第72話 師匠 3 〜ミリーの特訓②〜
「そんな訳で、いよいよこれが訓練の最終段階だ。
とは言っても、やることはそんなに変わらなくて、強い攻撃を混ぜながら俺を殴ってくるだけだ」
訓練の最後だと聞かされ、自然と身が引き締まります。
これをクリアすれば、町の外に出て実際にモンスターと戦うことになるのですから!
私がそう意気込んでいると、師匠がちょっと心配そうな顔をして
「ところで、ミリーは魔物と戦ったことはないって言ってたけど、そのへん大丈夫なのか?」
と尋ねてきました。
師匠がどうしてそんなことを聞いたのか分からなかったのですが、一応よく考えて、それでも特に問題はなかったのでそれを伝えます。
「大丈夫だと思いますけど、何かありましたか?」
「えっと、モンスターって言っても生き物を殺すことになるんだけど、抵抗があったりしないのかってことを聞きたかったんだよ・・・」
あぁ、納得です。
師匠はホントに優しいなと思い、頬が緩んでしまいます。
「はい、問題ありません!モンスターは倒すべき敵ですから!
それに私自身で倒したことはありませんが、近くでそれを見てきましたので大丈夫です!」
他にもモンスターの死体の山の中に放り込まれたりしたこともあるので、師匠が心配してくれているような事はないと言えるのですが・・・これは言う必要のないことですね。
それを聞いた師匠の顔は、心配そうなものから安心したようなものに変わりました。
「そうか?だったらいいんだ」
きっと私が少しでも不安そうにしていたら、すごく困らせてしまっていたことでしょう。
そうならなくて良かったと思う反面、師匠が困ってアタフタするところが見れなくて残念だなとも思ってしまい、フフフッと笑みが漏れてしまいました。
すると、それを見た師匠がまたよく分からないことを言い出しました。
「お、おい・・・、ダメだぞ。
俺は怪物を生み出したフランケンシュタインにはなりたくないからな!」
どうせいつもの変な勘違いでもしているのでしょうから放っておきます。
「さぁ、さぁ、師匠、変なこと言ってないで早く始めましょう!」
私は「嫌だ!今日はもう帰る!」などと言って愚図る師匠を引っ張って訓練を始めてもらうのでした。
*
師匠を引き摺って広場にやってきた私は、手を前に突き出して構える師匠と向かい合っています。
「確認なんですが、ホント~にやってもいいんですね?
加減とかはまだできないですよ?」
「大丈夫、大丈夫。俺を誰だと思っているんだ?
ミリーのへなちょこパンチなんて俺に効くわけないだろ!」
私の心配を余所に師匠は何でもないかのように言って、更に挑発めいたことまで宣いました。
それはきっと事実なのでしょうが、何故か師匠に言われると妙に対抗心が刺激されます。
「なんだったら、手も使わないで、ただのサンドバッグになってやってもいいんだぞ?」
「ほれほれ~」と言って師匠は手を頭の上で組んで腰をクネクネしています。
「い、言いましたね~!
もう絶対に遠慮なんかしませんから!」
私は最初から全力でいくと決めて構えると、思いっきり魔力を両手に込めます。
そして魔力の準備も心の準備もできて、いざ飛び掛かろうとした瞬間・・・
「あっ!ちょっと待って!」
師匠がいきなり待ったの声を掛けました。
「な、なんですか?やっぱり止めておきますか?」
出鼻を挫かれ、ジトッとした目で問いかけます。
「いや、そういうんじゃないんだけど。
ただ、これだけは約束して欲しいんだ・・・」
さっきまでの巫山戯た態度が嘘のように真剣な面持ちだったので、私も姿勢を正して続きを聞きます。
「はい、何でしょうか?」
「・・・」
「・・・」
「股間はナシだ・・・」
そんなことをマジメな顔で言う師匠に、私はさっき以上の魔力を込めて問答無用で殴り掛かりました。
*
師匠に殴り掛かって始まった特訓でしたが、ただ魔力を多く込めて攻撃するだけでは魔力でコーティングしただけの攻撃とあまり変わらないことにすぐに気がつきました。
その証拠に、師匠は余裕の表情でお尻をフリフリしています。
私はそのお尻に1発パンチを打ち込みますが、やはりあまり効果は無さそうです。
そこで、挑発に乗せられてやや高ぶっていた気持ちを落ち着かせてみると、答えはすぐに分かりました。
魔力を素早く出し入れして、ティアちゃんとパンチの型の練習をしていたのは何のためだったのかと。
だから今度はパンチが当たる瞬間に一気に魔力を放出するようにして拳を突き出し、師匠のお尻に打ち込みました。
「おぉ!?」
師匠のお尻がピクリと震え、動揺の声を上げさせることに成功しました。
コツを忘れないようにするために、隙ができた箇所を見つけては次々に攻撃を繰り出していきます。
「おぉ!おぉ!・・・あ、痛ッ!」
「どうですか!?」
息を弾ませて不敵に言います。
師匠も『オーラ』で身体を守っているのでそれほどダメージはないでしょうが、それでも「痛い」という言葉を引き出すことができたのです。
「あ、あぁ、なかなか良いパンチだと思うぞ」
「そうですか。それでは師匠、まだまだ行くので手は下ろさないで下さいよ!」
それから私の打ち込みは激しさを増していきました。
そのうち魔力の操作も工夫して、強弱を交えフェイントをしながら大きな隙には最大限の力を込めて攻撃します。
師匠も興が乗ってきたのか
「おふ♡ いいパンチだ!その調子でドンドン来るんだ!」
熱くなって檄を飛ばしながら、少し攻撃を避けてみたりしながら殴られています。
「いいぞ!もっと!もっと激しく殴ってこい!!」
私の攻撃は動いている師匠にも当たるようになり、バトルはさらに過熱していきました。
師匠の動きを制限するために左の腰に弱いパンチを繰り出し、動きが止まったところを蹴り上げます。けれど実はこれも魔力の少ない弱い攻撃で、本命は次に出した鳩尾を狙った強アッパーです!
