第54話 ラーズナルの街並み
次の日、気持ち良く起きた俺達が、朝食を摂るため階段を降りていくと、マイさんが朝から元気良く動き回っていた。
俺達に気づいたマイさんが「おはよー!」と爽やかに挨拶してくれたので
「マイさん、おはよ~」
俺達二人も揃って横ピースしながら爽やかに挨拶を返した。
するとマイさんはどうした訳か、両手で顔を隠すと奥の方へと走って行ってしまった。
「おかしなの~」と俺とティアは顔を見合わせてレストランへと入っていった。
朝食を終え、しばらくまったりしてから宿を出た。
今から向かうのは町の中心施設『パレス・アルカナム』だ。
と言うのも、俺がこの魔法都市ラーズナルに立ち寄った理由がそこにあるからだ。
宿から続く路地を少し歩くと、多くの人が行き交う通りへと出た。
ちょうど通勤時間に当たってしまったのか、慌ただしい様子の人が大半だ。
交通整理などがされているわけでもないので、普通は無秩序になりそうなものだが、ここラーズナルでは面白いことにそうはならない。
なぜなら、子供も大人も関係なく皆の行き先は同じで、パレスへと向かう人の流れが自然とできていたからだ。
だから俺達もこの流れに乗ってパレスを目指す。
きっと並みの初心者だとこの人波に気後れしてしまうだろうが、場の空気を読むことが正義とされる日本の学生生活を経験してきた俺にとって、周りに流されることなど容易くできることなのだ。
世界を相手に抗うことしか知らないティアを抱き上げ、流されること数十分。
俺達の目の前には“パレス”の名に相応しい威容を誇る建造物が聳え立っていた。
それはパレス・アルカナムのほんの玄関口とされるものなのだが、それでもその建物は東京ドームがスッポリ入りそうなくらい大きく、そこから天を穿つように伸びる幾本もの尖塔は優に100mはありそうだ。
その中へと次々と飲み込まれるように入っていく人々を見ていると、それがひとつの巨大な生き物のようにも思えて圧倒されてしまうのだった。
さて、まだまだ驚き足りてないのだが、目的もあるし中に入ろう!
俺達が数多ある入り口のひとつから中に入ると、そこは会社のビルのように機能的でありつつも、教会のような神秘さが入り交じったような造りをしていた。
俺達はキョロキョロとあちこちに興味を示しながらも目的の場所を示す矢印に沿って歩いて行った。
やがて目的の場所に到着すると、エントランスの受付へと向かった。
「おはようございます。一般でのご利用でよろしいですか?」
「はい、そうです。あの初めてなんですけど」
「分かりました。それではご利用に関するパンフレットを差し上げますね」
俺は利用料金を支払い、入場カードとパンフレットを貰うと、木でできた重厚な扉を通って中へと入った。
扉を潜った室内は、日の光が入ってこないためやや薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。
外の雑音も遮られており聞こえてくるのは紙を捲る静かな音だけだ。
ここが俺の目的地、アルカナム大図書館だ!
その所蔵量は世界屈指で、壁に沿ってぎっしりと並べられた本は、吹き抜けの建物の50階までにお及んでいるのだ。
螺旋の階段で繋がれた上の方は“点”のようにしか見えないほど高い。
俺がこの魔法都市に立ち寄ったのは、この大図書館でティアのことやこの世界についてのことを調べるためだ。
「しかし、想像以上のデカさだな・・・」
正直、市民図書館2,3個分くらいかな?なんて考えていたけど、その何十倍もの規模だった。異世界恐るべし・・・。
とりあえず、俺は貰ったパンフレットの利用方法を読み、大まかに分類されている書籍の見取り図が記載されているページを見ながら目的の本を探していくことにした。
「あ、その前にティアが読む本を見に行くか」
ティアは俺と一緒に本を探し回っても文句は言わないだろうけど、それじゃ時間がもったいないので、情操教育として本を読んでいてもらおうと思ったわけだ。
「ティアはどんな本が好きなんだ?」
ちょっと参考までに聞いてみると
「・・・おひめさま」
「へぇ、お姫様か~」
お姫様かぁ・・・どうしたんだろ?
もしかしてティアは病気かもしれない・・・。いつもなら“M●CO’Sキッチン”とか言いそうなのに!!
心配になった俺は、隣を元気に歩いているティアのおでこに手を当ててみる・・・が、熱はないようだった。
「ティア、しんどい時はちゃんと言うんだぞ?」
「・・・? ・・・うん」
分かっているのかいないのか、よく分からないが、とりあえず希望通り“お姫様”の本を数冊選んであげるのだった。
それから俺はひとりで本を探しに行き、膨大な本の中から俺でも理解できそうな本を3冊選んだ頃には2時間近くが経過していた。
他にも気になる本はいくつもあったので、当分はここに通うことになりそうだ。
「これは1週間じゃ全然足りないなぁ・・・」
そうぼやきつつ、ティアと一緒に読書に励んだ。
俺が2冊目の本閉じたとき、時刻はお昼をとっくに過ぎた頃だった。
残った1冊は貸し出しして貰うことにして、街をぶらぶら見ながら宿に戻ることにした。
もう何度も読み返している筈なのに夢中で絵本を読んでるティアを現実の世界に引き戻すと、俺とティアは1冊ずつ本を借りて外に出た。
パレスの周りはちょっとした広場みたいになっており、そこに色々な屋台が入り込んで店を開いていた。
俺達はその内のひとつでクレープを買い、食べながら街をぶらぶらしようとしたのだが、ティアがとても危なっかしかったので段差に座って食べ終えてから出発した。
お洒落な通りに入ってみると、センスのいい様々なお店に雑貨や小物が並べられており、見ているだけでとても楽しい!
