第53話 学園都市ラーズナル
俺達が、森の中ではあるが踏み固められて歩きやすくなっている道を、教えてもらった方向に進んで行くと、やがて木々の間から城壁らしき壁が見えてきた。そして森を抜けると立派な城壁よりも一層高い幾本もの尖塔が空を貫くように聳え立っている光景が現れた。
その町の名前は『学園都市ラーズナル』。
魔法や錬金術の研究機関が多く集まり、魔術に関して分からないことはないとまで噂される知の宝庫。
また魔導師の育成にも力を入れており、数多の実力者を輩出している世界で有数の魔法都市だ。
そしてそれらを一同に集約しているのが、町の中心に聳える『巨大複合魔術施設パレス・アルカナム(通称パレス)』という建造物だ。
俺達は夕日が反射してキラキラ光る尖塔を眺めながら城門へと近づいた。
町への入り口はそれほど混んでいなかったので、すぐに俺達の番がやってきた。
守衛さんの要求に応えてギルドカードを提出し簡単な確認をすると、そのまま狭い入り口へと通された。
アーリアやイルヘミアでは質疑応答と荷物チェックでそれなりの時間がかかっていたので、こんなにあっさり入れたことに疑問を抱いていると、いきなりフラッシュのような光が当たり、思わずビクッとなって両目を閉じた。
俺達がビックリしているのは見慣れた光景なのか、守衛さんが微笑しながら「ラーズナルにようこそ!」と言ってギルドカードを返してくれた。
なんだかよくわからないけど、あの光で調べられたのだろう。さすが魔法都市だ!
俺が感心しながら進んで行くと、門の先にはそろそろ日が沈む頃だというのに光が溢れる広場みたいな場所だった。
その柔らかい光が照らす街並みを見て、俺は感嘆の言葉を漏らさずにはいられなかった。
「Wow!」
英検3級の俺にこの言葉を使わせるほど魔法都市の街並みは凄かった!
まさに“絵本の中から飛び出してきたような“と表現されるものだった。
「スゲ~!見ろよティア、Wow!」
そう言って俺が両方の人差し指で示したのは、頭上で飛び回る人たちだ。
道を照らすように浮いている光の玉のその上を、椅子に座りながら飛んでいたり、ハンドルのような物が付いた板の上に立って飛び回っている。
カラフルな淡い光があちこちで点いたり消えたりする石畳の上で、ティアはクルクル回りながら飛んでいる人に向けて大きく手を振る。するとお姉さんや青年が笑いながら振り返してくれた。
ティアは仕事帰りっぽいおじさんに向けても容赦なく手を振ると、おじさんは周りを気にするようにちょっとだけ小さく振り返してくれたり、気づかなかったふりをして飛んで行くのだ。
「何だアレ!?あっちも見ろよ、Wow!」
今度は両方の親指で示したのは、路上でパフォーマンスをしている人達だ。
魔方陣の上に立っている人が持つ杖から出てきた水が、鳥の形になって舞い上がり、そのまま地面に落ちて弾けて消える。しかし、残った水溜まりから次々と水の子犬が飛び出し観客の周りを走り始めて、歓声があがっている。
「それにしても、みんなローブを着ているな~、さすが魔法都市!」
“魔法と言ったらローブ!”という俺の勝手な幻想はともかく、とにかくローブ姿の人が結構多い。
しかし、イメージするような野暮ったさは少しもなく、むしろ洗練されていてとてもお洒落だ。
若い女性は裾が短く明るい色の物の着ており、一見するとローブに見えない。
一方、男性の方は地味そうに見えて、実は豪華な刺繍が品よく施されているローブを着ている。
中にはドラゴンっぽい派手な刺繍を背負う強面なヤンチャな兄ちゃんもいて、なんだか微笑ましい気持ちになった。
俺達はWOWOW!と騒ぎながら街を進んで行くと、美味しそうな匂いが鼻をくすぐり、空腹であることを思い出させた。
自然と足が匂いの元へ向かうと、それほど大きくないお店に辿り着いた。
開いている扉から中を覗くと、1/3くらいの席が埋まっている家庭的な雰囲気のするレストランだった。
お腹は空いたが早めに宿を見つけたいとも思っていたので、どうしようかと悩んでいると、店の中から“ザ・看板娘”といった感じの元気の良い女性が出てきた。
「いらっしゃい!お食事ですか?」
「いえ・・・違います」
女性が愛想良く話しかけてくれるが、俺の口から出てくるのは否定の言葉。
またやってしまった!と後悔するが、突発性会話イベントに条件反射のように拒否してしまうのは、きっとコミュ症のガラスの心の防衛反応みたいなものなのだろう・・・
俺は心の中で鼻水を垂らしながら自嘲していると
「あ、それじゃお泊まりの方ですか?」
どうやらここは宿屋でもあるらしい。
1度目は失敗したが、心の準備さえ出来ていれば俺はちゃんとやれる子だ!
