物だよ!!」
私、小田原マチはどこにでもありそうな小さな電機メーカーの平社員。働いて、決して多くはない給料で、平々凡々とした人生を送っていた。
…それがまさか、天使に会うだなんてことが…。信じられない…。
「私は天使!今日はあなたの願いをなんでも叶えてあげるよ!!」
少し頬を染め、にぱっと笑う彼女は、そう…。控えめに言っても天使…。うん、信じよう。…彼女は紛うことなき天使ちゃん。
ボーッとしていると、上司の高崎さんが近づいてきた。
「あら、小田原さん。一人前にサボり?」
「しゅ、主任!」
そんな!タイミングが悪いっ…!
主任は自分に厳しく他人にも厳しい、典型的な仕事人間で、仕事中に関係ない話をしようものなら、途端に目をつりあげる。
どうしよう。職場に天使ちゃんが訪ねてきたことは驚きだけど、そんなことより、早く仕事に戻らないと…。
「主任っ…!私っ、すぐに仕事に戻りますっ…!」
あわあわとするマチとは反対に、天使ちゃんは始終にこにこしている。
そして、天使ちゃんはそっと頭の輪っかにふれ、自分から外したそれをマチの頭の上にのせた。
すると、それは暖かいピンク色になって、ピカピカと輝く。
途端に主任の表情が穏やかになり、声も優しくなる。
「…小田原さん。あなた、今日はもうあがっていいわよ」
…え?なんで?仕事人間で、事前に申請がない早退は絶対に認めない主任が…。
「あなた、今日のノルマは達成しているでしょ?今日くらい、家でゆっくりしなさいな」
「主任…?」
驚きで言葉をうまく紡げないマチの横で、天使ちゃんが微笑む。
「は、はい…」
*
「ねえ、あなたの願いはなあに?」
帰宅が決まった私に、天使ちゃんがトコトコとついてくる。
天使ちゃんは、私の願いを叶えるのが仕事だそう。
だけど、困ったな。願いなんて、ないよ…。でも、なんにもないだなんて言ったら、天使ちゃんは悲しむだろうな。
「…じゃあ…ドーナツが食べたい…かな」
帰り道、ドーナツ店からでてきた二人組を見て、私はとっさにそう言った。
ぱあぁぁっと顔をほころばせた天使ちゃんは、「わかった!」と店に入って、しばらくすると出てきた。はいっ!っと渡されたのは、ドーナツ一個。
「それ、私の好きな味なの…」
照れたように言う天使ちゃん。
「…天使ちゃんの分は?」
「その…。天界での決まりで、自分のために力やお金を使っちゃだめなんだ」
だけど、たまにこっそり天界を抜け出して食べに来ちゃうの、といたずらっぽく笑うから、私はドーナツの半分を彼女に差し出した。
「ありがとうっ!!」
天使ちゃんは、やっぱり笑顔だ。
「天使ちゃんって、ずっと笑ってるんだね」
「だって、笑う門には福来る、っていうでしょ!笑っていたら、幸せになれるんだよ!!」
ドーナツを食べ終わって、私のとなりをパタパタと羽を動かしながら歩く天使ちゃん。日が落ちて、人通りもだんだんと少なくなってきた。
「私以外には、あなたは見えないの…?」
街ゆく人は、天使の格好した少女を目にもとめず通り過ぎてゆく。私の上でいまだにピカピカ光っているこれも、見えないんだろう。
「…うん。そうなの」
天使ちゃんが初めて顔を曇らせた。
それがとっても寂しそうに見えたから、私はいてもたってもいられなくなって、ぎゅっと天使ちゃんを抱きよせた。
「…天使ちゃん、悲しいんだね」
私の言葉で傷つけてしまったみたい。…どうすればいいんだろう。
「ううん。悲しいことなんて、なんにもないんだよ。みんな、幸せなんだよ。みんなみんな、幸せなの」
そう言う天使ちゃんの顔は、やはり少し暗い。
天使ちゃんはきっと、その幸せな"みんな"に入っていないんだろう。
「…幸せだから、私が見えないの」
その言葉にはやっぱり深い悲しみが感じられて、私はなんて言葉を返せばいいのか分からなかった。
「…私には、天使ちゃんが見えるよ」
苦し紛れにそう言うと、天使ちゃんは悲しそうに笑う。
「マチ…。あなたももうすぐ私が見えなくなるよ」
初めて天使ちゃんに名前を呼んでもらえて嬉しいのに、その真剣な表情とセリフに不安を覚える。
「…私は、あなたの願いを叶えるためにここへ来た。それは嘘じゃない。でも、ほんとはね…?マチを幸せにするには、マチに一言言うだけでよかった」
苦しそうにそう言う天使ちゃん。
…どういうことなの?