「はふ~ん♡ い、今のは効いたぜ!
だが、まだやれる!もっとだ、もっと来るんだぁ!!」
けれどその時、訓練に夢中で周りが見えていなかった私達に第三者による制止の手が師匠の肩に置かれました。
「君だね?公園に出た変質者は?」
「・・・は?」
「『は?』じゃないよ!
公園で『もっと、もっと』と言って小さい女の子に殴らせているって通報があったんだよ!
『はふ〜ん』って言ってる現行犯だ、ちょっと署までご同行願おうか」
「えぇー!?ちょっ!違ッ!?」
私が突然の出来事にビックリして何も言えないでいる間に、師匠は2人の兵士さんに両側から腕をがっちり抑えられてしまいました。
こうして1人で国家を転覆させることができるかもしれない男は、幼女にパンチを強請る疑いで連行されていきました・・・。
一時は“師匠を敵に回したら絶対ダメだ”と思ったものですが、別に何かが起こるわけでもなく、やっぱり世界は平和なままでした。
*
「師匠、遅いですね・・・」
遅れてやって来たカーヤに事情を説明すると、カーヤが誤解を解くために兵士さん達を追いかけて行ってくれました。
それからずいぶん時間が経っているのですが、師匠とカーヤは未だ戻って来ないのです。
取り残された私とティアちゃんは、広場と歩道に挟まれている芝の斜面に座っていました。
広場で遊ぶ人たちをボンヤリ見ていると、不意に寂しい気持ちになってきます。
「師匠はいつかこの町を出ていっちゃうんですよね?」
ポツリと溢れた呟きは、魔法が使えないと分かった日以来、感じることがなかった楽しいという今の気持ちがもっと続いて欲しいという本音から出たものでした。
私は寂寥感と、あとはよく分からないモヤモヤした気持ちで胸がキュッとなる痛みに眉尻を下げてしまいます。
すると、そんな私を不思議そうに見ているティアちゃんに気がつきました。
私は少しでもこの気持ちを分かって欲しくて、言葉を変えてティアちゃんに聞いてみます。
「師匠がティアちゃんを置いていなくなったら寂しいでしょう?」
けれどティアちゃんは、尚一層分からないといった顔で
「・・・大丈夫」
と言いました。
この“大丈夫”は、そんなことは絶対にあり得ないと信じ切っている“大丈夫”なのでしょう。
私は色々な気持ちが混ざった苦笑いしかできません。
それにしても、この子も不思議と言えば不思議な子です。
わがままも言わず、いつもニコニコして師匠の周りで楽しそうにしています。
その整った容姿と幻想的な雰囲気はまるで“妖精”とでも形容したくなるくらいです。
そんなふうに考えながらじっとティアちゃんを見ていたからか、少女はコテンと首を傾げます。
それから何を思ったのか、嬉しそうにニコッとすると
「・・・セイのひみつ、教えてあげる」
と言って、私の耳元で小さな両手を口に当ててこしょこしょこしょと内緒の秘密を教えてくれました。
「それはいいことを聞きました!」
クスクスと2人で笑い合っていると、歩道の先からようやく師匠とカーヤが帰ってくるのが見えました。
カーヤは歩きながら師匠にお説教をしているみたいです。お説教をするときの癖で、人差し指をピンと立てて喋っているので間違いありません。
一方師匠は、カーヤのお説教に顔をげっそりさせてトボトボと肩を落として歩いています。
私とティアちゃんはまた顔を見合わせてクスクス笑うと、2人の方に向かって走って行きました。
文字数が20万になりました!
まさか、自分がこんなにたくさんの文字を書くとは思ってもいませんでしたので、しみじみと感慨に耽っています。
これほどの文字を書くことができたのも、読んでくれている方がいてくれたからだと思っています、本当にありがとうございます!
特に執筆の励みになっているブクマ、評価、感想をくださった方々には大変感謝しております!
拙作、遅筆ではございますが少しでも楽しんで貰えるようなものが書けたらいいなと思っています!(^ ^)




