第78話 弟子 5
ミリーの特訓を始めた俺はコボルトを探して走り回った。
初めはチュートリアルの時と同じように1、2匹ずつ誘き寄せて連れて行っていたが、ミリーが戦闘に少し慣れると、もうそんな方法は取らず、まとめて捕まえ放り投げていっている。
それは“面倒臭いから”というのも勿論あるが、悠長にやっていられないというのが一番の理由だ。単純に時間の問題だ。
本来“レベル上げ”とは、『ブレイド×ファンタジア』だけに限らず、ゲームで最も時間とストレスを要する作業の一つだ。
なるべく弱く、それでいて経験値をたっぷり獲得できる敵を何百、何千と永遠に倒し続けるという拷問なのだ。
だけど、今回ミリーが戦っているのはコボルトなわけで、弱いがその分経験値もかなり少なく、レベル上げには向かない敵だ。
それでもゲームだったら、初心者ボーナスや課金アイテムなどを使って大量に倒しまくれば、まだ何とかなったかもしれないが、こちらの世界では大前提の“大量の”敵がいないのだからそうもいかない・・・。
これもゲームとの違いと言えば違いのひとつなのだが、ここは時間が経てばどこからともなくモンスターが突然現れるようなイカれた世界ではない。
だから、どんなに頑張っても集められるコボルトは1時間で30匹がいいところ。それでは効率が悪すぎるのだ。
ミリーの場合、今までモンスターを倒したことがないということから考えると、魔法が使えるレベルになるまでには、ざっとコボルト5,000匹は必要だ。
こんなことはやる気が無くなってしまうので、当然ミリーには伝えていないが、現実的ではないだろう。
だけど、もしかしたら俺の知らない、この世界特有の方法でこれまでにミリーが経験値を入手してる可能性もあるので、今日のコボルト狩りで魔法が使えるようになることも考えてはいる・・・が、今日明日中にとはいかないだろうというのが正直なところ。
なので、あくまで今回の目標は“モンスターと戦う”ことをメインにしていた。
段階的にモンスターを変えて戦い、それで魔法を使えるようにするというのが本当の計画だ。
もしモンスター関係で問題があったとしても、みんな大好き“ゴールドエッグ”もあるので安心安全完璧なプランなのだ。
ちなみに、この“ゴールドエッグ”というのはモンスターで、名前の通り金色の卵のような姿形をしている。
HP1の最弱モンスターで、これを倒せば破格の経験値が貰えるというラッキーな魔物なのだが、コイツがなかなか厄介な奴で、羽を羽ばたかせて常に超高速で動き回っているため、倒すどころか見つけることさえ難しいレアなモンスターだ。
俺はサイプロクス戦でレイナさんと別れている時、偶然見つけて、ちゃっかり捕獲していたのだ。
いざという時のために確保しており、今はティアのいい玩具にもなっている。
このゴールドエッグを使えば、すぐに目標のレベルにミリーは到達できるだろう。でもやっぱりこれは最終手段だ。
与えるのは魚ではなく、釣り方だ。それこそゲームの醍醐味だから。
そんなこんなで森の中を駆け回り、持てるだけのコボルトを手に持ち、その中からこぼれ落ちたコボルトは蹴飛ばして運ぶこと数十往復。
そろそろ陽も高くなっているし、お腹も空いてきたので、戻ってお昼ご飯にしようと決めた。
俺はティア達がいる方へ向きを変え、足元のコボルトを少し強めに蹴っ飛ばして足を早めた。
すると「もっと優しく運べ!」とでも言うようにコボルト達が一層うるさく暴れ出すのだ。
噛み付いてきたり引っ掻いたりと、俺が散々蹴り回しているというのに、友達になれた気が全然しない。
やっぱり誰彼構わず抱きつくようなサッカー部の言うことはアテにならないことがよくわかった。
「まったく、コボルトもいい迷惑だよな」と同情してあげたのだが、当のコボルトはぼっちに哀れまれて甚だ不服そうな顔をしている。
そういう顔は例え種族が違ったとしてもわかるのだ。
目と鼻と口が皺になってる婆ちゃんの顔に比べたら、コボルトなんて能面と同じくらい分かりやすい。
それにしても今更ではあるが、このコボルトも不思議な生き物だ。
犬の頭に人の子供みたいな体をしている魔物。ゲームの時は、そういう設定とデザインのそういう敵としてしか認識していなかったが、このリアルとなった世界では話は違った。見れば見るほど疑問が湧いてくるのだ。
何を食べているのか?とか、どうやって繁殖しているのか?とか、寝る時は仰向けなのか、うつ伏せなのか?などなど。
その中でも俺が一番気になっているのは、コボルトが身につけている服のことだ。
なんとコボルトはモンスターなのに服を着ているのだ!
