第43話 食レポ 1
出発を決めたものの、準備するものもそれほどないため、俺たちはいつものように朝の遅い時間にギルドに来てクエストボードを眺めていた。
少し前から森の様子が変化したため、討伐の依頼は減っているようだ。
素材採集の依頼は沢山あるけど、魔物を見つけられないと時間がかかりそうなので今は受けない。
そうすると他には…
俺が気になった依頼の紙を取ったところで、後ろから声を掛けられた。
「お、おはよう。偶然ね…」
俺が振り向くと、そこには眼をギョロギョロと彷徨わせながら無表情で立つ麻薬中毒者…レイナさんがいた。
「ィィィ!…ぉ、おはようございます」
俺は辛うじて悲鳴を抑え、挨拶することが出来た。
ん?ティア、その目はなんだ?
俺が悲鳴あげたみたいな顔してるけど、馬鹿を言っちゃいけないぜ。
これでも少しは耐性がついてきたんだ。
きっと周りの奴らの声だと思うよ、うん。
「レイナさんとこの時間に会うのは珍しいですね」
「えぇ、そうね…」
「…」
「…」
あの、もう話すことないんですけど…
1回話題振ったらもう弾切れなんですけど…
俺、見た目通りのコミュ障なんで…
「…」
「…」
「私はいつもこの時間よ…」
「え?あぁ、そうなんですか。
じゃ、じゃ今まで俺が気づかなかっただけかもしれませんね〜」
ハハハ〜と笑いながら俺は無難に返事を返す。
「レイナさんは今から仕事ですか?」
「えぇ、まぁ、そうよ…」
レイナさんは曖昧な返事をすると眼を逸らした。
なんだろう…ヤバイ仕事でもしているようで怖くて聞けない!
俺は慌てて話を変えようと、先ほど取った依頼の紙を見せながら引き攣った笑顔を浮かべる。
「お、俺は食レポの仕事なんですよ〜。観光案内所からの依頼らしいですね〜」
「それってどんなことするの…?」
「え?まぁ、簡単に言えば、食べ歩きするだけです。
…どれだけ食べるのかが、ちょっと心配ですけど。ははは」
「だったら…、私もやるわ…?」
「え?でも、レイナさん仕事があるんじゃ?」
「あ…、あの…偶然、お休みになったの…。
報酬もいらないから…」
「いや、悪いですよ」
俺は断ろうとするが、レイナさんは“断れば殺す”と言わんばかりに、やや顔を俯けながら睨み上げてくる。
「ダメ…かな…?」
お、おう…。
これ以上断ると、ホントに何をするか分からない眼を俺に向けてくる薬物中ど…レイナさん。
俺はかなり迷ったが結局
「じゃ…お願いします」と言うしかなかった。
まぁ、レポートなんだから、意見は多い方がいいだろと思い直し、俺は依頼の紙を持って受付へと向かった。
俺が依頼を持っていったのは、ボーイッシュな感じの受付嬢のお姉さんの所だ。
「あ、セイさん、この依頼受けてくれるんですか?助かりますよ。
こういうのってなかなか引き受けてくれる冒険者がいないんですよね〜」
「そうなんですか?そんなに難しい依頼じゃないと思うんですけど」
俺が不思議に思って聞くと
「大抵の冒険者はこういうのが苦手みたいで、レポートを依頼者に提出しても認めてもらえないんです。
そしたら報酬は貰えませんから、余計に敬遠されていくんですよ」
なるほど、つまり脳筋が多くて、ちゃんとしたレポートを出せないということか。
「それならどうして依頼者は冒険者に依頼するんですか?」
「それは、ここが冒険者の街だからですよ。
依頼者のターゲットの多くが冒険者ですから、生の意見を取り入れたいんでしょうね」
「へ〜、そうなんですか。じゃ、その観点からレポート作ってみます」
高等教育を日本で受けていた俺にとっては、やはりそう難しい依頼ではないようだ。
手続きをして「いってらっしゃ〜い」と見送られながら皆の所へ戻ってくると、ティアの髪が両耳の上の方で結ばれて触覚みたいな髪型になっていた。
レイナさんにしてもらったのだろう。
