第68話 弟子 4
「それでは、折角ですし私たちも食事にしましょうか」
ミリーが何事もなかったかのように指示を出すと、カーヤさんは持っていた鞄からお弁当を取り出し、てきぱきと準備を始めた。
「たくさんありますので、皆さんもよろしければいかがですか?」
あっと言う間に広げられたミリーのお弁当は、初めから俺たちと一緒に食べることを考えていたのではないかと思うほどの量だった。
「うわ~、すごい!本当に食べてもいいんですか?」
そして量もすごいが、その中身もすごかった。
貴族のランチということで興味津々で覗いてみると、見た目はそれほど派手ではないが、一つ一つが手の込んでいると分かる料理の数々。
お弁当用に作られたそれ等であったが、一品料理として振る舞われてもおかしくない程のクオリティで、料理に美意識など一切持ち込まないティアに二の足を踏ませる完成度だった。
「私達だけでは食べきれませんから、遠慮はいりませんよ」という言葉にティアは勿論だが、マイさんもミリーのお弁当に飛び付いた。
「なにこれ!?すごく美味しい!!」
マイさんは頬に手を当て感激しており、ティアは無言で料理を貪っている。
「ふふ、お口に合ったようでなによりです。デザートもありますので、そちらもどうぞ」
「キャー!これ、何て言うしあわせ!?」
皆が楽しそうに食事をする一方、俺はというと途方に暮れていた。
なぁなぁ、この3人分のマイさんの弁当はどうするんだよ・・・?
わかってるよ・・・どうせ俺なんだろ?俺が食えばいいんだろ?
ただ、今回だけは許してほしい・・・これくらいの救いはあってもいいはずだ・・・
誰にともなく言い訳をした俺は、バレないようにこっそりと“チョイソース”を取り出した。
食事が終わり、芝の上で寝転がって休憩していると、ミリーがやって来た。
「師匠・・・。私は今日もランニングや体力強化でしょうか?」
その表情からは不満・・・というのではなく、どちらかと言えば不安と焦りのようなものが見てとれた。
「そうなんだけど・・・
なぁ、ミリー、俺たち魔法戦士の強みって何だか分かるか?」
思いがけない質問をされてミリーは面食らったような反応をするが、すぐに答えは返ってきた。
「えっと、魔法を使えることと、師匠みたいに武器を強化できることでしょうか?」
「まぁ、そういうことだ。相手によって戦闘スタイルを変えられるのが俺たちの強みだ。
じゃ、逆に俺たちの弱みは分かるか?」
「えっと、どれも中途半端なんですよね・・・?」
「そうだ。魔法使いと魔法で打ち合えば潰されるし、剣士に接近戦を挑めば力負けしてしまう。
でもな、逆に言えば相手の土俵にさえ立たなければ俺たちは無敵だ!
いいか?もし相手が力士なら土俵に画鋲を撒いて弾魔法で蜂の巣にしてやれ!
もし相手が学者だったら口にチョークを詰めてぶん殴れ!それが俺たちの戦い方だ!」
汚いと言われればそうかもしれないが、中途半端故にパーティーから敬遠されがちな魔法戦士にはこの戦い方でしか生き残れないのが事実だった。
「だからミリーは身体もしっかり鍛えないとダメなんだよ。
上級の魔法を覚えるためにもそれは不可欠だからな!」
ミリーの不安を少しでも解消できたらいいなと思いながら説明したが、やってることがいまいち実感できないという気持ちも分からなくはない。
「でも、そうだなぁ。魔力のコントロールもかなり上達してるし・・・
じゃ、ランニングでティアに3周遅れにならなくなったら次のことをやってみようか」
「ティアちゃんにですか?」
いきなり自分よりも年下の子の名前を挙げられて不思議そうにするミリー。
「あぁ、そうだ。まぁ、やってみればすぐにわかるよ」
それだけ言うと俺はティアを呼ぶ。
「ティア、ミリーがかけっこしたいんだって!この広場10周な」
「・・・いいよ」
ティアはコレットと手を繋いでトコトコとこちらにやって来ると、コレットの頭をボフボフと叩いてやる気をアピール。
「よし、じゃ俺も一緒に走ろうかな。そして師匠の偉大さを教えてやろう!」
俺は立ち上がると「いくぜ、野郎共!」と威勢良く言って少女2人と一緒に広場の方へと向かっていった。
* * *
「まったく!いつまでお嬢様をあのように走らせる気なのでしょう」
今は一緒に走ることはしなくなったカーヤが、セイ達を眺めながら不満を漏らす。
「セイさんはミリエル様に魔法を教えているんですよね?」
事情を少しは聞いていたマイがカーヤの声に疑問を返した。
「そうなのですよ!
それなのに、やる事といったら毎日走ったり身体を鍛えることばかり!
あとはずっと魔力の制御をさせられているんですよ!」
「た、たしかに、魔導師らしくない訓練ですね・・・」
「はぁ・・・お嬢様はどうしてあのような冒険者を受け入れたのでしょう?」
さっぱり分からないと、カーヤは肩を落として首を振る。
「ふふ。どうしてでしょうね?見た目も頼り無さそうなのに」
「まったくですよ・・・」
「・・・」
「・・・」
会話が途切れると2人は心地いい風を受けながら、ぼんやりと広場の3人を眺める。
そこには先頭を高笑いしながらすごい速さで走るセイと、それに続くティアとコレット。
最後には「ゴーレムに負けるわけには~」と必死に走るミリー。
「でも、悪いようにはならないと思いますよ」
「・・・そうでしょうか?」
「はい、ミリエル様の魔法が上達するかは私には分かりませんが、きっと力にはなってくれるはずですよ」
「・・・どうして、そう言えるのですか?
あなたもそれほど彼と親しいわけではないのですよね?」
「たしかに、セイさんとは出会ってまだ日は浅いんですが、私には分かるんです。
宿に来るいろいろなお客さんを見てきましたけど、セイさんほど楽しそうで、それでいて一生懸命な人はいませんでしたから」
マイは広場を爆走するセイを目で追いながら話を続ける。
「それにですねー、実は私も料理の練習を手伝ってもらってるんですよ」
「あら、彼は料理ができるのですか?」
「いえ、そういうわけじゃなくて、私が作った料理を食べてもらってるんです。
それで料理の感想を聞いてるんですけど」
そう言ってマイは何かを思い出してクスクス笑う。
「なんだかんだ言って、いつも誉めてくれるんですよ。
だけど、それが嘘だっていうのがバレバレなんですよね~」
「はぁ・・・」
マイの話を聞いても何を言いたいのか分からないカーヤは曖昧な返事を返すだけだった。
マイ自身もいったい何をどう伝えたいのかはっきり分からなかったので、少しだけ言葉につまった。
けれど結局はまとまりも飾りもない、ただ思ったままの言葉を口にした。
「でも・・・絶対残さず食べてくれるんです。
そういう人なんです、セイさんって」
これは相手の求めるものではないし、きっと何も伝わっていないだろうとマイは苦笑する他なかったが、カーヤはそんなマイの言葉を聞いてポツリと呟く。
「なんだか、不思議な人ですね」
「はい。不思議で・・・ちょっと変な人ですね。クスクス」
そうして再び会話が途切れ、2人がぼんやりと広場に視線を向けると、セイがシャドーボクシングのようなことをしながら未だ走り続けているミリーの応援をしていた。
「頑張れー!頑張れー!エイドリア~~ン!!」
*
「やっぱり、かなり変な人ですね・・・」
「異論はありません」
第67話「たまごっち」はミス入力です。「たまこっち」に修正しました 1019年02月13日
バンダイさんごめんなさいw