しかもその商品は見た目が綺麗なだけでなく、そのほとんどが魔法的仕掛けが施されておりひとつひとつ見ていっても全然飽きない。
休憩がてらにシックな雰囲気の喫茶店に入り、買ったばかりの三日月型のヘアアクセをティアにつけてあげたりしながら過ごした。
因みにこのヘアアクセは、装備者の魔力で“ぼんやり光る”というだけの機能だったが、気に入ってくれているみたいだ。
そんなふうにしてお洒落通りを抜けると、今度は食欲をそそる匂いでいっぱいの食べ物通りへとやって来ていた。
いろんな料理があるなと思いながら進んでいると・・・
「そこのお兄~さん、ソーセージの試食はいかがですか?」
珍しい食べ物を派手な方法で売っている店が多いなか、いたって普通のソーセージを馴染み深い方法で売っているその人はなんだかとても場違いな気がした。
そのせいなのか、差し出された一切れのソーセージを自然と受け取ってしまった。
まぁ、受け取ったので食べてみると・・・うん、普通に美味しい普通のソーセージだ。
普通の物を普通だと感じ普通の顔で「普通・・・」と感想を述べると
「まさにその通り!普通なんです!
そ・こ・で!今回ご用意致しましたのが~、この『チョイソース』!!」
チョイソース!?
「こちらを付けて食べていただくだけで、普通だと感じていた食卓が色付くこと間違い無しです!」
「ささ、ご賞味あれ!」と差し出された、醤油にしか見えない液体に浸されたソーセージを口に入れると・・・
舌に電気が流れたような衝撃が駆け抜け、俺のハートをぶち抜いた!
「な、なんじゃこりゃ~~!美味すぎる!!」
素材本来の味と風味を壊すことなく絶妙なハーモニーを奏でるこのソイソース・・・否、チョイソースはまさに“素材のオアシス“やぁ~!!
なんだこれ!超うめー!凄いぞ”チョイソース”!!
って言うか『チョイ』って何なの!?
なんだかよく分からないけど
「とりあえず5本ください!」「まいどありー」
「ふぅ~、なんか、今日はすごく充実した日だった気がする・・・」
宿に戻った俺達は、晩御飯を食べてまったりしていた。
「こういう日は、食後のデザートでも食べよっかな~。ティアはどれ食べる?」
俺はティアと一緒にデザートのメニューを眺める。
「・・・これ!プリン!」
「オッケー。じゃ俺は・・・おっ!おおっ!!
スライムだ!スライムのゼリーがあるぞ!!」
なんだコレ!?
「マイさん!マイさ~ん!!
この宿泊者限定のスライムゼリーってやつ下さい!あ、あとプリンも・・・」
パタパタとやって来たマイさんにデザートを頼むと
「え、ゼリー食べるの!?」
と何故か驚いたように確認してきた。
「はい!こんなの初めて見たんで!これって美味しいんですか?」
「そうね~、女性にはとても人気よ。ニヤニヤ」
俺はマイさんが何故ニヤニヤしているのかをもっと疑うべきだったのだが、この時はまだ、あんな惨事が起ころうとは夢にも思わなかったのだ・・・
「はい、お待たせー!ティアちゃんのプリンと・・・
これがスライムのゼリーだよ!ニヤニヤ」
「おぉ~!これがスライムですか~」
待ちに待ったスライムゼリーは、青いぷるぷるボディーを花の形に整えられて上品に器に鎮座していた。
「じゃ、いただきま~す」
早速スプーンに掬って口に入れると、あっさりとした甘味とスライムの弾力が歯を楽しませてくれる。
ちょっと噛み応えのあるゼリーみたいで普通に美味しい!
けれど、パクパク食べていると・・・なんだかお腹がピクピクしてきた。
「マ、マイさん・・・なんかお腹が変なんですけど」
マイさんはニヤニヤしながら「そろそろだね」なんてことを言ってくる。
その間にも俺のお腹のピクピクは激しくなっていく。
あっ・・・、あっ・・・、やだ、何この感覚・・・
…やばい!産まれる!!
そう思うや否や、俺は冷や汗をダラダラ流してトイレへと駆け込んだ!
・・・
「生きて腸まで届くスライムゼリーってね♪」
俺がいなくなったテーブルで、マイさんがそんなことを言ってる声が聞こえた・・・
数時間後、青い顔をしてトイレから出てきた俺が最初にマイさんに言った言葉は
「すみません・・・スライムってトイレに流して大丈夫ですか?」
ぶはっ!と吹き出しマイさんは大笑い。
・・・今日はとても充実した日だった。




