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第80話 動き出す悪意②


そこは学園都市ラーズナルのとある一角。

密集した建物のせいで通路には陽が当たらず薄暗い。

道端には汚水が溜まり、空気も重苦しく澱んでいる。

通りに面している家屋には、人通りがほとんど皆無にも拘らず、怪しげな品物が乱雑に並べられている。けれど看板が出ていないため何の店かはわからない。


そんな場所をひとりの男が歩いていた。

男はラーズナルで拠点にしている部屋へ向かっている。

しかしその男の様子は、寝床に帰るというのに実に不機嫌そうだ。


事実、男は少なからず苛立っていた。

その原因は仕事だ。


男は犯罪組織に属しており、汚れ仕事を主として行動していた。


今回もそういったたぐいの仕事ではあったが、ある貴族からの大口の依頼とあって、組織が人員を割いて取り組むことになっていた。


その中で男に与えられた仕事が、対象ターゲットの素性の調査とその対象に“ある事柄”の真偽について問うことで、場合によっては殺してもいいという内容だった。


戦闘能力が高いだけでなく、情報集めから策略の組み立てまで器用にこなす男にとって、その仕事は特別難しいというものではなかった。

実際、リストに上がっているターゲットについては、1人を除いては既に報告書を上げている。


組織の中で幹部になったばかりの男にとって、ここまで成果を出せていることは、同じ時期に幹部となった奴等に一歩リードできていると考え満足していた。


だと言うのに、ここに来てそれが思うようにいかず、一向に仕事が進んでいない。

それが男の苛立ちの種だった。


繰り返しになるが、男の仕事が進まないのは、それが難しいからではない。

得られた情報がターゲットの名前と大まかな特徴だけだとしても、そこから相手を丸裸にできるだけの力を組織は有しているのだ。


だから、いつも通りターゲットの身元調査から始めた仕事が、いきなりつまづくとは思ってもいなかった。


男がいくらさぐってみても、ターゲットのアーリアで冒険者ギルドに登録するより以前の情報がまったく得られないのだ。

裏の社会で生まれ、その存在を隠されてきたというのならまだしも、ただの一般人が生きてきた痕跡を完全に消すことなど普通は出来ない。

だと言うのに、そのターゲットは、まるで突然この世界に現れたかのように情報が掴めなかったのだ。


そこで男は身元調査をいったん切り上げ、“ある事柄”の真偽を確かめるためにターゲットの行動を観察することにした。

もしもターゲットが依頼者の探している人物であり、計画の邪魔になるようなら、金で懐柔、或いは殺すことになるのだが、そのためにも相手の情報、特に武力面を把握しなければならなかった。


男にとっては殺し(そちら)がメインのジョブのため、戦闘の分析をしたり、実際に戦うことの方がストレスもなく情報収集などよりも更に簡単な仕事であった。

ただ、表立って動くことは避けなければならないため、場合によっては適当に状況を整えなければならなかったりするのだが、今回のターゲットは冒険者だ。だから面倒な手配などをせずとも後を付けていれば戦う様子も見られるだろうと考えていた。


すぐ終わる。そのはずだった・・・

なぜならターゲットは冒険者。

鍛え上げた己の肉体とその技で魔物の世界に踏み込む挑戦者チャレンジャー

それが冒険者!

だと言うのに・・・

コイツは・・・このターゲットは、いくら後を付けても戦闘をするどころか町の外に出る様子すら全くない!

毎日毎日図書館に通い、午後からは一般家庭の草刈りばかり。

途中からは子供ガキと格闘技の真似事で遊びだす始末だ!

穏やかな老後の風景を見守っているような状態で調査は完全に行き詰まっていた。


その所為で何の報告も出来ないまま時間だけが経過しており、数日前にはとうとう帰還命令が出されていたのだ。


「何も分かりませんでした」などと報告できる筈もなく、それで自分の評価が下がるのを面白く思わない男は、いよいよ直接手を出そうかと考えていた時、ようやく状況が少しだけ動きそうな流れになっていた。




