第77話 師匠 6 〜ミリーの実践③〜
「お疲れ〜。チュートリアル達成だな」
師匠の言葉で私はホォ〜と息を吐き、力を抜くことができました。
それから、先ほどコボルトを倒した自分の両手をまじまじ見ます。
未だ震えが残っていますが、確かにこの手でやったのです・・・。
「・・・」
現実感のなさに置き去りにされていた感情が徐々に込み上げ、私はグッと手を握ります。
「やった!!師匠、私やりましたよ!」
うんうんと頷いて師匠も満足そうです。
本当は物凄く不安だったんです。本当に私が魔物を倒せるのかって。
でも、できたんです!師匠のお尻を叩いていたあの日々に意味はあったのです!
「さて、感動してるところ悪いんだけど、特訓はこれからだからな。締まっていこー!」
その掛け声に合わせてティアちゃんとコレットも「おぉ〜!」と拳を突き上げ気合いを入れます。
そうです。まだまだ始まったばかりなのですから、喜んでばかりもいられません。
私も気合を入れ直すために、少し遅れましたが「おー!」と言って両手に拳を作ります。
「お、ミリーもやる気十分だな。じゃ、もう一回みんなでやるぞ!」
師匠がそう言うと、私たち4人は手を繋ぎあって円陣を組みます。
実はこういうのに憧れていたので、ワクワクします。
「それじゃ、元気に行こう!いち!に!さん〜〜!」
「『だぁ〜!!』」「おー!」
(私だけちが〜う!)と思いながらも強制的に手を上げさせられて、憧れだった円陣は恙無く終了しました。
そうして始まった特訓は、もはや私の知っているソレとはかけ離れていました。
私の考えていた特訓とは、主に学校の演習の延長のようなものでした。
演習では生徒1人につき2、3匹のコボルトを倒すというような内容でしたので、師匠との特訓も、頑張って5、6匹は倒して帰るぞ!くらいのつもりでいたのです。
ですが実際に始まったのは特訓なんて生易しいのものではありませんでした。
これは・・・生きるか死ぬかの戦争です
次々と送り込まれてくるコボルトと1人で戦い、倒した数は20を超えてからは数えていません。
「ハァ・・・ハァ・・・
まさか、こんなに戦うことになるなんて思いませんでした」
今も前3方向から迫ってきた最後のコボルトをマジカル⭐︎パンチで撃破し、一息つけたところです。
ですが、ゆっくりはしていられません。
もうすぐそこに・・・両手は勿論、小脇にもコボルトを挟んでやって来る師匠がいるのですから!
以前、師匠とお話ししている時に、心の中で「モンスターの死体の中に放り込まれたこともありますから!」などと強気でいた自分が、今はとても恥ずかしいです。
あの時“師匠は優しい”なんて思っていましたが、とんでもありません。
いま私はその師匠に“生きた”モンスターの中に放り込まれているのですから!
ポポ〜イッと師匠に雑に投げられた2匹のコボルトが、着地をするなり同時に私に向かって襲いかかって来ます。
私は一度距離を取るために後ろに下がろうとしますが、その進路を阻むように追加でコボルトが投入されます。
「ッ!!」
バックステップからそのまま体を捻って後ろのコボルトにパンチを与え、位置がずれたことで1匹ずつ対処できるようになった前の2匹も冷静に倒します。
最後に放り込まれたコボルトには、しっかり「マジカル⭐︎パンチ!」と言ってから倒せたので、大満足です!
師匠が連れて来た魔物を倒し切ると、それまで金色の小さな玉で遊んでいたティアちゃんが、コップになみなみと水を入れて持って来てくれました。
ティアちゃんはお水係なのです。
お礼を言って喉を潤すと、ポケットからハンカチを取り出し滴る汗を拭き取ります。
ですが陽気な気候に滲み出る汗が止まりません。
空を見上げると、予報通り快晴の青空に太陽が真上に差し掛かる位置にありました。
「今日の天気予報はハズレですね。
正しくは、晴れところによりコボルトです」
そんなつまらないことを言っていると、またコボルトが降り出すのでした。
* * * * * * * * * *
私たちは今、お昼休憩のため特訓は一時中断中です。
休憩をする前に、魔法が使えるか試してみたのですが、未だ使えるようにはなっていませんでした。
そのことに関して、師匠は少し難しい顔をしながら「もう少し様子をみよう」と言っています。
「奥の手もあるし大丈夫」とも言っていましたが、師匠が難しい顔をしている理由がわからない私は、どうしても嫌な想像をしてしまうのです。
・・・だと言うのに、師匠はティアちゃんと一緒にお弁当で大はしゃぎです。
「見ろ、ティア!今日はキャラ弁だぞ、キャラ弁!すごいクオリティだな」
「・・・ほぁ〜」
師匠もティアちゃんも大喜びしているので、悔しいですが気になったので覗いてみると・・・確かにスゴイ!
