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第47話 ティアの買い物 2

ギルドに入ったティアは、トコトコ歩き受付にやってきた。


ティアが精一杯背伸びをしてカウンターに頭だけをぴょっこり出すと


「あら、ティアちゃん、どうしたの?」


受付のオレンジ髪のお姉さんが身を乗り出してティアを覗き込んできた。


「セイさんはいないの?」


と尋ねてくるお姉さんに、ティアは首を振ることで返事した。


お姉さんは「そうよね…。あの人が私のところに来るはずないものね…」などと呟いていたが、ティアは構わず、セイから貰った小銀貨をカウンターの上にコトリと置いた。


何だろう?とお姉さんだけでなく、その様子を見ていた他のギルド嬢や冒険者たちの視線がティアに集中する。

みんなに不思議そうな顔で見守られる中、ティアは


「…せっけん、ください」


そう言ってニコッと笑った。

その瞬間、その場にいた全員の目が一斉に優しいものとなり、あたりの空気が柔らかいものへと変化した。

それは温かく、花が咲き乱れ、まるで春を閉じ込めたような空間だった。


しかし、ティアに求められたお姉さんはいち早く立ち直ると、困った顔になり、次には泣きそうな顔になる。


「…ごめんね、ティアちゃん。

ここで石鹸は売ってないのよ」


本当に残念そうにお姉さんが言うと、今までニコニコしていたティアは段々としょんぼりした顔になってしまった。


すると、さっきまであった柔らかく温かだった空間は、暗く冷たい海底のようなどんよりとしたものになってしまった。

一部の冒険者は胸を押さえ、お通夜みたな顔をしている。


「どうにかならんのか?」という無言の圧力がお姉さんに重くのしかかると、「どうにもならないわよー!」という無言の抵抗がお姉さんから返ってくる。


石鹸なんて持ち歩いていないし、まさかギルドの備品を持ち出すわけにもいかないし…。

お姉さんにできることは、ほとんどないと言ってもよかった。


「あの、ティアちゃん。

ここにはないんだけど、大通りをもう少し行った所の雑貨屋さんになら売っているんだけど、分かるかしら?」


「…わかる」


お姉さんが懺悔するかのようにティアに問うと、それを聞いたティアの表情が徐々に元に戻っていき、分かっているのか、いないのかよく分からない顔で答えて頷いた。


そしてティアのニコニコした顔が戻ると、周りもホッとした空気に包まれた。



「気をつけてね」と見送られるティアは、お姉さんに手を振りながらギルドから出て行った。


ティアが出て行った扉が閉まると、ギルドはまたいつもの殺伐とした空気へと戻っていった。




ギルドを出たティアは教えてもらった道をニコニコして歩いて行く。

ところが、ほんの少し行った所で、馬車や人が多く行き交う大通りの向こう側から、ティアよりも小さい女の子がコレットを目指してヨタヨタと歩いて来ようとしていた。


女の子は周りも確認せずに一直線に道を横切ろうと、馬車が走る道路へと足を踏み入れてしまった。

女の子の母親らしき女性はお喋りに夢中で女の子の行動に気付いていない。


ティアの(そば)を走っていた馬車は、女の子に気付いて馬を止めたのだが、反対側の道路を少し離れた所から向かってくる馬車はスピードを落とす気配もなく女の子にどんどん迫っていた。


止まった馬車の中にいた男性が事態に気付いて慌てて馬車から飛び出し、御者になにか指示を出して喚き、女の子の母親はこの時になってようやく女の子に目をやると、真っ青になって悲鳴を上げた。


女の子の母親は腰を抜かし、飛び出した男性たちも間に合いそうにない。

他の人々も事態に気付くが誰も動けず、悲鳴だけが大きくなっていった。


凄惨な事故を幻視し、誰もが恐怖に飲み込まれていく中…ティアは相も変わらずトコトコ歩き、手を飴玉の詰まった袋に突っ込みゴソゴソしていた。

ところが、ようやくお目当ての色の飴玉をひとつ摘んでニッコリして口に入れようとした時、(おろそ)かになっていた足元に(つまず)き転んでしまった!

