第59話 保育園 2
できるだけ急いで雑草を駆逐すると、俺はルイーゼさんのところへと報告に戻った。
「あら、もう終わったの?本当に早いのね」
さすがは“エ草刈リバー”などと呟きながらお駄賃を渡してくれた。
「じゃ、俺はティアを見てきます!」
今にも走り出しそうにソワソワしている俺を見て、ルイーゼさんは「あらあら、いってらっしゃい」と言って送り出してくれた。
俺が部屋へと戻ってみると、ティアは2人の女の子と一緒に積み木をして遊んでいた。
俺が、子供達の世話をしていたお姉さんにティアの様子を聞いてみると、皆と仲良く遊んでいたと教えてくれたのでホッと胸を撫で下ろした。
ティアは俺が帰ってきたのを見つけると、こっちに来ようとしたので、その前に俺がティアに近づき声を掛ける。
「ティア、保育園は楽しいか?」
「・・・うん」
「もうちょっとここにいるから遊んでていいぞ」
そう言うと、ティアはまた友達と積み木で遊び始めた。
俺はそんな3人の近くに座り、遊ぶ様子を眺めていたのだが、幼女たちは四角い積み木を数個積み、その上に大きめの三角の積み木を乗せて、家ができた!と喜んでいる・・・。
ぬるいッ!!なんて平和な幼女たちだ!
俺にとってそんなモノは積み木とは呼ばない・・・
積み木とは孤独の良き隣人であり、アートであり、恋人なのだ!
1円玉を半年かけて積み上げて完成させた巨大タワーは、今尚俺の輝かしい青春時代の1ページとして胸に焼き付いている。
あの半年という時間の中で、密かに仲間意識を感じていた奴に彼女が出来たという事を俺は一生忘れないだろう。
小杉……俺は絶対忘れないからなっ!
俺は徐に積み木に手を伸ばすと、アーチ状のものをいくつも作り、それらを並べて輪っかを作る。
その上に近くにあったトランプのようなカードを三角にして並べていき、その上にまたアーチを乗せるといったことを3回ほど繰り返すと、そこにはなかなか良くできたコロッセオが建造されていた。
幼女達を見てみると、すごいすごいと騒いでいる。
ふっふっふ、見たか!これが積み木だ!
だが、驚くのはまだ早い・・・
俺は不敵に笑うと、ティアを抱き上げ、コロッセオの中に立たせてあげた。
それを見た幼女達が「わたしも!わたしも!」とピョンピョン跳んで手を挙げる。
そこで俺はようやく満足する。
積み木とは、ただ作って終わらせるだけではダメなのだ。
喜びも苦しみも分かち合う恋人なのだから!
俺はティアを外に出し、順番に幼女をコロッセオの中に入れていく。
するとそれを見た他の子供も列に並ぶので、子供の出し入れが大変だった・・・
だんだんとお昼が近づいてくると、午前中の間だけ子供を預けていた奥さんや、お昼ご飯を子供と一緒に食べるためにやって来る人達の出入りがちらほらと見られるようになってきた。
そろそろ帰ろうかなと考えたとき、ルイーゼさんが俺たちのところへやってきた。
「どうでしたか?」
ルイーゼさんは微笑みながら聞いてきてくれたので、今は隣で静かに絵本を読んでいるティアを見ながら俺は答えた。
「はい、とてもいい経験になったと思います」
短い時間ではあったが、きっとティアはいろいろな事を感じただろう。
「ふふふ、それはよかったです。
子供同士のふれあいから学べることはとても多いと思いますから。
それに、子供だけじゃなくて保護者の方も『気づかされることがたくさんある』とよく言ってくださいますよ」
ふむふむ。それはなるほど、よくわかる。
集団生活の中で世の中は不平等だということを早めに学ぶことは良いことだ。
手遅れになったら俺みたいになりかねない・・・。
それに『気づかされることがある』っていうのも確かにあり得る。
一瞬「そんなのないです」って思ったし、実際いまのところないんだけれど、もっと大局的に考えてみたら興味深い。
というのも、子供っていうのは最も身近にいる他人で、自分とは違う人生を生きている。
そしてその中で、俺が見落としてきた大事なものを色々な体験を通してティアが見つけて気づかせてくれるかもしれないということだ。
つまり、もしティアがコミュ力の高いリア充になれれば、それを模倣した俺もコミュ障じゃなくなり、薔薇色の人生を送れるという寸法だ!
おぉ〜。これは是が非でもティアには頑張ってもらいたい!
「私たちを含め、保護者の方々も子供の健やかな成長を願っています。
ですから、困っていることなどがあればどんどんお話しして、この場を活用してもらえればと思っています。いかがでしょう?」
ルイーゼさん、めっちゃ商売上手!
