第6話大型モンスター
この森には多種多様な魔物が蔓延っている。
その中には強大な力を持つ魔物や大型モンスターもいる。
これまではそういった魔物を見つけると必ず迂回して避けてきた。
たとえ向こうが気付いても、小物1匹のためにわざわざ追いかけて来たりはしなかった。
ティアと一緒になってからは見ることさえ稀になっていた。
でも今の状況はこれまでとは全然違う。
魔物にしてみると餌が勝手に目の前に転がってきている状態だ。
見逃してくれるとは思えない。
巨大な黒い犬の姿をした魔物、バーゲストは少し距離を置いて立ち止まり低い声で唸る。
逃げるにしてもティアを置いては行けないし、魔物を引き連れてティアの所に戻ることもできない。
…やるしかないか。
俺はバーゲストから目を離さずにナイフを引き抜く。
ティアのことが少し心配だったが、俺が魔物と戦っている時は安全な所にいるように指示しているからたぶん大丈夫だろう。
それに俺にもしもの事があった時は、1人で人里まで行くようにも言ってある。
感も鋭いし、運が良ければこの森も抜けられるだろう。
負ける気は無いが、何が起こるか分からない。
ティアに心配させたくないし、気を引き締めて頑張りますか。
バーゲストは大きく唸ると大口を開けてこちらに向かって走り出す。
俺は息を吸うと、同じく相手に向かって走り出す。
あっと言う間に距離が詰まりバーゲストの間合いに入ると俺は真横に飛んだ。
風を切る物凄い音がすると、さっきまで俺がいたところにバーゲストが噛みついた。
おれは再度前に出るとバーゲストの前脚を斬りつけ、そのまま走り抜ける。
バーゲストにダメージはほとんどない。
ほんの擦り傷程度だろう。
バーゲストの毛皮は頑丈で、ナイフ1本で与えられる傷は知れている。
しかしバーゲストは驚いたような様子でこちらを見据える。
食事としか見ていなかった小物に抵抗され、傷まで付けられるとは思ってもいなかったのだろう。
「ただの雑魚1匹だと思ったか?
ゲームでのボッチは侮れないぞ!」
そういうと俺は再び攻撃を仕掛ける。
相手にペースを握らせない。
こちらが防御に回れば、体格差がある分不利になる。
俺は同じ箇所に執拗に攻撃を重ねる。
バーゲストは俺の動きに合わせて爪を振るう。
それをギリギリで躱しナイフを突きつける。
一つ一つは小さい傷だが数を重ねてダメージを蓄積させる。
逆の脚の爪が振り下ろされるが、横に避けて斬りつける。そしてすぐに1歩後ろに回避。
直後バーゲストの牙が前を横切る。
さらに俺は全力で後方に離脱すると、目の前を尻尾が薙ぎ払う。
間を置かずに再度前に出て攻撃を仕掛ける。
バーゲストの攻撃は単調だ。
爪での攻撃を数回すると噛み付いてくる。
それが回避されれば尻尾による薙ぎ払い。
しかし、その一撃の威力はかなり高く、今の俺だと一発喰らえば致命傷になりかねない。
噛みつきを回避し損ねたら、そのままムシャムシャ食べられそうだ。
低レベルの俺では苦戦はするが、対処出来ない程ではない。
観察し、予測し、経験から最適解を導き出す。
そして無駄のない動きで攻撃と回避を繰り返す。
…
……
俺は10回、15回と同じ事を繰り返す。
すり傷、切り傷は全身にあるが、致命傷となる怪我はない。
一方、バーゲストは片方の前脚からダラダラと血を流していた。
そして牙を剥き出しにして唸り、踏み出そうとした瞬間、ダメージを受けた脚に力が入らず踏み外し、どうと倒れた。
すぐに起き上がっていたが、相当のダメージを負い、疲労しているのは明らかだ。
これで逃げてくれたらいいんだけど、そういう気配は全然見せない。
このまま脚を切り飛ばすまでやってもいいけど、時間がかかる。暗くなったら戦えないのでそれは避けたい。
逃げてくれーと願いながらバーゲストの様子を伺う。
ハウス! ハウス!!
