第45話 食レポ 2
俺たちが次に向かったのは、依頼者から指定されている店のひとつだった。
その店の佇まいは実に高級そうで、ドレスコードが必要なんじゃないかと考えてしまうほどだった。
しかし話を聞くとマナーさえ守ればその必要がないことを説明してくれた。
中に案内されて席つくと、その椅子はとても柔らかく、座り心地が良いもので、テーブルも重厚な石材を使った立派なものだった。
周りを見ると、冒険者風の人もチラホラいるようで少し安心したが、お客の多くは紳士淑女の方々だったり、オシャレをした恋人同士だったりするようで、はっきり言って俺たちはすごく場違いだった…。
なにかと人目を引くティアは「飯はまだか!」っていう顔をして堂々としており、レイナさんも静かに座ってはいるのだが、まるで白いユリの花束の中にトリカブトが1輪混じっているような異質さを漂わせている。
かく言う俺も、黒髪黒目で浮いているわけで、十分に変な集団の構成員だ。
元の世界だったら裸足で逃げ出しているシチュエーションだが、今はそれすらも楽しんでいる自分にビックリだ。
異世界からやって来たことも理由の1つではあるんだろうけど、俺もなかなか図太くなったもんだとしみじみ感じてしまう。
そんなことを考えていると、極寒の冷たいオーラを放っているレイナさんでも、なんだかソワソワしている普通の女の子に見えてしまうのだから不思議なものだ。
…まぁ100%目の錯覚なんだろうけど。
やがて俺たちの前に運ばれて来たのは、新作デザートの赤い木の実が乗ったブリュレパフェだった。
細長いグラス一杯に豪華に飾り付けられたそれは、芸術品と言ってもいい程の出来栄えだった。
2人は目をキラキラさせて感嘆の声を上げ、「早く食べさせろ」という目で俺を見てくる。
「ははは、じゃ、いただきま〜す」
「…いただきます!」
「…?い、いただきます…?」
ティアはしっかり手を合わせて「いただきます」を言うと、いつも通りガツガツと食べ始め、レイナさんは困った顔をしていたが、ティアが食べるのを見ると綺麗なパフェにうっとりしながら食べ始めた。
…しかし、この細長いグラスといい、華美は装飾といい、こんなの無駄だろ!と最初に思ってしまうのは俺が男だからだろうか?
2人が食べ終わった頃に感想を聞いてみると
「…おいしい!」
「美味しい…!」と返ってきた。
…君たちホントにレポートに向いてないね。
でも2人を見ると、さっきの屋台のときとは比較にならないほどの笑顔を見せていたので☆5でいいだろう。
それにしても、このクエストの特権なんだけど、お会計を気にせずに美味しいものを食べられるのはすごくイイ!
というのも、指定されている店については、予め話が通っているので無料なのだ。
そして俺たちが選んでレポートにした店については、領収書を貰っているので後で返してもらえることになっている。
まぁ、その代わり提出したレポートの出来が悪ければ全部自腹になるのだが…。
そんなふうにして、俺たちはその後も何軒もの店に入りレポートを完成させていった。
そのうちに味の評価はティアを見て決めることにしていた。
相変わらず「おいしい」しか言わないのだが、その時に鼻が動けば☆3、耳が動けば☆4、そして両方動けば☆5といった具合だ。
因みに、幸いにも最初の串肉よりマズイ店はなかったので、☆1は使わなかった。
レイナさんはあんまり役に立た……参考にはならなかったけど、俺がレポートを作っている時にティアの面倒を見ていてくれたのでとても助かった。
完成したレポートを依頼者の所まで届けると、☆で評価していることをとても褒められた。
なんでも、視覚的にも分かりやすく、この世界では画期的な方法だとか言っていた。
俺たちは依頼完了のサインを貰うと、またよろしくと言われてギルドへ戻った。
ギルドに戻り、依頼完了の書類を提出しに行くと、ボーイッシュな受付嬢のお姉さんが元気よく出迎えてくれた。
「セイさん、おかえりなさ〜い。
依頼完了したんですね。
…って、評価が“優良”じゃないですか!?
スゴいですね!あそこの依頼者さんはかなり厳しいことで有名なんですよ〜」
「ありがとうございます。
満足してもらえたなら俺も嬉しいです」
「ふふふ、では報酬を準備しますので少々お待ちくださ〜い」
お姉さんが席を離れたので、さっきから俺の足にしがみついているティアに目を向ける。
ティアはお腹一杯になって眠くなったらしく、俺の足に抱きついてウトウトしていた。
「すみません、レイナさん。
ちょっとティアを向こうで座らせてやってもらえませんか?」
「わかったわ…」
そう言ってレイナさんはティアの手を引いてラウンジの方へと歩いて行った。
「セイさん、お待たせしました。
こちらが今回の報酬になりますので、ご確認ください」
戻ってきたお姉さんと報酬のやり取りをして確認すると
「セイさんは期待の新人さんですから頑張って下さいね!」と言ってもらえた。
そこで俺は、一応ギルドにこの町を出ることを言った方がいいかな?と思ったので、伝えることにした。
「あの、俺たち2日後にこの町を出ようと思ってるんですよ」
俺がそう言うと、「えぇー!?」と言ったのはボーイッシュのお姉さんではなく、横から飛び込んで来た知的なメガネのギルド嬢のお姉さんだった。
「セイさんどういうことですか!?
どうしてなのか理由を教えて下さい。もしかして我々ギルドの所為ですか!?」
メガネのお姉さんがグイグイとボーイッシュのお姉さんを押し退けながら迫ってくる。
「い、いえ。そういうわけでは決してありませんので!
皆さんにはよくしてもらっているので、何の不満もありませんから!」
俺が慌ててそう言うと少し落ち着いてくれたようで、押しのけられて椅子から落ちそうになっていたボーイッシュのお姉さんがホッとしながら姿勢を戻した。
「え〜っと、俺たちはやらなくちゃならないことがあって、旅をしているんです。
だからずっとここにはいられないんですよ」
「あ、だから昨日地図見てたんですね〜?」
そう言って今度はギャルっぽいギルド嬢のお姉さんが割り込んできた。
「え、あ、はい。そういうことなんです」
「…そうですか。個人的には引き止めたいところですが、私たちギルドには冒険者の皆さんを強制することはできません」
「はい、すみません」
「ですが!いつでも戻って来てください!
私たちは…いえ、私はその時を楽しみにお待ちしておりますので!」
俺は何度もお礼を言うと、ティアたちが待っているラウンジへ向かった。
ティアは涎を垂らして寝ており、レイナさんはそれをハンカチで拭いてくれていた。
「お待たせしました。
レイナさん今日はありがとうございました」
俺はティアをおんぶしながらお礼を言った。
「大したことはしてないわ…」
「いえ、ティアの面倒も見てくれましたし助かりましたよ」
「そう…。それじゃ、またね…」
レイナさんはそれだけ言うと、俺たちに背を向けてギルドを出て行った。
それを見届けると、俺は一度だけピョンと飛んでティアの体勢を整えた後、レイナさんを追うようにギルドを出て宿へと向かった。




