第67話 弟子 3
「セイさん、今日は図書館に行かないんですか?」
俺たちが宿の1階でゆっくり朝食を取っていると、お盆を片手にマイさんが話し掛けてきた。
「はい、休日の図書館は人が多そうなので午前中はここにいる予定です」
「そっか、そっか。それで午後は公園でお仕事なんですよね~」
「え?そうですけど」
「だったら~、今日はちょっと早めに出て公園でお弁当にしてみませんか?そわそわ」
「あぁ・・・、そういうのも偶にはいいですね」
「でしょ、でしょ!それじゃ、準備ができたら呼びに行くね!」
マイさんはご機嫌にエプロンを跳ねさせて厨房の方に戻って行った。
「ちょっとしたピクニックだな」
「・・・ぴくにっく?」
「あぁ、みんなで外で弁当を食べるんだよ」
「・・・?」
「お前の考えは手に取るように分かるぞ!
どうせ"にく“って聞いてちょっと心配になったんだろ?
だが、安心しろ!ティアの好き嫌いは伝えてあるから、魔物の肉はないはずだ!」
「・・・よかった」
ティアは安心したようにほっと息を吐きニコッと笑う。
そんなティアの無邪気な顔を見ながら『お弁当を持ってピクニック』なんて考えていたら、ずっと前に家族と行ったピクニックを思い出してしまい、なんだか懐かしさが胸に広がるのを感じた。
あのときも、母さんがお弁当を作ってくれたなぁ・・・
お弁当に俺の好きな物をたくさん入れるから何がいい?って前の日に聞かれたので、“エビフライ”って答えていたからワクワクしながら蓋を開けると、エビフライの中に嵩増し用に偽装されたアスパラのフライが半分を占めていてうんざりしたことを思い出す。
まぁ、あれはあれで美味しかったから今になっては良い思い出だ・・・
それにマイさんの料理も、気分を変えて気持ちいい空気の中で食べれば少しは美味しく感じるかもしれない!
そんな期待を密かに胸に抱き、俺はマイさんのパパさんが作ってくれた料理を噛みしめた。
部屋に戻った俺たちが図書館から借りてきた本を読んでいると、コンコンコンと控えめなノックの音がして顔を上げた。
窓から外を見ると、もうずいぶん日が高いところまで昇っており、結構時間が経っていたことに驚いた。
「セイさ~ん、起きてますか~?」
俺の反応が遅れたからか、今度はちょっと強めにドアがノックされたので慌てて扉に駆け寄った。
「あ、はい!いま開けます!」
俺が急いで扉を開くと、そこにはいつものエプロン姿の看板娘ではなく、柔らかい雰囲気のローブを着てオシャレをした街娘が立っていた。
ビックリして口を開けっぱなしにしていると、マイさんはちょっと呆れた顔をしてから両手を腰に当てた。
「セイさん、準備はできてますか?」
「あ、はい!いつでも行けますよ」
「なら、よし!じゃ、下で待ってるね」
マイさんが下りて行くの確認して、俺は急いで準備を始める。
「ティア!本を読むのはおしまいだ。すぐに出発するぞ」
「・・・コレットは?」
「あぁ、今日はコレットも一緒でいいぞ」
ティアがそう聞いてきたのは、保育園に行くようになってから、コレットは宿に置いていくようにと言っていたからだ。
だけど今日はピクニックだ!ピクニックはみんなでやるもんだから当然コレットも連れていく。
「・・・キタ、コレ」
そう言ってティアはギュッとコレットを抱きしめた。
最近はコレットと一緒に外に行けなかったので嬉しいのだろう。
そうして俺たちは手早く準備を済ませて部屋を出た。
マイさんと公園にやって来た俺たちは、さっそく敷物を芝生に敷いてお弁当を広げていた。
「天気も良くて気持ちいいね!」
「ですね~。しかもこの芝生、昨日俺が刈った所なんですけど・・・うむ、やはり完璧だ!」
マイさんは穏やかな陽気に、俺は自分の仕事の出来に満足感に浸ってみるが、そんなものはただのまやかしであり、現実逃避に他ならなかった。
「さぁ、それじゃ食べましょうか!」
マイさんが元気よく開いたお弁当は、サンドイッチを中心にして揚げ物や卵焼きが彩りよく詰め込まれ、お弁当のお手本のように綺麗でとても美味しそうだ。
だが、見てくれに騙されてはいけないことを嫌という程知っている俺はこんなところで気を緩めたりはしない。
大事なのはその中身!味なのだ!!
