第48話 アーリアの町とお別れ
太陽が水平線から顔を出し、アーリアの町を照らしだす。
外では小鳥がさえずり、人々も夢から抜け出し、町全体が起きだす時間。
俺もまた、ゆっくり目蓋を持ち上げ、朝の日を浴びながら起床した。
この町に来て最高記録の早起きだ。
なぜ俺がこんなに早く起きたのかと言うと
…そう、昨日早く寝たからだ。10時間は余裕で寝ていた。
流石にこれ以上寝ると、身体がダルくなるので起きただけだ。
まぁ、今日この町を出発するので丁度よかった。
隣には、やっぱり俺と同じベッドで寝ているティアがいる。
ティアも俺と一緒に早く寝たのに、なんでまだ寝てるんだろう?いつも俺より早く起きるのに…。
もしかしたら、睡眠量じゃなくて、腹時計で起きてるだけなんだろうか?
俺がそんなんことを考えながら、ティアの露出している臍をつついていると、ティアが目を擦って起きてきた。
「…セイ、なにしてるの?」
俺はティアが起きても臍をつついていた。
なんだか元の世界のプチプチを思い出して、癖になりそうだったから…
でもちょっとだけ羞恥心と罪悪感が湧いてきた俺は、如何にもな理由を説明してお茶を濁すことにした。
「おはよう、お腹を出して寝てると、雲の上にいる雷様にお臍を取られて食べられちゃうぞ」
俺が教えた途端、ティアは「…ダメ!」と言ってサッと両手でお臍を隠した。
「…ティアが食べるの!」
…どんだけ食い意地張ってんだよ!?
と思ったが、泣きそうな顔になってるティアを、寝起き早々苛めるのも可哀想なので
「大丈夫だ!ティアの臍はまだ食べ頃じゃないから安心だ!」と言って落ち着かせた。
すると涙が引っ込んだティアは、今度は俺の腹のあたりを気にしだした。
「俺の臍もまだ食べ頃じゃないからな…」
言っておかなければ、本当に齧られそうで怖かった。
俺たちは荷物をまとめ、忘れ物がないかチェックして部屋を出た。
荷物を持ったまま食堂に入り席に着くと、肉ダルマがすぐに朝食を持って来てくれた。
「あなた達がいなくなると、淋しくなるわねん♡」
ここの美味しい料理もこれでおしまいか〜、と考えながら温かいスープをスプーンで掬う。
「セイ、淋しくなったらいつでも帰ってくるのよん♡」
俺は掬ったスープを口へ運ぼうとしたが、そんな嬉しいことを言われたので、手を止めお礼を言った。
「それと、こ〜れ☆お昼に食べてちょうだいねん♡」
俺は掬ったスープを口へ運ぼうとしたが、ドンッとテーブルに置かれたお弁当にびっくりして、手を止めてお礼を言った。
「それに♪セイは気が回らないから持ってないだろうと思って…ハ・ン・カ・チ作ったわん♡」
俺は掬ったスープを口へ運ぼうとしたが、夜なべして作ってくれたらしい綺麗なレースのハンカチを差し出されたので、手を止めてお礼を言った。
「あとは、こ〜れ♡」
そう言って肉ダルマは1枚の紙を取り出した。
俺は掬ったスープを口へ運ぼうとしたが…
「これは♂わたしの肖像画よん♂大事にしてねん♂」
…そのまま口に持っていき、食事を始めた。
朝食を終えると、俺たちは肉ダルマを始め、常連のお客さん達にも見送られながら宿を出た。
因みに肖像画も無理やり持たされたため、鞄に入っている。
俺たちは宿が見えなくなるまで手を振って歩き、この町に入って来た所とは正反対の東の門へと向かった。
途中で犬の散歩の依頼を受けたことのある人と逢い、話などしながらぶらぶら進み、東門に辿り着いたところで後ろから俺を呼ぶ声がした。
「セイさ〜ん!ちょっと待ってくださ〜い!」
俺は立ち止まり振り返る。
「げっ…」
そこには、肩まで伸ばしたオレンジ髪の人懐っこそうな顔をした女性が手を振って、こちらに走ってきていた。
俺はこの人がちょっと苦手だ。
なぜなら、その人は俺がギルドに行くといつも機嫌悪そうに睨んでくるギルド嬢のお姉さんだからだ。
「サーシャさん…。どうしたんですか?」
俺の元まで走って来たお姉さんに声をかけた。
「間に合って…よかった…」
サーシャさんはフーフーと苦しそうに息をしながら呟いた。
それから息を整えて背筋を伸ばすと
「これはギルドのみんなからの贈り物です。
よかったら受け取ってください」
みんなを強調しながらサーシャさんがバスケットを差し出した。
俺はそれを受け取り、中を見て驚いた。
「御守りがミサさんからで、魔石のブローチがエリィから、それでリボンがマリアンナからで、箱に入ってるのはギルドのみんなからです…」
「え?あの、これ本当に貰ってもいいんですか?
そこまでしてもらえる理由がないんですけど・・・」
バスケットの中からは本当にいろいろな贈り物が出てきたのだ。
なんかゴミが出てきても驚かない自信はあったがこれはかなりびっくりだ。
それだけにほんの少し滞在していただけの俺に、どうしてこんな風にお見送りしてくれるのかがわからなかった。
もしかしたら俺が出て行くから喜んでる説が最有力か・・・。
「理由ならありますよ。
私は興味ありませんが、セイさんはここではちょっとした有名人です。
犬と一緒にパレードしたこともですが、サイプロクス討伐のご協力はすごく評価されています。
なのでこれもちゃんと受け取ってもらわないと困ります。私は興味ありませんけど!
わかりましたか?」
俺はその説明を聞きながら、この町で出会った人達のことを思い浮かべた。
癖のある変な人ばかりだが、みんないい人だった。
俺が嬉しくなって顔を綻ばせ、またバスケットの中を見ると、まだ湯気を立てている甘い匂いのするパイがあった。
「あの…このパイは?」
「…そ、それは私です。
勘違いしないでくださいね!失敗したのが余ってたから、持って来ただけなんですから!
それに、ここに来たのも偶々手が空いてたのが私だけだったからなんですからね!」
サーシャさんがいつものように機嫌悪そうに答えてくれた。
「そうですか。でも、ありがとうございます。
このパイもとても嬉しいです。大事に頂きます」
俺が素直に感謝を伝えると、なんだかサーシャさんがピクピク震えている。そして…
「もぅ、もぅ、もぅ〜!
セイさんなんて大っっ嫌い!!」
サーシャさんは顔を真っ赤にして吐き捨てると、くるりと踵を返してしまった。
えぇ〜、なんでだー!?
「あ、あの!ありがとうございます。皆さんにも宜しくお伝えください!」
俺が慌ててそう言うと、サーシャさんはチラッと振り返り、また「もぅ〜!」と言って来た道を戻っていった。
心なしが目が潤んでいたように見えたが、いったい何が気に入らなかったのかわからない…。
…やっぱり変な人が多い町だなぁ〜。
サーシャさんが角を曲がって見えなくなる。
「さて、俺たちも行くか!」
俺はそう言って手を差し出した。
「…うん」
ティアがニコニコして俺の手を握る。
「俺たちの冒険はこれからだ!」
そして2人一緒に、朝日に向かって門を潜った。