「あ、えと、そ、お、どど、か?」
ちょっと吃ってしまったが、「はい、そうなんです。できればリーズナブルな宿を探してるんです」という事がちゃんと伝わったようで、女性は店を猛烈にアピールしてきた。
「うちは朝・晩の食事付きで、言ってくれれば格安でお昼のお弁当も用意してます!それに見ての通り料理も出しているので美味しいですよ!」
ふむふむ、料理が自慢なのはかなりポイントが高い。
しかも雰囲気も落ち着いていて庶民的な俺好みだ。
「それに、な・に・よ・り!
こ~んな可愛い女の子がお世話をしてくれますよ!キャピ~ン☆」
片手を腰に当てて横ピースする人物を至近距離で直視したため、俺は今、とても凪いだ精神状態になることができていた。
「・・・。
だって、ティア。どうしよっか?」
だが例えどんな精神状態だったとしても、横ピースするドヤ顔の女性に気の効いたことを言えるはずもない俺は、とりあえず軽くスルーしてティアにお伺いを立ててみる。
ティアはポーズを取ってるお姉さんには見向きもせずに、店の中、特に料理の載ったテーブルを確認すると、こちらを向いてコクコクと頷いた。
どこか意地になってポーズを崩さない女性と話すのは気が進まないが、とりあえずここに宿泊することを決めた。
「そういうことで、1週間お願いしてもいいですか?」
「・・・」
「あの、1週間・・・」
「・・・。
ご利用・・・ありがとうございます・・・」
女性は両手で顔を隠しながら俺達を中へと案内してくれるのだった。
家族で経営しているらしいその店は、1階はレストランで、2階が宿泊用の部屋になっていた。
部屋を決め、身軽な格好に着替えた俺達は、早速ご飯を頂くために階下に降りた。
レストランは先程よりも少しだけ客が増えていたようだが、俺達が座る席は十分あった。
とりあえず隅っこのカウンター席に腰を下ろすと、すっかり立ち直った看板娘のマイさんがメニューを持ってきてくれた。
続いて飲み物をテーブルに置くと
「何にしますか?パパの料理はどれも美味いよ!フフ~ン!」
そう言って両手を腰に当てて胸を張る。
その様子に期待が膨らむのだが、先程からメニューを読んでいるのだが、名前だけではいったいそれがどんな料理なのか想像できずに注文が決まらない。
そのことを正直に伝えると
「う~ん、じゃ、どんなのが食べたいのかな?」
「そうですね~、なんかアッサリしつつもガッツリした感じの物がいいです」
「すっごく難しい注文なんだけど・・・これは、まさか私を試しているのね!?」
俺の優柔不断さが言葉になっただけだったのだが、マイさんはムムムと唸りながら真剣に考えている。
「それじゃ、チョイムームーのグヤーシュなんてどうかな?」
どうかな?と言われても全然わかんないです・・・。
“の“の部分しか理解できませんでしたよ!
そんな困惑が顔に出たのか
「えっとね、ムームーの腿肉にレンレ豆とかインテ草を一緒に煮詰めたスープだよ」
と説明してくれた。
なるほど、なるほど・・・とりあえず肉と豆と草のスープって事は分かったけれど”チョイ”って何だよ!?
微妙に気になるけど、それよりお腹が空いたのでそれを頼んだ。
程なくして、マイさんがスープの入った器とパンを持って来てくれた。
「どうぞ、召し上がれ~!パンはお代わり自由だから言ってくださいね」
「はーい。じゃ『いただきま~す』」
俺とティアは手を合わせて挨拶すると、ムームーのスープに手をつける。
結構大きな器に、食べ応えのありそうな骨付き肉と野菜が入っており、なんだかホッと一息つきたくなる美味しさだった。
「ふ~、美味しかった」
しばらく無言で食事をし、俺が食べ終わって隣を見ると、ティアはまだ半分くらい食べたところだった。
「あれ、ムームー食べないのか?もしかして魔物だった?」
器の中には手をつけられていないムームーの肉が端の方に追いやられていた。
ティアは基本的になんでも食べるが、魔物っぽいやつの肉はあまり好きではないようなのだ。
ウルフとか牛の肉は好きみたいなのだが、俺には違いが分からない。ティア曰くなんか苦いらしいのだが。
ティアが困ったような目でこちらを見てくるので、俺が苦笑しながら頷くと
「・・・はい」
と言って、指をスープにズボリと突っ込んで取り出した肉を俺の口に持ってきた。
別にいつもの事なので、俺はそのままパクリとティアの指ごと肉を食べたが、それをマイさんに見られてしまった。
「あらあら、仲がいいのね~。ニヤニヤ」
からかわれると妙に恥ずかしくなっている俺とは反対に
「・・・むふふ」
ティアは仲良しと言われて嬉しくなったのか、ニコニコしながら体を俺に寄せてくる。
これにはマイさんも何も言えなくなったようで、ティアの頭を撫でて仕事に戻っていった。
「さてと、久しぶりのベッドなんだし、さっさとシャワーを浴びて寝るとするかー」
そうして「ごちそうさま」をして部屋へと戻った。
魔法+錬金術=魔術
魔法使い+錬金術師=魔導師
町のイメージはパリ。シャンゼリゼ通り辺りをイメージしてます。