ティアは両サイドから垂れる自分の髪を持って振り回しながらニコニコして俺の元までやって来たので、俺はティアの頭をポンポンと撫でてあげる。
でもオシャレして嬉しいのはわかるけど、虫の抜け殻を頭に付けるのはやめような。
「ティア、今日の仕事は食べ歩きの食べ放題だ」
俺がそう言うとティアはすごく嬉しそうに
「…ありがとう!…うふふ、ありがとう!」
“ありがとう”を2回も言われてしまった。
でも、あれ?なんかティアにお礼言われたのって初めてな気がする…。
釈然としない気持ちを抱えつつ、俺たちはギルドを出てさっそく仕事に取り掛かった。
依頼は指定された店舗と、俺たちが自由に選んだ店のレポートを書くことだ。
特に形式が指定されているわけではないので、俺は味、値段、雰囲気、総合評価を5段階の☆で表し、それぞれにコメントを付けることにした。
それだけだと寂しいので、店主とお客さんにもコメントをもらうことにして店を回った。
まず1つ目の指定されたお店に向かって歩いていると、俺がいつも小腹が空いた時に立ち寄る串肉の屋台があった。
折角なので最初のレポートをここですることにした。
「おぉ、兄ちゃん!今日は買っていくかい?」
「うん。でも今日は仕事できてるんです」
「へぇ〜、その仕事って何なんだ?」
「食レポです。観光客とかに宣伝にもなるしどうですか?」
「あぁ、そう言うことなら構わないぜ。いい宣伝してくれよ」
「ありがとうございます、頑張りますね。じゃ取り敢えずその肉3本くださいな」
「あいよ!毎度あり〜」
俺は他のメニューや値段、店の男とお客さんのコメントなどをメモしていった。
そして味の評価を、隣でガツガツ食べているティアと、ティアの面倒を見ながら食べているレイナさんに聞いてみた。
「…おいしい」
「美味しい…」
…君たちレポートに向いてないね。
俺は自分でも食べて評価する。
「う〜ん、味は☆2ってところかな」
俺は冷静にそう判断して書き込んでいると、店の男が期待に満ちた目をしながら身を乗り出して聞いてきた。
「ほほぉ〜、☆2か〜。
で、☆2ってのはどういった評価なんだ?」
「えっと・・・、言いにくいんですが、あまりよくはない評価ですかね、あはは」
馴染みのお店ではあるが嘘は書けない。俺のジャーナリズムがそれを許さないのだ。
「おいおい、そりゃいったいどういうことだい!?
ウチの肉は王都から取り寄せた最高級肉を使ってんだ。
不味いわけがないだろう!?」
「そうなんですか、レイナさん?」
俺は肉の品質についてはよくわからないので、地元のレイナさんに聞いてみた。
「違う。これは孤児院の子が働いてる所の鶏肉…」
「なるほど…原産地偽装っと」メモメモ
「待ってくれ!悪かった。肉のことは謝るよ。
だが、味のことは納得できねぇー!
こっちは丹精込めて作ってんだ。☆2はないだろう!?」
「いやいや、正当な評価ですよ。
他のお客さんのコメントもこんなですよ?」
俺がお客さんのコメントを書き取ったばかりのメモをペラペラすると
「ちょっと見せてみろ」
そう言って店の男はメモを奪い取って目を通す。
「え〜、なになに。
『味はともかく店の人がカッコいい』
『店の人がハンサムだから通ってるけど、肉は食べない』
『店の人がイイ男!肉は犬の餌にしています』…だと!?
…いやいやいやいや、こんなの信じられねーよ。
嘘…だよな?」
そう言って店の男はお客さんに救いを求めて目を向けた。
しかしお客さんはサッと視線を逸らし、空々しい言い訳をしつつその場を離れて行った。
「う、嘘だろォォォォォォォ!?」
店の男は跪き頭を垂れた orz
その哀れな店の男にトドメを刺したのはレイナさんの一言だった。
「この店自体が偽装表示みたいなものね…」
そうして俺たちは店の男の屍を乗り越え次の店へと向かったのだった。




