第64話 エピローグ 1 〜消失〜
「じゃ、みんなと仲良くな?」
「・・・うん」
セイは返事を聞くと手を振ってティアから離れた。
セイが保育園の門を抜け、角を曲がって見えなくなると、ティアはトコトコと門の所まで歩いて行ってまたセイが見えなくなるまで手を振った。
「さぁ、ティアちゃん。中に入りましょうね」
ルイーゼはしょんぼりするティアの手を優しく引いて保育園の中へと入って行った。
ティアがいつもの部屋に入ると2人の女の子が笑顔で走ってきてティアの両手をギュッと握った。
「ティアちゃんあそぼ!」
「いまね、ばべるの塔をつくってるんだよ!」
バベルの塔とはセイが教えた遊びで、積み木を円柱状に順番に積み上げていき、崩してしまったら負けという遊びだった。
けれどティア達は勝ち負けよりも如何に高く積み上げられるかということに腐心しており、これまでの最高記録はティアの腰くらいの高さまで積み上げたものだった。
「きょうは、こ~~んなおっきいのを作ろうね!」
そう言って女の子は両手を一杯に広げて見せた。
「・・・うん!」
ティアもわくわくして元気よく頷いた。
3人が積み木のおもちゃが置かれている場所まで来ると、そこには既に30cmほどの高さになったバベルの塔ができていた。
「すごいでしょ!次はティアちゃんから置いていいよ」
「・・・よかろう!」
ティアは自信満々に返事をすると、積み木をひとつ手に持ちそ~っと積み上げようとするのだが、ティアは緊張したり真剣になればなるほど何故か笑い出すという悪い癖があり、ここでもそれが顔を出してしまった。
ティアは体をブルブル震わさせながらも頑張って笑いを堪え、なんとか積み木をてっぺんに乗せることに成功させると、額に浮かんだ汗を拭った。
「・・・ふぅ」
「あー、ドキドキした!じゃ次はキサちゃんね」
「うん!」
キサと呼ばれた女の子は、既に積み木を持ってスタンバイしておりやる気も十分だ。
「そ~っと、そ~っと」と言いながらキサちゃんは積み木を持ち上げていくが、目の前でキサ以上に緊張しているティアの顔を見てしまい徐々に鼻息が荒くなる・・・
「そ~っと・・・ムフーッ・・・そ~っと・・・ムフーッ・・・」
ちょっと鼻息で塔がグラつくがまだ大丈夫そうだ。
キサちゃんは勝負の決め手となる冷静さを手放すまいと確固たる意思を持ちながら積み木を運んでいく…が、またチラッとティアの顔を見てしまう。
ティアもますます緊張しており、しかし笑うまいとして、もう凄い劇画調の顔になっていた。
「そ~っとぅヒヒふヒヒヒ・・・そ~ってぃひひヒひひひ・・・」
キサちゃんはこの逆境を乗り越え、遥か高みを目指さんと積み木を積み上げようと頑張るが・・・悲しいかなキサちゃんはゲラだった。
一度笑いの導火線に火が点いてしまうと漏らすまで笑い続けるという病を患っていた。
「ふひっひひひひひひひひひひ、ひーひーひーひゅひいいっひひひ」
「キ、キサちゃん・・・?」
笑いを抑えることができないキサちゃんは、顔の穴という穴から液体を放出させてしまうが、これは執念か、それでもキサちゃんは積み木を積むことを諦めない!
「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「キサちゃん!?」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「キサちゃ~~~~ん!!」
・・・
・・・
積み木は無情にも倒れてしまったが、それ以上の大惨事が起きたことは言うまでもないだろう・・・。
しばらく静かに絵本を読んで遊んでいたティアは、女の子の声で顔を上げた。
「ティアちゃん、今度はかくれんぼしてあそぼ!」
「・・・かくれんぼ?」
「ティアちゃん知らないの?」
「・・・うん」
「じゃ、教えてあげる!
えっとね、かくれんぼってねーー」
女の子が一生懸命ルールや元となったお話を説明し終わると、さっそくかくれんぼをして遊び始めた。
「じゃ、さいしょはキサちゃんがモンスターね!
わたしとティアちゃんが隠れるお姫様やるから!」
「うん!」
ちょっと前とは服装が変わっているキサちゃんは、両手をグーにして今回もやる気十分だ!
「キサちゃん、あっち向いて10数えてね!よ~いドン!」
合図をすると女の子は「こっち、こっち」と言ってティアの手を引いて走り出す。
「い~ち・・・に~い・・・」
キサちゃんがゆっくり数を数えている間に、ティア達はぬいぐるみの入った箱のフタを開け、2人が入れるだけのスペースを作ってその中に隠れてフタを閉じた。
「さ~ん・・・ご~お・・・は~ち・・・じゅう!」
数はまだしっかり覚えていなかったキサちゃんだが、30秒くらいは経っていたので問題ない。
それになによりやる気十分なのだ!
「どこかな~、どこかな~?」と言いながら捜しているキサちゃんの声を聞きながらティアと女の子は口元に手を当ててお互い「しーっ!」としながら隠れていた。
フタを閉めた箱の中とはいえ、真っ暗というわけではなかったので、2人は怖がらずにクスクスと笑いながら息を潜めていた。
しばらくすると、2人が隠れていた箱のフタが開けられ光が差し込んで来たかと思うと、キサちゃんの笑顔がそこにあった。
「メーネちゃん、みーっけ!あれ~、ティアちゃんは?」
「わかんない!」
* * *
「セイさん大変!ティアちゃんが見つからないの!」
セイが保育園に迎えにやって来て最初に聞いた言葉がそれだった。
「えぇ!?ルイーゼさんどういうことですか?」
驚くセイに、困惑しきった顔のルイーゼが状況を説明する。
「ティアちゃん達が部屋の中でかくれんぼをしてたみたいなんだけど、ティアちゃんが急に消えちゃったみたいでどこにもいないの!
今は他の部屋も探してるんだけど、まだ見つかっていないのよ・・・」
「き、消えたってどういうことですか!?」
「それがよくわからないのよ・・・」
そう言ってルイーゼは側にいた女の子に視線を向けると
「ホントだもん!いっしょにあの箱に隠れてたら、ティアちゃんがパァって消えちゃったの!」
一生懸命説明してくれるその子はティアと一緒にかくれんぼをして遊んでいたメーネだった。
「わ、わかりました!俺も探します!
どこを探せばいいですか?」
「この部屋の中は隅々まで探したから、それ以外だと思うんだけどまるで見当がつかないわ」
「そうですか・・・じゃ、手当たり次第に探してみます!」
そう言って走りだそうとしていたセイは、しかし何故か不意に立ち止まる。
そして振り返ったセイが見ていた物は、女の子がティアと一緒に隠れていたという箱だった。
そろりそろりとセイが箱に近づくと、箱の中からカタリッと小さな音がした・・・




