第62話 落ちこぼれ少女 2 〜ミリエル・カーマイン〜
授業がすべて終わると、ミリエルはすぐに教室から飛び出し、一度校舎から出てまた別の建物へと入っていく。
そこはマスター課程の人たちが通い、日々研究が行われている建物だ。
ミリエルは迷うこともなくある一室の扉の前まで進んで行き、少し強めにノックした。
お上品なノックではこの中にいる研究に熱中している人達には気づいて貰えないことをよく知っているのだ。
しばらく待っていると、扉が開きボサボサの髪の毛の不健康そうな青年が中から出てきた。
「あ、ミリエルちゃん、こんにちは~」
青年は頭をボリボリと掻きながら愛想良くミリエルに話しかけた。
きっちりとした格好をすれば女性が放っとかないだろうに、とミリエルは思うのだが、そんな姿は1度も見たことがない。
「こんにちは、ケリィーさん!マルド教授はいらっしゃいますか?」
「教授?えっと、教授はずいぶん前にどっかへ行っちゃたよ?
魔物の異変の調査で騎士団と打ち合わせがあるとか言ってたと思うけど・・・」
ミリエルが師と仰ぎ、両親や姉とも縁の深い老人が不在であることを知ってしょんぼりと肩を落とした。
「まぁ、中に入りなよ?お菓子もあるんだ。
さっきね、中身だけを魔法で急激に加熱した卵をスライムにぶつけてみたら、木っ端微塵に爆発したんだけど、残ったフワフワのやつに砂糖をかけて食べると、これがなかなか美味いんだよ」
そんなことを聞きながら実験器具で散らかったテーブルについたミリエルは、鞄から紙の束を取り出し青年に手渡した。
「それではこれを教授に返しておいてもらえますか?」
「へぇ、深海にいる植物型の魔物の論文かぁ。
何か参考になることはあったかい?」
ミリエルの事を知っている青年は興味半分といった感じで尋ねると、ミリエルは気を悪くした風もなく答えを返す。
「参考にはなりましたが、まだ分かっていないことが多いみたいであまり役には立ちませんでした」
「そっか~。まぁサンプル自体が少なそうだし仕方ないかもね」
「はい。でも魔物とかを調べていけば何か分かるかもって思ったので、今度はそういうのを探してみようと思ってます」
「なるほどね~。じゃ詳しい奴に会ったら聞いといてあげるね」
「ありがとうございます」
「うん。でもそういうので言ったらミリエルちゃんはアンデット系に近いのかな?」
小さい女の子を捕まえてアンデット呼ばわりする青年に対して当の少女は
「アンデットは瘴気を出してるだけなので、どちらかと言うとゴースト系ではないでしょうか?」
自分はアンデットではなくゴーストなのだと訴える。
「うん、確かにそうかもね。
ちょっと確認のために、一度魔法を使って見せてくれるかい?」
「わかりました」と返事をすると、ミリエルは目を閉じて自分の中にある魔力に意識を向けた。
その魔力を基本通りに手の平に集めていくよう努力する。
するとミリエルの腕から湯気のような魔力の揺らめきが僅かに立ち上ぼり始めた・・・
「ライト!」
ミリエルが呪文を唱えるが、その魔法は光り出すこともなく、やはりいつもと同じで小さな一粒の火花を散らしただけで消えてしまった。
「う~ん、何回見ても不思議だね・・・。
どうして魔力が漏れてしまうんだろうね~」
魔力は普通体の中を巡っているもので、それを活用するには魔法使いなら魔法という現象に魔力を変換させる必要がある。
そして戦士などの魔力を魔法に変換できない者達などは、魔力を筋肉や神経に作用させることで爆発的な力を産み出すことは知られている。
しかし、魔力そのものが身体から離れてしまうようなことは本来ならあり得ないことだった。
その後しばらく青年と話し合ったミリエルは「また来ます」と言って部屋を出た。
そして自分の部屋がある寮へと向けて歩き出す。
魔物だけではなく、神話などに出てくる天使や悪魔についても調べようかなど考えながら寮の前までやって来ると
「あら、ミリエル。丁度いいところでお会いしましたわ」
3人グループのクラスメイトの令嬢達に呼び止められた。
いつもなら避けて通るところだが、考え事をしていたせいで視野が狭くなっていたため気づけなかった。
「私達、今度公爵様のパーティーに連れて行ってもらうのだけど、そこにあなたのご両親もいらっしゃるでしょう?それで心配なんだけど・・・」
少女達は目を合わせてクスクス笑い合って言葉を続ける。
「あなたのご両親にはどうやってご挨拶すればいいのか分からなくって・・・。
やっぱり魔法も使えないゴブリンの作法を勉強しないといけないかしら?」
その瞬間、ミリエルはカッと頭に血が上り、今にも掴みかかりたくなる衝動に襲われる・・・が、それをなんとか必死に抑えつける。
自分のことでは何をされても耐えていたミリエルだが、家族を馬鹿にされては我慢などできなかった。
けれど、もしミリエルが問題を起こし退学にでもなれば、無理を言って姉と同じ学校に入れてくれた両親に申し訳ない。
それに魔法も使えず、学校も卒業できなかったとなれば、どれほど家族を悲しませることになるだろう・・・。
そのことが痛いほど分かっているミリエルは、悔しさの余りみるみる目に涙が浮かんで視界が曇る。
だけど、それは絶対に見られる訳にはいかない物。
だからミリエルは、クスクスと反応を見て楽しんでいる少女達に背を向けて逃げ出した。
ミリエルは学園を飛び出し、そのままパレスの外へ走り抜け、辛い時や誰にも会いたくない時などに決まって行く秘密の場所へ駆け込んだ。
そして・・・目に溜まっていた涙がポロリと落ちる。
ひとつ落ちると後から後から溢れ、ポロポロと流れる涙はもう止めることができなくなった。
普段、弱さなど少しも見せない少女がしゃくり上げて泣いている。
「どうっ・・・じで」
悔しい思いをする度、いつも飲み込んできた言葉が涙と一緒に溢れ出す。
「どう・・・してよぉ・・・!」
それからミリエルは疲れて涙が出なくなるまで泣いていた・・・
ここに来てどれくらいの時間が経っていただろう、ようやく涙が止まり気持ちもだいぶ落ち着いてきた時、背後に気配を感じたので振り向いてみると、そこには以前森の中で出会った黒髪黒目のひ弱そうな青年が驚いたような顔をして突っ立っていた!
ミリエル自身も驚いていたのだが、泣き疲れていたため反応できず、ぼぉ~っと見ていることしかできなかった。
すると青年は、目をさ迷わせオドオドした態度になるが、泣いていたミリエルが気になるようで困った顔をしながらもチラチラと様子を窺ってくる。
そして何かに気づいたのか、ハッとした顔になると、ポケットに手を入れて何かを取りだし、それをそっとミリエルに差し出した。
「・・・葉っぱ、いる?」
「・・・」
それはどうしようもないほどに普通の葉っぱだったが、思考力の著しく低下したミリエルはただ反射的にそれを受け取ってしまった。
その差し出された1枚の葉っぱが、彼女にとって掛け替えのないものになるとは夢にも思わずに・・・




