第61話 落ちこぼれ少女 1 〜ミリエル・カーマイン〜
虐め描写を含みます。
苦手な方は第63話の更新までお待ちくださいm(_ _)m
『巨大複合魔術施設パレス・アルカナム』には様々な魔術に関する施設が詰め込まれているのだが、そのうちのひとつに『学園都市ラーズナル』と呼ばれる所以である国内屈指の、魔術師を育成する高度な教育機関である学校もパレスの一部として建てられている。
この教育機関(通称、学園)は、中等部(11歳ー14歳)、高等部(15歳ー17歳)、マスター課程(18歳ー)と別れており、中等部では一部を除き魔術全般を教育され、高等部以上では魔法と錬金術が完全に分離し、学年が進むにつれてさらに細分化されていく。
マスターの最終課程にもなると、如何に音を立てずに風船を割るかという試行錯誤を永遠と繰り返している人もいるくらいだ。
そんな学園の中等部のひとつ、特に貴族令息令嬢が比較的多く集められたその教室では、教師が魔術に関する問題を出し生徒に答えさせているところだった。
「では、次の問題の解答を・・・ミリエル」
名前を呼ばれ立ち上がったのは、クリーム色のふわふわな髪をした小柄な少女だった。
「はい。状態異常魔術を使う場合は、対象の大きさを、使う魔法の魔力定数に魔力量、それから対象の魔術抵抗値に断面積を割った値が1以下になるような魔法を選びます」
「はい、完璧だ。
まぁ、確かに軽く理論は説明したんだが・・・、中等部では教科書の後ろにある表を見ながら、1より小さい魔法を選ぶだけでいいからな!
じゃ、次の問題を・・・、お、もうこんな時間か。
次は実技だからここまでにしよう。みんな遅れないように!」
そう言い残し教師が部屋から出て行くと、授業から解放された子供達が騒ぎ出す。
そんな中、先程問題に答えていたミリエルという少女は、着替えの入った袋で頭を叩かれながら数人の子供に囲まれていた。
「おい、能垂れミリ-、また先生のご機嫌取りかよ!そんなことしても無駄なのにな!」
ハハハと子供達が嗤い、口々にミリエルを馬鹿にする。
「じゃ次の授業も頑張れよ!」
そう言うと、ミリエルの頭をグリグリと押さえ付けて通りすぎていく。
俯いたまま黙って座り続けていたミリエルは、皆が教室から出て行くと1人立ち上がり次の授業が行われる場所へと向かって行った。
「よし、全員いるな!
今日も弾魔法の制御をやるから、各自自分に合ったグローブと杖を持ってブースに整列!」
教師の号令と共に体育館のような広い部屋に集まっていた子供達は、各々道具を選び防御魔法が施されている、魔法を練習するためのブースへと入っていった。
「それじゃ、ミリエルは・・・いつもと同じだな。何かあったら呼ぶんだぞ?」
「・・・はぃ」
教師はミリエルの返事を聞く前に、ふざけている子供に怒鳴りながら離れていった。
今は、魔法実技の授業だった。
ブースの方では、教師の合図に合わせて子供達が作り出した小さな魔法の火や水の弾が的に向かっていくつも飛んでいく。
しかし、ミリエルだけはその中には加わらず、部屋の隅で1本の蝋燭に手を翳し魔法を唱えていた。
「ライト!」
呪文が唱えられ、魔力が魔法へと変わり、ミリエルの手の先から光が一瞬溢れる・・・が、その魔法は蝋燭に火を灯すだけの熱量を持つ前に消えていった。
『ライト』という魔法は、ほんのり暖かい火を産み出し、辺りを照らすという魔法だ。
魔力があれば誰にでも使えると言われる位ごくごく初歩的なものだった。
けれどミリエルの唱えたライトの魔法は、線香花火の一条の光のような輝きが流れたかと思うと、そのまま儚く消えていってしまうのだ・・・
彼女が馬鹿にされる理由、彼女が落ちこぼれの理由・・・
それは、ミリエルが魔法を使うことができないからだ。
魔力がないから魔法が使えないというわけではない。むしろ子爵家の子供であるミリエルは魔力自体は多い方だ。