『今なら“高枝切り鋏”もお付けします!』なんて言われたら、落とせない客はいないだろう。
それはそうと、今日ここにティアを連れてきて正解だった。
ティアも楽しそうだし、俺も他の子を見ることでティアのことをよく知れた。
ティアは我儘も言わないし、頭も良いから手がかからないんだけど、もっと子供らしく自由にしてもいいんじゃないかと・・・
そう思ってチラリと隣を見ると、さっきまで静かに絵本を読んでいたティアは大の字になって居眠りしていた。
・・・
・・・
なんか思ってたシチュエーションとは違うんだけど、つまり言いたいことは、いつもニコニコしてて、よく言うことも聞いてくれるんだけど、もっと自分のやりたいことも自由にして欲しいということだ。うんうん。
そんな風に考えながらまたティアに目を向けてみると、さっきまで腹を出して居眠りしていたティアは近くの奥さんが取り出したお菓子に反応して、たかりに行っていた…
・・・あれ?こいつ結構自由に生きてんじゃね!?
もしかして、俺って心配し過ぎだったのか?
と、とにかく!俺が仕事をしている間はティアを保育園に預けると決めていたので、そのことを伝えるとルイーゼさんは手を打って微笑んだ。
「あらあら、それは嬉しいですね。ではさっそく手続きしましょうか!」
俺たちは受付で手続きをするために、皆にさよならを言って部屋を出た。
「手続きと言っても、実はあとはもうサインを貰うだけの状態なんですよ?
きっと入会してくれると思ったのでご用意してました」
ルイーゼさんはウフフと笑って書類を数枚カウンターに置いて、ペンを渡してくれた。
「えぇ!そうなんですか!?流石ですね・・・」
できるキャリアウーマンなルイーゼさんに感心しながら、俺は書類にサインをしていく。
「ええ、だってセイさん、あんなに楽しそうだったもの!」
・・・ん?
「そ、そうですね。すごく楽しそうでしたよね、・・・ティア」
「えぇ、そうですね。うふふ」
・・・うん、たぶん聞き間違いだったのだろう。
手続きを済ませ、ルイーゼさんに挨拶をして保育園から出た俺たちは、昼食を取るため一度宿へと戻っていた。
昨日からマイさんがお昼ご飯を作ってくれるようになったので、俺たちはレストランに入り声を掛けた後は座って料理を待つだけだった。
「おっまたせー!
今日はボバの薫製を使ったあっさりめのパスタに、それを引き立たせる辛めのスープを用意してみました~!」
「「おぉ~!」」
綺麗に盛り付けされた美味しそうな料理を、自信満々でテーブルに並べていくマイさんに、俺たち2人は思わず手を叩いて歓声を上げた。
俺たちは店が混みだす前に来ているため、料理が出揃うとマイさんも座って3人で食事を始める。
俺はティアと一緒に「いただきます」と言ってさっそくパスタに手をつけた。
ダシとよく絡んだツルツルのパスタをフォークで巻き取り口にいれ、味の引き締まったやや辛口のスープを胃に流し込む。
空腹という最高の調味料も加わったマイさんの料理は、それはそれは・・・微妙だった!!
何だろう・・・食べられなくはないが、美味くはない。
ギリギリ偏差値30と言ったところか。
まずこのパスタだが、ボバとか言う謎の薫製の味が濃いからあっさり仕上げたのだろうが、あっさりをちょっと通り過ぎて酸っぱさを感じさせる麺がバランスを壊している。
例えるなら、パスタにお茶漬の素を振り掛けただけの簡単料理に類似した、不味くはないが何か違うと感じるアレだ。
手抜き料理なら文句も言えるのだが、マイさんは困ったことにガチでこれだから感想を言うのがとても難しい。
次にスープ。
辛めのスープって言ってたけど、辛いって言うかすごく濃い!
味噌汁にコンソメをぶち込んで、隠し味にカレーパウダーを隠さずに投入したのが、いま目の前にある物だった。
もう今日ではっきり分かった・・・。
昨日はちょっと失敗しちゃったのかな?って思ったんだけど、もうこれは確定だ・・・。
「マイさん・・・料理不得意なんでしょ?」
マイさんは自分の料理を食べながら、「ちょっとダシが~」とか「次は風味を~」とか言いながら食べていたのだが、俺の言葉を聞いて顔をあげると
マイさんは悪びれた様子もなく「だから練習してるって言ったでしょ!?」なんて事を胸を張って言うのだろう・・・
・・・俺はそう思っていたのだが、顔を上げたマイさんは悲しそうな顔で苦笑いしながら
「やっぱり・・・私の料理、美味しくないよね?あはは・・・」
そう言って力なく笑うのだった・・・




