第70話 師匠 1 〜ミリーの考察〜
「つまりだ、この世界の『オーラ』というスキルは身体能力を上げるんじゃなくて、魔力という鎧を身に着けているイメージなんだ。
だから攻撃に関しては剣なんかを装備してもスキルの恩恵は無いんだよ」
この1週間ちょっとの間は体力作りをメインに行ってきましたが、ようやく次のステップに移れるようになったので、私は師匠からその説明を受けていました。
「そこでミリーの場合は、下手に武器を持つよりオーラを纏った素手の方が威力が出るし戦い易いんだ。
将来的には、基本は魔法で戦いつつ不用意に近寄ってきた敵をぶん殴るっていう立ち回りが現実的だろう」
師匠は「『オーラ』にもいくつか種類があるわけだしな」と言って話を締め括りました。
私は師匠の言う将来的な自分の姿を思い浮かべて頬を緩めてしまいます。
「ということで、ミリー。もうオーラを全身に纏えるよな?
その状態を維持したままーー」
そこまで言うと、師匠は両手を前に出し腰を落としてニッと笑う。
「俺を殴ってこい!」
「えぇーッ!!」
「何でそんなに驚いてんだよ?そういう話だっただろ?」
「そ、そうなんですけど、いざやるとなればどうしたらいいのか分からなくって・・・
私、そういうのしたこともないですし」
「どうしたらと言われると俺も困るな、空手とかやってたわけじゃないしな~。
まぁ、とりあえずはパンチとかキックを当てることと攻撃を避けることができればいいよ」
そうして始まったのが肉弾戦の訓練でした。
魔法が使えるようになるために弟子入りした頃は考えもしなかったことですが、私は日々着々と逞しくなっております・・・。
*
「か、身体が・・・重い・・・」
師匠と別れた後の私は、疲れ果てた身体を引きずるようにして寮の部屋まで帰ります。
修行を始めた最初の何日かは、部屋まで辿り着く前に眠ってしまい、カーヤに運んでもらっていたのだから大した進歩でしょう。
「カーヤ、最近気づいたことがあるの・・・重力は私たち人類の敵よ」
見えざる魔の手に気づきはしたものの、しかし、私にできたのはそこまででした。
私はその力に抗うこともできないままベッドに倒れ込みます。
「夕食ができたら起こしてちょうだい・・・」
「お、お嬢様、先にお着替えをしてくださいませ・・・って、もう寝てるわね」
カーヤの声を微かに聞きながら、私の意識は闇へと飲み込まれて行きました。
*
鼻孔をくすぐる良い匂いがして目が覚めました。
感覚的には10分くらいの時間でしたが、時計を見てみれば1時間近く眠っていたみたいです。
身体の疲れもですが空腹もひどかったので、服を着替えると、呼ばれるよりも早く寝室から出て匂いのする方へとふらふらした足取りで向かいます。
匂いが漏れてくる扉を開けると、そこには寮の食堂から持って来てくれた食事がテーブルに並べられており、丁度準備が終わったところのようでした。
「お嬢様、お食事の準備が整いました」
私が部屋に入って来たのに気づいたカーヤが、ひどい空腹に苛まれている私をすぐに椅子に座らせてくれる。
私は祈りの言葉もそこそこに急いでお腹を満たします。
お代わりもして食事をしました。
食事が終わればカーヤを下がらせ、寝る時間まで書物を開き、その考察をノート(元々は日記を書いていたのですが、いつからか私の研究ノートみたいになっているものです)にまとめるのが日課です。
これまでは、“魔法の概念とその運用法”や“魔力の本質”を追求している本や論文を読んで自分に還元できないものかと試行錯誤してきましたが、師匠の話や考えに触れた今は、“魔術とスキルの応用法”や“魔術史”(特に古代魔法と言われる、もはや神話と言ってもいいくらい時代を遡った歴史の魔法)の書物を読み漁っています。
師匠が言っていた『忘れ去られし職』である魔法戦士のことを知りたかったからです。
それに・・・師匠の弟子になってよく分かったのは“私の常識は通用しない”ということです。
私の基盤は、ここ学園都市ラーズナルに集まった魔術の叡知であり、魔術に人生を掛けた人々が研究に研究を重ねてきた努力の結晶です。
しかし師匠はそれらを尽く無視したやり方を貫いていて、実際に誰も分からなかった私の魔力も、師匠の言葉通りの振る舞いをしているのですから信じないわけにもいきません。
だから、こうして私の常識がどんどん崩れていき、その度に驚かされるのですが・・・もうそろそろ慣れてきました。
今はもう自分が信じた師匠に付いていけるように取り組むばかりです。
それはそうと魔法戦士という職なのですが、いくら調べてみても今のところ全く史実に登場しません。
図書館の検索ワードで調べてみたり、教授に聞いたりしても分かりませんでした。
まだ調べ足りないのかもしれませんが、もしかしたら初めから存在しないのではないかという考えがフッと頭に浮かびます。
・・・だとしたら、師匠はいったい何者なのでしょうか?