その拍子に、手に持っていた飴玉の袋が勢いよく道路に飛んで行き、地面に叩きつけられ、中の物を道いっぱいにぶち撒けた!


キラキラした色とりどりの飴玉は走り迫ってくる馬を驚かせ、すんでのところで急停止させた。


しかし馬に繋がっていた積荷が急停車に耐えきれず横倒しにどぉと倒れて物凄い音があたりに響いた。


騒音と悲鳴がとどろき、建物の中からも続々と人が現れ、倒れた馬車を取り囲むように集まってきた。


倒れた馬車の周りには、空箱が散乱し、壊れた車輪がカラカラと音をたてて回っている状態だった。

集まった人たちが、急いで中の人を助けようと動きだした時、倒れた馬車から2人の男が這い出して来た。


1人は背が低くがっしりした身体の男で、もう1人は細身の男だった。

2人は怪我も大したことはないようで、しっかりと立ち上がっている。

集まった人たちが、男たちに馬車の中にまだ人がいるかを確認すると

「もう誰もいないから大丈夫だ」と言い、皆を安心させた。

女の子もびっくりして転んだみたいだが、他に怪我などもなく、この事故で死人が出なかったことを皆が喜んだ。


集まっていた人たちが、よかった、よかったと言いながら解散していく中、数人の者が散乱した荷物を拾い集め、倒れた馬車を起こす手伝いをするために男たちに近づいた。


ところが、細身の男の方が馬車に近寄った人をいきなり突き飛ばし


「近付くんじゃねー!!」と叫んだ。


その声に、戻りはじめていた人達が、なんだ?なんだ?と再び集まる。


集まり出した人々を見てさらに焦った男は、腰に()げていたナイフを抜き

「あっちに行け!見るんじゃない」と(わめ)きながら無茶苦茶にナイフを振り回しはじめた。


完全に平常心を失ってしまった細身の男に、集まっている人達の中にいた冒険者やギルド職員が動こうとした時、それより早く背の低い男が細身の男をぶん殴って黙らせた。


「皆さん、すいやせん。

相方はち〜っと酒を飲んでいるだけなので…」


背の低い男は揉み手で集まっている人に弁明して、この場を乗り切ろうとしているようだったが…


そこに一陣の季節外れの強い風がふわりと吹いて、その場の人いきれから喧騒までを吹き飛ばした。


やがて風が吹き抜け、誰もが口を閉ざして異様な静けさが漂う中、唯一ヒラヒラと音を立てて舞い降りてきたのは倒れた馬車の荷台を覆っていた大きな布だった…。

そして地に落ちた布の後に皆が目にしたものは、覆いが剥ぎ取られ、中の物が(あら)わになった荷台に積まれた檻だった。

そこには…猿轡と首輪をつけられ、身動きが取れないよう縄で縛られた子供たちがいた…。


突如(あば)かれたその事実に、人々は驚きと戸惑いで硬直し、固唾(かたず)を呑み立ち尽くしてしまった。

しかしその静寂を最初に破ったのはギルドの職員だった。


人攫(ひとさら)いだ!捕らえろ!」


ギルド職員がいち早く状況を把握し、指示を飛ばす。

その声に従って、職員や冒険者が素早く動きだし、周りの人たちも我に返って大騒ぎだ。

悪事のバレた男達は人垣に突っ込み逃げようとしたが、四方を固められ、屈強な冒険者から逃れることは不可能だろう。




周りが大捕物(おおとりもの)で騒いでる中、派手に転んだ状態から立ち上がったティアは、地面に散らばり、すっかり踏み潰されてしまった飴玉を見て悲しそうにしていた。


そんなティアに、道路に飛び出してしまった女の子の母親が声を掛けた。

ティアが顔を上げると、女の子は怖かったようでピーピー泣いており、女の子の母親も安堵の涙を流しながら女の子を抱き締めていた。


女の子の母親は、それからティアに何度もお礼の言葉を口にし頭を下げた。

そんな女性に対して、ティアは最初はキョトンとした顔をしていたが、涙と下げられた頭を見て優しく頭を撫でてあげた。

