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第58話 レイナの決断


アーリアの町は冒険者の町だ。

最初は、南に広がる大森林から溢れ出すモンスターを食い止めるために築かれた砦に、素材や魔石を目当てに冒険者が集まった。

そして冒険者が泊まる宿ができ、食堂ができ、ギルドができた。

そうして人が集まれば商売が盛んになって金が動く。金があると知った国が治めるようになり今のアーリアができたのだ。

モンスターと人との戦いの最前線なだけあって、町で暮らす人々は逞しく、荒っぽいが陽気な気質で、町全体は活気づいていた。


そんなアーリアの町は今、物々しい雰囲気に包まれ、以前の活気は鳴りを潜めていた。

一歩外に出れば、隣町の領主の紋章が施された鎧を着た兵士が警邏し、様々な貴族の紋章を掲げた屈強そうな男達が次々と町に押し寄せ、流れてきた多くの冒険者が闊歩している。


そして、その誰もが口を揃えて言葉にするのが『勇者』の二文字。


王の勅命の元、貴族が勇者の捜索に乗り出していることを聞き付けた者が、“我こそが勇者だ”と名乗りを上げて集まって来たのだ。


そして様々な憶測が飛び交うなか、名乗りを上げた勇者のなかで実力を認められれば、王や貴族に召し抱えて貰えるなどという噂を真に受け、誰彼構わず喧嘩を売る者まで出る始末である。



アーリアの冒険者ギルドもまた、以前にも増して殺伐とした雰囲気を漂わせていた。

ギルド職員は多くなった冒険者の対応と、あちこちの貴族からくる圧力や情報提供の要求に係りきりになっていた。


そして冒険者も、いつもなら依頼を受けて外にいる筈の時間にも拘わらず、互いに牽制し合い、事が起こったときに出遅れないようにとギルドに詰めている者が多くいた。



そんな中、ひとりの冒険者がギルドに入ってきたかと思うと、それまでガヤガヤと五月蝿かった者達はゾッとするような本能が拒絶する気配に悪寒を覚え、水を打ったように一斉に静まり返った。


コツ・・・コツ・・・コツ・・・


静まり返ったギルドに、その冒険者の足音がけやに大きく響く。

異様な気配を放ち、見た者の魂を引き抜くような濁った瞳を持つ者が召喚師であると知った者達は、無意識に止まっていた呼吸を整え、怯えていた目を忌避の目に変えて悪態を吐くと、バツの悪い顔をしておもむろに雑談を再開させた。

そしてギルドはまたいつものガヤガヤと五月蝿いものに戻っていった。




つい先日までは、櫛がきちんと入れられた綺麗な髪を上下に跳ねさせるほど軽い足取りだったのだが、今は水で適当に整えただけのような髪に、タイヤでも引っ張っているのかと思うような重い足運びで進む少女は、ギルドの受付までやって来ると無言でボトボトっとモンスターの肉片をカウンターの上にぶちまけた・・・


「おはようございます、レイナさん。討伐クエストお疲れさまです」


「あ、おはようございます・・・」


レイナは今気づいたという風に挨拶を返すが、やはりその声は元気がないものだった。


「報酬をご用意しますので少々お待ちください」


ギルド嬢の声をぼんやりと聞きながら、レイナの視線は自然と冒険者が集まるホールに向かった。

もうこの町にはいないと分かっているのに、遅めの時間にギルドにやって来ては、ついつい周りを見て探してしまうのだ。

そこには普段より多くの冒険者がおり、あちこちから『勇者』という単語が聞こえてくるのだが、そんなことは少しもレイナの気を引くことはできなかった。


「・・・」


「・・・イナさん、レイナさん?」


何度か呼ばれることで、やっと意識を前に向けると、知的な雰囲気のお姉さんが、眼鏡の奥の目を労るような形にさせていた。


「こちらが今回の報酬になります。ご確認ください」


「はぃ、ありがとうございます・・・」


レイナは、何か言おうかどうか迷っているように口をモゴモゴさせているお姉さんにお礼を言うと、クエストが張り出されている掲示板の方へと向かった。

気分的には何もせず部屋に閉じ籠ってしまいたかったのだが、働かなくては生活できないため機械的に日課をこなしているのだ。


「今日はどうしようかなぁ・・・」


できるだけ単純で何も考えなくていいクエストをやりたいな・・・

そんな退廃的なことを考えながらクエストボードを眺めていると


「(・・・・・・黒髪・・・、・・・者・・・・・・)」


ガヤガヤと五月蝿いギルドの中で、ある1組の冒険者が話す声だけが断片的にではあるがレイナの耳に入ってきた。

その冒険者がしている会話の内容は、やはり“勇者”のものだったが、それよりもレイナにとって重要なのは“黒髪”という一語に尽きた。


レイナは会話が聞こえてきたテーブルまで歩いていくと、男達に詰め寄った。


「その話、詳しく聞かせて・・・?」


レイナが普段では絶対にしないような行動を取ったため、ギルド内は再び沈黙に包まれた。


「・・・な、なんだよ!?」


そんな静寂の中、唯一言葉を発したのは、レイナに詰め寄られている男だった。

男が反射的に出した戸惑いと怯えが混ざった言葉を、拒否の意味だととらえたレイナは、先程受け取ったばかりの報酬を掴んで男の目の前に置いた。


男は突然のことに状況が飲み込めず、目の前に置かれた金を呆然と見ていた。

するとレイナは、今度は腰に吊るした袋から精製された魔石をひとつ、またひとつとテーブルに置いていく・・・


「・・・わかった!話す!話すからちょっと待ってくれ!」


どんどん積み上げられていく金と魔石に、成り行きを見ていた周りの者達がざわつき始め、それでようやく驚きから立ち直った男がレイナを止めた。


「これは噂程度の話なんだが、王が探してる本物の勇者ってのは黒い髪をした奴らしい。

そんで、そいつがイルヘミアにいた魔物を1人で皆殺しにしたっていう馬鹿げた話をしてたんだよ。これでいいか?」


「そう・・・。ありがと・・・」


レイナは何かを思い出すような遠い目をして歩き出したが、すぐに男に止められた。


「おいおい、ちょっと待て。

金は貰っておくが、魔石はいらん。こんなの誰だって知ってる話だ」


「そう・・・」


魔石を回収して、今度こそ歩き出したレイナの足は徐々に徐々に早くなっていく。

クエストも受けずにそのままギルドを出ると、レイナは孤児院へと向けて駆け出した。







「ユーリッ!私、確かめたいことができたの・・・!?」


扉を蹴破らんばかりに駆け込んできたレイナに一瞬驚いたユーリだったが、レイナの吹っ切れた顔を見てニヤリッと笑った。


「そっか・・・行くんだね?」


「うん・・・!」


何もかもすっかり分かったように聞いてくる親友に、驚きと、それと同じくらいの嬉しさを滲ませてレイナは強く頷いた。


「そっか」


「うん・・・!」


レイナはグッと唇を噛んで、それでも強く頷いた。

お別れの時が来たのだと・・・


「ユーリ・・・」


「うん?」


レイナは言葉に詰まる。

言いたいことは一杯あった。

伝えたい気持ちも一杯あった。

だけど言葉にできたのは、たった一言・・・





「ありがとう・・・」



「うん!」



ユーリはそれでも全部分かったように頷いてくれた。


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