その夜、男が拠点にしている部屋に戻ると、出窓の所に腰をかけた全身黒ずくめの人物が男を出迎えた。


「おい、なんでお前がここにいるんだ、クロム?」


男は黒ずくめの人物、同じ時期に幹部となったクロムに対して分かりきった質問を投げかけた。


「連絡は届いている筈だ。アジトに戻れ」

クロムは窓の外を見たまま、要点だけを伝える。


「わかってる。明日には戻るつもりだ」


聞こえているのかいないのか、こちらを見もせず黙っているクロムの態度に内心腹を立てながらも男は応える。


「仕事は明日で終わる。文句はないだろ?」


同じ新人幹部の中ではこのクロムが()()()からの評価が一番高いということを男は知っている。

特に暗殺の能力が高いらしく、難しい任務ですら単独でこなしていると聞いていたのだ。

自分より評価されていることに加えてこの態度だ。

いつも見下されているように感じられ、なおさら男を腹立たせるのだ。


「しかし召集ってのはどういうことだ?集まるようなことはなかったはずだが?」


「・・・」


男の仕事は確かに遅れていたが、それでも急がなければならない程余裕がないわけでもなかった。

なので今回の招集に疑問を抱いていたのだ。


「・・・要件は伝えた」


それだけ言うとクロムは立ち上がり、部屋を出るために男の横を通り過ぎて扉へ向かった。


「へいへい。ご苦労なこった」


男は大げさに肩をすくめたかと思うと、一瞬のうちに自らの武器を手に背後からクロムを切り裂くために飛びかかる。


そして振り下ろされた武器はクロムの首を切り飛ばし、首から下の体は()()血飛沫を上げてグラついた。


完全な不意打ちが決まり、事実首も飛ばした筈だったが、どうにも変だ。

あまりにもその手応えがなさすぎたのだ。


男が違和感を覚えていると、首が飛ばされ残っていた体が血飛沫と共に霧散していき跡形もなく消えてしまった。


直後、男の足元で陰が揺らめき、それがクロムだとわかった時には今度は男の喉元にナイフが向けられていた。


「・・・クソったれッ」


悪態を吐きながら男がそれ以上の戦意がないことをアピールすると、クロムはナイフを下げ、そのまま何も言わずに部屋から出て行った。




その後、一人になった男は舌を打ってソファーに身を沈めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



次の日、男は町のすぐ近くの森で、木々の陰からターゲットを観察していた。

ターゲットは巣でも見つけていたのか、コボルトを次々と引き連れて来ては、それを子供ガキに倒させていた。


普通であれば子供に対してひどく乱暴な行為に見える状況だったが、実践に勝る経験がないことをよく知っている男には、やはり見ていて退屈に思うものでしかなかった。


ただ男にとって一つだけ気になる点は、その子供ガキが貴族の令嬢であることだった。

少々欠陥があるらしいが、それでも由緒あるカーマイン子爵家の令嬢だ。


その令嬢が、一介の低ランク冒険者と親しくしているばかりか、護衛もなしに町の外に出ているなど、常識を捨てて生きている暗殺者の男にとっても常識外な振舞いだ。


「いったいどう言うことだ?

調べれば調べるだけ奴等の関係性がわからねぇ。

ここで偶然出会ったとしか考えられないんだが・・・そんな馬鹿な話があるわけねぇ」


カーマイン家は爵位こそそれ程高いわけではないが、代々文武に優れた誇り高い家柄だ。

それでいて権威に対する欲がなく、国の繁栄にのみ力を注いでいるため、王族からの信頼が篤いことでも知られている。


加えて近年は、魔物の行動が活発になっており、その防衛に“カーマイン家の至宝”が少なくない貢献をしていることもあって、領主・国民双方からの人気も非常に高い。

そのため浅慮な行為をとる貴族などもいないはずだと男は考えていた。


それに、カーマイン子爵夫妻はかなりの子煩悩だと聞いている。

噂通りならこの状況を許すわけがない。

と言うことは、ターゲットは子爵が認めている程の人物なのか?だが、その裏が取れない・・・。


それともこの子供ガキは例外なのか?

完全に放任しているのか、或いは、実は子爵に何らかの意図があり、そのために派遣されているのがターゲットと言うことなのか?


いくつかの可能性を考えてはみるが、そのどれもに裏がとれず、どう調べてみても繋がらないのだ。


手に入れた情報をヒントに繋がりを考えては捨てを繰り返す。

それはまるで、初めからピースが揃っていないパズルを組まされるようなものだとも思ったが、それ以外にすることもない男は、その退屈な作業を続けるのだった。



やがて日が暮れだそうとする頃になると、なにやら揉め事が起き、ターゲットが子供ガキに突き飛ばされて呆然としている事態になっていた。


「さてと、そろそろ()()()か」


そう言うと男は身を隠していた場所から離れターゲットの方へと歩き出す。


今日1日様子を見てみたが、やっていることは町の中でしていることのただの延長(お遊び)

魔物を相手にしているとはいえ、コボルト程度では何十何百倒したところで参考にはならず、これ以上は時間の無駄だった。

だから何かと面倒な貴族の子供ガキが離れてくれたのは、男にとって好ましい状況だ。


「いや、()()()()だな」


あれこれ考えてはいたが、結局この世界でモノを言うのは暴力だ。

喋れる程度に半殺しにして、その後じっくり情報を吐かせればいい。

それで、もしも相手がまったくの無関係だったとしても、それはそれで情報だ。


「ククッ・・・違うな。やっぱりこれは、ただの憂さ晴らしだ」


男の歩みは、まるで踊るような足取りだ。けれどそこには一切の音はない。


「さぁて、教えて貰おうか・・・お前は世界を救う『勇者』なのかを」


そう男は心にもないことを呟いた。


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