「えへへ、今日はちょっと趣を変えて、お弁当を作ってみたかったの!」
急にピクニックなんて言い出したからどうしたんだろうと思っていたが、そういうことだったらしい。
なるほど、なるほど。ならば俺がやるべきことは、マイさんの新たな挑戦のために、ただ黙して屍という踏み台になることだろう・・・
「そ、それじゃ、逝ってきます」
「『いただきます』でしょ!」
すっかり俺たちの文化に馴染んだマイさんに指摘されつつ、まずは揚げ物、唐揚げと思ったそれに手を伸ばす。
おそらく、これが一番無難なはずだ!衣を付けて揚げるだけの唐揚げなら、どうやったってそこまで不味くはならないだろうと踏んだのだ。
カリッとキツネ色に仕上がった唐揚げを、美味しそうに食べているように見せるため一気に口に放り込む。
躊躇いを捨てて噛んでみると中から溢れんばかりの汁が出てきて口に広がり、甘味のあるそれを飲み込めば、後には爽やかな酸味が残り・・・って、これトマトかよっ!?
意外と美味しいんだけど、もう口は唐揚げになってんの!
ってか、トマトを揚げるって発想はどっから出てくんの!?
草食系男子の俺が、肉食系になるくらい口は唐揚げになってんの!!
どうして俺の弁当はいつもちょっとしたサプライズが入っているのだろうか・・・
いや、嫌いというわけではないんだけどね?
期待したものを期待通りに食べたいの!
トマトもアスパラも、ついでにバッタもなしで食べたいの!
「どう、どう?その揚げ物、ヘルシー思考で全部野菜なんだぁ」
本物の唐揚げはどれだッ!?と必死に探していた俺にマイさんはトドメを刺した。
肉すら入っていなかった・・・もうそれはピクにっくじゃなくて“ピックやさい”だよ!
そんな風に食事をしていると
「あ、師匠!こんにちは!」
元気な挨拶をして走ってくる少女とその後ろをしずしずと歩くメイドさんが姿を現した。
「よぉ、ミリー。なんでこんな時間にここにいるんだ?」
「今日は学校がお休みなので、早く来たんです!」
俺とミリーが親しげに挨拶を交わしていると、マイさんが俺の腕をツンツンと突く。
「ねぇねぇ、セイさん。セイさんが師匠ってどういうことですか?」
俺が『師匠』と呼ばれていることがとても不思議らしく、犯罪者を見るような顔をしているマイさん。
まぁ、確かに小さい女の子を捕まえて、無理矢理『師匠』と呼ばせてる可能性がないこともないが、そこまで怪しまなくてもいい気がする・・・
「違いますよ?別に変なことはしてませんからね!?」
「ホントかなぁ~?じろじろ」
全然信じていないマイさんに、俺が少女と出会って、薔薇の香りのするハンカチーフを差し出し涙を拭い、懇願する少女の願いを快く応えたという一部始終を話して聞かせた。
「概ねその通りです」
クスクスと笑いながらミリーが俺の話を肯定してくれたので、ようやくマイさんから疑いの色がなくなった。
「自己紹介が遅れましたね。
改めまして、師匠の弟子のミリエル・カーマインと申します。宜しくお願い致します」
「僭越ながら、私はお嬢様の侍女でカーヤと申します」
「え!?お嬢様!?
も、もしかして貴族様なんですか!?」
俺も貴族と聞いたときは驚いたけど、マイさんのそれは俺以上のもので、物凄く恐縮してしまっている。
「えぇ、まぁ。
ですが、どうか気負わず接してください。
貴族といっても・・・その、いろいろですので」
「お嬢様・・・」
なんだか2人の雰囲気が訳ありっぽいことを察した俺たちは、お互い顔を見合わせる。
「わ、わかりました・・・。
えっと、私はマイです。セイさんが泊まってる宿屋の娘です」
「で、こいつはティアだ。最初に会った時に見ただろ?」
マイさんの自己紹介が終わると、ついでにティアも紹介しおく。
「・・・コレット」
ティアが目の高さまでコレットを持ち上げると、コレットが「押ッ忍!」とでも言いたげに片手を挙げる。
そして俺の方を向くと「俺のことを忘れてたのか?やれやれだぜ」みたいなムカつく仕草をしてみせた。
「こ、これはゴーレムですか!?
なんという事でしょう。私が書物に没頭している間に、世の中はこんなにも進んでいたなんて・・・」
そんなコレットを見たミリーが何故か愕然としてへなへなとその場に頽れた。
「お、お嬢様!お気を確かに!こんな物は私も見たことはございませんよ!?」
「カーヤ、それは嘘じゃないのね?
私、“たまこっち”より複雑なゴーレムが普及したら、生きていける自信がないわ・・・」
「ご安心ください、お嬢様!そのときは、このカーヤも一蓮托生でございます!」
「カーヤ・・・いつもありがとう」
「もったいないお言葉でございます、お嬢様!」
なにやら2人が主従の絆を深めているようだが、全く意味が分からない俺としては「なんだ、こいつら・・・機械オンチか?」という感想しか抱かない。
っていうか、その“たまこっち”とか言うのがすごく気になる!