けれど、普通の魔法使いなら自転車に乗れるようになるのと同じように、自分の魔力を体内で感じとり意識を向けると自然と魔法が使えるようになるものなのだが、ミリエルの場合は、魔力を感じ取ることはできるのだが、まるでハンドルが付いていない自転車に乗っているかのように制御ができず魔法が組み立てられなかったのだ。
そして不幸なことに、魔術の最先端であるラーズナルに於いてもその原因と適切な対処法を知る者がいなかった。
彼等からするとミルエルの抱える問題は、例えば『人間は筋肉と肋骨を動かすことで胸の容積を変化させ肺を動かし、酸素や窒素が混ざった空気を出し入れして生命活動を維持している』と説明することはできるだろうが、「じゃぁ、やり方を教えて?」と言われてもできないのと同じことだった。
ほとんどの教師達から匙を投げられるが、しかしミリエルはそれで納得するほど子供ではなかった。
自分の問題を克服するために、たくさん、とてもたくさん勉強し、関係のありそうな書物を片っ端から読み漁り、僅かな希望にすがり試していった。
失敗続きでも、馬鹿にされても諦めなかった・・・諦められる程ミリエルは大人でもなかったからだ。
何度も何度も魔力を練って呪文を唱えた。
何度も何度も、教師のお手本通りに。
何度も何度も、教科書の説明通りに。
学術書を読み込んで何度も何度も・・・。
それでも、ミリエルの魔法がきちんと発現することは一度もなかった。
そしてこの日も何の成果もないまま授業の終了を知らせるベルが鳴る。
「どうだミリエル、何かつかめたか?」
指導をしている生徒から離れた教師がミリエルの元までやって来て、蝋燭に何も起こっていないことを確認しながら、またいつもと同じ質問をする。
「・・・いいえ」
「やはりダメか・・・。なぁ、ミリエル・・・
いや、なんでもない。それじゃ、今日も点検を頼んだぞ」
そう言うと教師はミリエルに鍵をひとつ手渡し戻って行った。
いま渡された鍵は生徒が使った道具がきちんと片付けられているかを点検し施錠するためのものだった。
これは実技の授業がまったくできないミリエルに対する配慮のようなもので、教師の手伝いをする代わりに最低限の単位を取れるようにするという救済措置であった。
ミリエルは小さく返事をしながら受け取った鍵をぎゅっと握った。
教師が言いかけた言葉が転科を促すものだということをミリエルは知っていた。
「諦めて別の道を進め」という何度も言われた言葉だからだ。
悔しさから泣き顔になってしまいそうだったのを頭を振っていつもの表情に戻すと、ミリエルは自分の片づけから始めた。
そうこうしているうちに、ブースから出てきた子供達が集まったので教師は授業の終了を宣言した。
「ではこれで授業は終わり!
各自使った用具を片付けてから教室に戻りなさい!」
そう言って教師が足早に部屋から出ていくと
「ほら、ちゃんと直しておけよ!能垂れミリ-」
数人の子供達が当然のようにグローブと杖をミリエルに投げつけ、そのままさっさと部屋から出て行った。
「私達のもお願いね」
嘲笑いながら女の子達もミリエルの足元に道具を転がした。
そして振り返り、女の子は目に入った地味な男の子から道具を奪うと、それもミリエルの足元に転がす。
「平民にも優しくしなくちゃダメよ?
誰があなたの旦那さんになるか分からないんだから」
ミリエルは子爵家の子供ではあったが、この国の貴族は魔術を扱えることは暗黙のステータスであり、それができない子供には価値がない。
だからミリエルは言い返すこともできず、スカートの裾を握ることしかできない。
「でも、まぁ、どうしてもって言うのでしたら、家の子を紹介してあげなくもないですわ・・・ハムスターですけど」
そう言うと女の子達はクスクスと笑い、楽しそうにお喋りしながら出ていった。
あとに残されたミリエルは放り置かれて散らばった道具をただ黙ってひとつひとつ片付け始めた。
『能垂れミリ-』
それは魔法が使えず、しかし勉強だけはできる様がまるで能書きのようだと、ミリエルに付けられた蔑称だ。