謎の魔術を操る術を持ちながら、やってることは民家を回って庭のお掃除。
豊富な知識を持ちながら、何故か侍女のカーヤにも頭が上がらない。
生まれも育ちも不明なその人は、まるで・・・
あら、いけない。また話が逸れてしまいました。
魔法戦士、それに関する記述は見つけられていませんが、師匠の話では最も特徴的なのは“魔法的属性を付与”できるということです。
このようなことができるなど学会を揺るがす大発見ではあるのですが、個人的には師匠が次に説明した魔法のことの方が重要でした。
師匠曰く、魔法戦士は私の目標でもある初級~中級魔法は比較的簡単に習得できるうえに、最終的には上級魔法も数個程度なら覚えられるということでした!
普通は中級魔法をいくつか使えれば一流とされているのに、それを簡単と言ったばかりか、世界でほんの一握りしか扱うことができないとされる上級魔法を、それも複数習得できると言ったのです!
その時点で私の頭は処理が追い付かなくなっていたのですが、師匠はさらにとんでもないことを当たり前のように話していたのです。
「あと、これは結構難しいんだが、魔法に属性を付与することで更に上位の魔法に匹敵するものを作り出せる。
これはゲームにはなかった、リアルならではの現象だな」
師匠は楽しそうに喋っていましたが、私は話の壮大さにただポカーンと口を開けていることしかできませんでした。
“ゲーム”とか“リアル”といった真意が掴めない不可解な単語もありましたが、それらも気にならないほど師匠の言ったことはショッキングでした。
そんな私の様子を見た師匠は、我が意を得たりといった笑みを浮かべます。
「ふっふっふ、気づいたか?気づいてしまったか、ミリエル・カーマイン!?
そうだっ!中途半端な魔法とは言ったが、俺たちは奴等と打ち合えるどころか、凌駕することも可能なのだよっ!」
はーっはっはっは!と大声で笑いたいところを、師匠はぐっと堪えてプププー!といった感じで笑うのです。
我が師匠ながら、ちょっと小物臭いと思ってしまいました。
そんな感じで、師匠は分かったような顔をして全然分かってないことを言ったりすることがよくあるのですが、とにかく、またしても私の常識が音をたてて崩れたのでした。
それは単純に魔法に魔法を加えるといった話ではありません。
そういった試みは過去幾度となく行われてきましたが、結果的にはごく一部を除いては効果は見込めないというのが通説です。
例えば、風の魔法に風の魔法を加えても、強さや向きが少しでも異なればお互いが相殺してしまう結果になるのです。
それは火の魔法も同じで、下手に加えると周りの空気やマナを奪い合い必ずしも威力が上がるとは限らないのです。
だからそういった方法で運用できるものは限られているのですが、しかし師匠のいったような“付与”という形なら話がまったく違ってくるわけです。
今まで不可能とされ、あり得ないと結論されたことですが、魔法戦士というものを加味することで師匠の言っていること自体の筋が通ってしまうのです!
「まったく・・・とんでもない話ですよ」
一見頼りなくて、ただ流されてるだけのようにしか師匠は見えません。
ですが、荒唐無稽な話でも全て理論的に分析し、誰も知らない世界を見ているその人は・・・ホントにまったく底の知れない恐ろしい師匠です・・・。
*
後にこの日記(考察ノート)が世の中を騒がせることになるのだが、今はまだ少女の机の中で眠るのだった。