「…マチは、ドーナツを食べたいだなんて願ってなかったでしょ?」
図星だったから、私は何も言えずに黙っていた。
「マチが心から願っているのはたったひとつだけなんだよ。そして、私はそれを知っていたのに、今までひきのばして叶えなかった」
…私は何も願ってなんていなかったはずだ。
本当に、分からない。
「ねえ、マチ。今日ってなんの日…?」
*
天使ちゃんは軽く深呼吸をして、今までで一番の、まぶしいくらいの笑顔を浮かべた。
「マチ…!お誕生日、おめでとうっ…!!」
そうか、と私は理解した。天使ちゃんは今、私の一番ほしい言葉をくれたんだ。
共働きで忙しい両親。上辺だけの付き合いの友達。お互いのプライバシーに踏み込まない付き合いしかしてこなかった恋人や、最低限の言葉しか交わさない職場の同僚。
私は寂しかった…。毎年、今日を寂しく過ごしてたから…。
いつの間にか心の奥にしまいこんで、気付かないふりをして。でも本当は…。
───私は…ずっと…この言葉が聞きたかったっ…!!
その瞬間、せき止めていたはずの気持ちがあふれだし、涙が頬を伝う。
「マチ…。今日は、ありがとう…」
涙を拭って天使ちゃんを見ると、足先から色が抜け、すうっと薄くなっていた。
「天使ちゃんっ!足がっ…!そんなっ、消えないでっ…!」
涙が止まらない。
「消えるんじゃないよ…マチには、見えなくなるだけなんだよ…」
だけ、なんて言うけれど、天使ちゃんはそれが悲しくて仕方がないんだ。だって、ほら。天使ちゃんも、泣いているもの。
「天使ちゃんっ!!」
下半身はすでに消えてしまって、天使ちゃんはもう、半分しか残っていない。
「もう、半分だけになっちゃったよっ!ねえっ!天使ちゃんっ…!」
自分が大人で、ここが街中だということも忘れて、号泣する。
「そっか、もうそんなに見えなくなっちゃったんだ…。ドーナツ、はんぶんこしてくれて嬉しかったよ。ありがとう、マチ」
…天使ちゃんはそう言うと、跡形もなく消えてなくなった。いつのまにか、私の頭の上の輪っかまでも消えていた。
「ははっ…。天使ちゃん、最後まで笑ってた…」
笑っていたら、幸せになれる、か…。
「天使ちゃんっ!私、笑って生きていくよっ!天使ちゃんのおかげで幸せになれたからっ!この幸せを逃がさないようにっ!」
…だから…。
「だからっ!見えなくても、私は、天使ちゃんのことっ!ずっと覚えているからっ…!!天使ちゃんっ…!!またねっ…!!」
天使ちゃんも、幸せになってね…!!
天使ちゃんが心からの笑顔でいられたなら。とびきり美味しいドーナツの味を思い出しながら、私は空に願いを込めた。
あなたのもとへ、天使ちゃんが行くかもしれません。
その時は、どうか、天使ちゃんを幸せにしてあげてください…。
Happy Birthday!
あなたの存在に感謝。
*後日題名を変更する予定です。(シリーズに入れたいので笑笑)
勢いで書いたので、誤字脱字などが心配ですので、気づいた方はご指摘をお願いしますm(_ _)m
…感動ものの話が書きた…かった…。
…後悔も、反省もしていない…。
…だけど、自分で読み返して、表現が下手だなあと思う今日この頃。