そこには師匠とティアちゃんに似せて作られたおかずが詰まっているのですが、まるで2人がお弁当箱という箱庭の中で駆け回っているのを幻視してしまうほどのクオリティーなのです。
食べてしまうのが勿体無いと思うほどの可愛らしさに、羨ましいと思ってしまいます。
2人は「いただきます」と言って食事を始めましたが、師匠は一口食べると箸を置いてしまいます。
「さすがマイさん。期待を裏切らない人だ・・・。
見た目にこだわり過ぎて、食材の組み合わせが最悪だ」
「なんで肌色にプリン使うかなー」と涙目で食事を再開する師匠を尻目に、私は自分の食事を始めました。
食事を終えた私たちは、その後ものほほ〜んと休憩を続けています。
師匠曰く「マイさんの食事の後は絶対安静」なのだそうです。
私と師匠は2人でお喋り。ティアちゃんは師匠に背中を預けて、また1人で小さな玉で遊んでいます。
特訓の待機中にティアちゃんから聞きましたが、あれはブイブイと言うものなのだそうです。
図鑑で見た幻のモンスター“宝石の魔物”によく似ていますが、あり得ませんよね?
それ1匹売れば、爵位を買って一生遊んで暮らしてもお釣りがくるというモノに、紐を巻き付け飛ばして遊んだりする筈がありませんもの。
ティアちゃんがブイブイと言っているのですから、あれはブイブイというものなのでしょう。
私は聞いたことがありませんでしたが・・・
世の中、私の知らないことばかりです。この頃は特にそれを身に沁みて実感しています。
ブーンと羽音を立てて、行ったり来たりするブイブイを眺めながら師匠とお喋りしていると、話題が私の持ち物についてに移っていました。
私は少し気恥ずかしい気持ちがなくもありませんでしたが、特に隠すことでもないので、荷物を取り出し披露します。
「ふむふむ。やっぱりミリーも女の子だな〜。
絆創膏なんて滅多に使わないと思うんだけど女子って絶対持ってるもんな。
もしかして俺たち男が知らないところで戦ってんの?」
だと言うのに師匠は・・・
私の私物を見ながら言いたい放題です。
どうやら目の前でストレスと闘っている女の子は見えないようです。
「それからポーションはわかるけど、この紙は呪符?」
「はい、その通りです。
今日持って来たのは、ファイアと通信の2種類です」
私が呪符の説明をすると、興味を持った師匠からいくつも質問が飛んできました。
「呪符に描かれている魔法陣には、魔力を吸い取る性質の塗料が使われているので、体の一部に密着させて詠唱すれば適性がない人でも魔法が使えるんです。
いくつも種類がありますが、私のは魔法が使えない人用の呪符ですね。過度に魔力が流れると暴発することもありますので」
ほほぉ〜と唸りながら師匠は呪符をひっくり返したり、光に透かしてみたりしています。
「それからこの通信の呪符は2枚1組で使います。発動させると呪符の塗料が焼き切れるまで声を送りあえるんです。これは大体30秒くらいが限界ですね」
「なるほどー。つまりこの塗料で魔法陣を描けば、どんな魔法でも使えるわけだ?」
「はい。理論上はそうですが、まだまだ解明されていない魔法陣は多いですし、中級魔法以上だとそれに耐えられる塗料がないので今のところは不可能なんです」
その後もなんだかんだと魔術道具の可能性について盛り上がりましたが、ずっとそうもしていられません。
休息も十分できていたので、いよいよ特訓の再開です。
「その前に師匠、これを持っていてくれますか?」
私は通信の呪符の片方を師匠に渡します。念のためです。
「わかった。こっちから通信する時は、俺的ヒット曲でお知らせするから、サビが終わったところで応答してくれ」
私はやんわりとお断りしてから、特訓を始めてもらうのでした。