勿論、人間のようなきちんとしたものではなく、ただの汚い腰巻と言えるものだが、一応隠す所はしっかり隠せている服だ。
しかもよく見ると、1匹1匹のその服には微妙に違いがあり、画一的なデザインとして以上の役割があるように思える。
もしそうだとしたらコボルトにも文明や文化があるのかもしれない。
突飛な想像かもしれないが、馬鹿にすることはできないだろう。
日本の女性だってパンツを履くようになって、まだたったの100年しか経っていない。
ねずみが口笛を吹いて船を動かしている頃に、ようやく人はパンツを履きだしたのだ。
だからコボルトを笑うことはできないし、男が女性のパンツを見たいと思うのも至極自然なことなのだ。
突如現れた未知の領域。それは男にとって、まさに“イッツ・ア・スモールワールド”!!
100年前に女性がパンツを履いた瞬間、世界に起きた2度目のビッグバン!!
だから男たちは、パンツという神秘にロマンを感じてしまうのかもしれないな・・・
俺はそんなことを考えて、138億年と100年の軌跡に想いを馳せながらミリーに向かってポポーイッとコボルト達を放り投げる。
ところで、俺は一体どうしてパンツのロマンについて想いを馳せているのだろう?
もっと全然違うことを考えていた気がするのだが思い出せない・・・
俺が懸命に記憶を手繰り寄せている間に、メキメキと腕を上げているミリーが全てのコボルトを倒してしまった。
なので、この問題は一旦持ち帰ることにして、俺たちはお昼休憩をとることにした。
* * *
「そういえば師匠、もうすぐお祭りがあるのは知ってますか?」
お昼ご飯を食べてゆっくりしている時に、ミリーがそんな話をしてきた。
お祭りのことは初めて知ったし、聞いていたとしても当然スルーしているだろう。
祭りなんて、俺の愛しいパーソナルスペースがズタズタに踏み荒らされてしまうだけの死刑場だ。
それならご近所さんと町のゴミ拾い行事の方がよほど風通しがいい。
よって祭りなんていう催しは俺には無関係なのだ。近所のおばちゃん連中が集まったら必ず報告し合うお通じ状況くらい俺には無関係だ。
もう、あの人達は「こんにちは」の挨拶の代わりに「便秘です」って言えば良いのにと思うくらい無関係だ。
だからミリーには首を横に振って答えを返した。
するとミリーが「あの・・・師匠さえ良ければ一緒に行きませんか?」と、なにやらモジモジしながら祭りに誘ってきた。
お誘い自体は嬉しいが、その申し出は俺の愛しいパーソナルスペースを滅びの山に連れて行くということだ。そう簡単には頷けない。
「他に用事があるのでしたら仕方ありませんが・・・。
出店や屋台もいっぱいあって楽しいですよ?」
ミリーのその言葉に、それまで眠そうにしていたティアが、目をキランと光らせ興味を示した。
う〜ん・・・。ティアの様子から行かせてあげたいとも思うのだが・・・やっぱりダメだ。
あんな恐ろしい所に行くなんて俺には無理だ。
「他にも魔術のパフォーマンスや術具も色々あるんです」
渋っている俺にミリーが更に祭りの良さをアピールしてくる。
確かに魔術や術具には興味がある。それでもやっぱり怖くて踏ん切れないのだ。
360度どこを見ても人の目がある。しかも皆んな笑ってるのに俺と目が合う時だけ冷たくなるんだ。それが1番怖い・・・。
コミュ症には刺激が強すぎるため、ドクターストップが出ているので、しょうがない。
「それにそれに、今回のお祭りでは完成したばかりの新しい魔術兵器のお披露目があって、きっと師匠も興味があると思うのですが・・・」
なんだかんだグズる俺に、ミリーはまたしても的確な人参をぶら下げる。
「ほうほう。ちょっと、それ詳しく」
俺はまんまと食いついてしまったが、魔術兵器と聞いては仕方ないだろう。
「はい!今回披露されるのは、ラーズナルが技術の粋を集結させて完成させた、対大型魔物用決戦兵器 《シャスタイズフォール》です。その試運転も予定されているらしいですよ」
決戦兵器キターーーーーーーーーッ!!!
なにソレ「絶対いくー!」決戦兵器と聞いて滾らないオタクはオタクじゃない!!
今度は俺の目がギランギランと光った時には既にOKの返事をしていた。
祭りは祭りでもコミケ的な祭りの方じゃん!ちょっとそういうのはもっと早く言って欲しいぜ。
そういう祭りなら大歓迎だ!
あそこの人は皆んな俺と同類!絶対目を合わせない思いやりがあるから大丈夫!
俺が完全にその気になったのを見て、ティアも釣られてワクワクしている。
祭りが楽しみになった俺とティアは、2人で「「ねー!」」と言ってから、3人で計画を練りだした。
この頃には、パンツの前に何を考えていたのかなんて、もうどうでもよかった。
未来には楽しいことが待っている。過去を振り返っている暇なんてないんだ。
宇宙がビッグバン以降広がり続けているように、俺たちの未来も広がり続けているのだ。
そしてそれはパンツも同じだ。広がって広がって、そして最後は俺がよく知る、オカンのでかいパンツになるのだから・・・