コレットも泣いている女の子に近づくと頭を撫でてあげている。


それから地面に散らばった飴玉をもう一度見てがっくりするとトボトボと立ち去ろうとした。


その様子を見た女の子の母親は慌ててティアを呼び止めると、手提げからパンケーキを取り出しティアに「どうぞ」と言って手渡した。

飴玉のお詫びになるかしらと女性は心配するが、ティアの顔に笑顔が戻るのを見てホッと胸をなでおろした。


「他に何か欲しい物はあるかしら?

出来る限りお礼がしたいの」


女の子の母親がティアにそう言うと、ティアは少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「…せっけん」


女の子の母親は悩んだ…。

せっけんって…石鹸?

命のお礼に石鹸とはどういうことだろう?

遠回しに他のものを要求してるんだろうか?

意味が分からないが、女性は自分が知っているせっけん、つまりさっき銅貨1枚で購入した石鹸をティアに手渡した。


するとティアはニコッと笑いお礼を言った。


「本当にそれでいいの?」


女の子の母親はお礼にもならない物を、嬉しそうに受け取ったティアに尋ねると


「…うん、ありがと」


そう言ってティアは小銀貨を女の子の母親に手渡した。

女の子の母親がそれを見てどういう事かと混乱しているうちにティアは手を振って走り去ってしまった。




◇◆◇◆◇



俺は明日の支度が済むとティアの様子を見に階下に下りた。

武器の整備もしたため思ったよりも時間がかかってしまったのだが、ティアが戻って来なくてちょっと心配になったからだ。


俺がティアを探して食堂まで来ると、ティアは1人でパンケーキを黙々と食べているところだった。


「ティア、コレットはちゃんと洗ったのか?」


俺が尋ねると、ティアは今まですっかり忘れていたという顔をして、パンケーキにフォークを突き刺したままピタリと食べるのやめた。


「まだ、洗ってないのか?」


「…うん」


ティアはしょんぼりした顔をして俺を見ている。


「ティア…」


俺は少し声のトーンを落として話す。


「俺は、コレットを洗うように言ったはずだよな?」


「…うん」


「俺は怒っている」


「…ごめんなさい」


そう言ってティアは、コレット持って席を立ち、洗い場へ行こうとした。


「待て、まだ話は終わってないから座りなさい」


ティアは泣きそうになりながら椅子に座り直す。

俺は座り直したティアのすぐ(そば)までやってくると、さらに声のトーンを落として話す。


「俺が一番怒っていることは何だかわかるか?」


ティアは少し震えながら、首を横に振る。


「わからないのか…?

じゃ、教えてやろう。俺が一番怒っていることはなぁ…」


俺は大きく息を吸い込み、次の言葉を口にする。


「俺が一番怒っていることは…ティアが1人で美味(うま)そうなもん食ってることだーーーー!!」


俺は大声で言うや否や、ティアがフォークを刺したままのパンケーキを掴みムシャムシャ食べた!


「キャーーーーー!?」


ティアが絶叫を上げるが、俺は構わず残りを全部平らげた!


「キャーーーーー!?」


…なんだこれ!?スゲー美味い!!


「キャーーーーー!?」




その後ティアがマジ泣きして大変だったが、一緒にコレットを洗い終わる頃には泣き止んでくれた。

そのかわり、いろいろ美味しそうなものを買ってあげることになってしまったが…。


しかし、俺が食べたパンケーキは半分より少なかったのが、ちょっと腑に落ちない…

そんなことをしながら俺たちのアーリア最後の日は過ぎていくのだった。



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