…
……
ダメだった。メッチャこっち睨んでる。
メッチャ涎垂らしてる。
バーゲストは口を高く持ち上げて、喉を大きく膨らませる。
そしてこちらに向けて一気に空気の壁を吐き出した。
ハウル〔遠吠え〕して来た!と思った瞬間、空気の壁がブチ当る。
俺は吹っ飛ばされて、後ろの樹にぶつかった。
衝撃のあまり上手く息が吸えない。
…どういうことだか分からなかった。
バーゲストがハウルを使うことは知っていた。
でもそれは相手を怯ませる効果があるだけで、ダメージを与えるものでは無いはずだ。
それなのに実際は、空気の壁でブン殴られて、吹っ飛ばされた。
痛みと混乱で蹲ってしまう。
「…セイ!!」
ティアの声が聞こえて顔を上げると、バーゲストが2発目のハウルを放とうとしていた。
急いで逃げようとするが、脚がもつれてよろけてしまう。
バーゲストが口を開いてハウルを放つ。
ダメだ、避けれない!と思った時、体が光に包まれた。すると体の痛みが和らいだ。
痛みが引いたことで脚に力が入り、ほんの一歩前に進めた。
ハウルは背中をかすめ、後ろにあった樹の表面を砕き飛ばす。
俺は冷や汗をダラダラ流しながら、魔法の飛んで来た方に顔を向けると、ティアが両手を前に突き出し泣いていた。
ティアは斜面を下りて少し離れた所にいたようだ。
俺はバーゲストに向き直る。
近づいてくるようすはなく、ハウルを放つ準備をしているようだ。
どうやら接近戦を避けてハウル主体で戦うことにしたらしい。
…ハウルが逸れてティアにあたるかもしれないし、早めに終わらせないといけないな。
俺は、人差し指と中指の2本の指でナイフの刃をなぞり魔力を宿していく。
「【フレイムエンチャント】」
ナイフの刃に宿った魔力が炎へと変わる。
「俺は魔法戦士だ。これが俺の戦い方だ!」
炎を纏うナイフと共に走り出す。
ハウルの射線がティアに向かないよう回り込むようにして間合いを詰める。
バーゲストは俺に向けて2発、3発とハウルを放つ。
避けるたびに樹が砕け飛び、土煙が柱のように上がる。
ハウルの砲弾を駆け抜け、目前に迫ったバーゲストが最後のハウルを放つ。
俺は地面スレスレまで屈み込むことでそれを避ける。
そして炎のナイフを突き出し、一気に跳躍し、ハウルの影響で開きっ放しの口の中に飛び込んだ。
口の中に身を滑り込ませ、ナイフを上に叩きつけると刃が上顎に浅く突き刺さる。
さらに下顎を思い切り踏み込みナイフを完全に突き刺した。
炎を纏い強化されたナイフだが、レベルと魔力が少ないせいでバーゲストにとっては微々たるものだ。
ナイフの刃も短いせいで致命傷には至らない。
ハウルの影響がなくなり、バーゲストは噛み砕こうと口を閉じ始める。
俺は突き刺したナイフと脚で必死に抗う。
「喰らえ!最大魔力だ!」
俺はナイフにさらに魔力を流し込む。
「フレイムバースト!!」
ナイフに纏った炎が魔力を喰らい、ナイフの先端から勢いよく火炎が噴き出す。
火炎は口を焼き、ナイフを通して脳を焼く。
バーゲストは堪らず頭を左右に振って俺を吐き出す。
俺は素早く立ち上がり、距離をとってナイフを構える。
バーゲストは口の中から煙を立ち昇らせながら、俺を恨めしそうに睨みつけてくる。
…倒し切れなかったか。
「どうだ、効いただろ!?
さっきのはティアを泣かせた分だ!」
バーゲストは唸りながら一歩引いた。
「次はもっと痛いぞ。
次のは転がり落ちて恥ずかしかった俺の分だ!」
バーゲストは痛々しいものから目を背けるように去って行った。
バーゲストが去ると、俺はその場に座り込む。
体力も、魔力もすっからかんだ。
そこに背中へ軽い衝撃がした。
振り向くとティアが抱き着いていた。
「ありがとう」とか「ごめん」とか色々言いたかったけど、ティアが下を向いていて表情が見えず、何て声を掛ければいいか分からなかったので、取り敢えず頭を撫でてみる。
ティアはゆっくり俺から離れるが、まだ下を向いていつものように笑ってくれない。
ティアが笑ってくれないとかなり不安だ…
「ティア…どうしたんだ?」
「…セイ」
「なんだ?」
「…臭い!」
「!?」
俺は取り敢えず「ごめんなさい」から言うことにした。
戦闘シーンは描くの難しいw