第41話 地図 1
ティアがいつの間にか貰ってきた大量のりんごを別れ際にレイナさんに押し付けてきた俺たちは、また大通りを歩いていた。
「…どこ行くの?」
するとティアが「もうお腹一杯なんですけど〜」みたいな顔して聞いてきた。
「本屋だな」
ティアは分かったような、分かってないような顔をしている。
「…もうお腹一杯」
「食いもんじゃねーよ!」
やっぱり分かってなかったようだ。
「この世界の地図を探しに行くんだよ」
俺が教えてやると
「…もうお腹一杯」と繰り返した。
「ん?……っ!チーズじゃねーよ!?」
異世界に来て、チーズ探すってどういうことだよ!?
どうせだったらニーソ探すわ!
「って、なに言わせんの!?
まったく、ティアは恐ろしい奴だなぁ…。
とにかく、地図っていうのは世界の形を描いた絵のことだよ」
「…ふーん」
まったく興味がなさそうだ。
「これからいろいろな所に行ってみたいからな」
俺はこの世界のことやティアのことを知るために動こうと思っている。
そのためにまず地図なのだ。
「ティアはどこか行きたい所とかあるか?」
俺はなんとなく尋ねてみる。
「… …シブヤ」
オシャレ女子かっ!?
「え〜っと、渋谷はちょっとティアには早いかなぁ。
まずは上野辺りからにしとこうな〜」
俺だって迷子になるくらいだからね…。
そんな話をしているうちに俺たちは1軒の本屋を見つけた。
元の世界の本屋のように綺麗に整頓などはされていなかったが、大まかには分類されて本が並んでいた。
田舎の小さな古本屋みたいな感じだ。
俺は端から順にどんな本があるのか見ていった。
剣士、魔法、モンスター、童謡、料理…などが分類されていろいろあった。
俺が棚を見上げながらさらに奥へ進んで行くと、今までのジャンルよりあきらかに本の数が多い棚を見つけた。
その棚の分類は…“スライム”。
あれ、スライムってモンスターだよな…?
何でこれだけ別なんだ?と疑問に思っていると、背後から年輩の男性が声を掛けてきた。
どうやらこの店の主人のようだ。
「お前さん、スライムを探しに来たのかい?」
店主はグヘヘと笑って聞いてきた。
本屋にスライム探しに来るなんて夢にも思わねーよ!
俺はこの意味不明な質問に「いいえ」と答えようとした。
しかしそれは口から出る前に遮られてしまった。
「いや、言わんでええ!
分かっておるから、何も言うな!
お前さんのその目を見ればすっかり分かった」
そう言って店主は1冊の本を俺に差し出してきた。
「それが新刊じゃよ」
サムズアップしながら店主が俺に渡した本を見ると
【触手と囚われた女騎士 第三巻】と書かれていた。
…エロ本じゃねーか!?
このオヤジ、俺の目を見て何がわかったんだよ?
俺が好きなのはニーソだって言ってんだろ!って何言わすの!?
「ってか、ちょっと待って!この棚にあるの全部エロ本?しかも全部スライム!?」
異世界どうなってんの!?
「無論じゃ!」
そんなかっこ悪い“無論”って言葉、初めて聞いたわ!
「しかも、ほかのと比べて全部安くない?」
「布教じゃ」
商売しろよ!!
「それにしてもスライムってこんなに需要があるんですね…」
「いや、ワシの趣味じゃ」
「……。」
俺から言えることはもう何もなかった。
むしろその生き様をカッコいいとさえ思わなくもなかった。
でも後になって考えたら、やっぱりバカだと思った。
「いえ、違うんです。俺は地図を買いに来たんです」
俺がそういうと、オヤジはポンと手を打って奥へ行った。
分かってくれたようでホッとしていると、オヤジは1冊の本を持って戻ってきた。
「スマン、スマン。ワシとしたことが見誤ってしもうたわ」
そう言ってオヤジは持ってきた本を渡してくれた。
俺が受け取ってみると【女騎士は履いてない】という題名だった…
…
…
「…痴女じゃねーよ!地図だよ、ち〜ず!!」
何を見誤ってんだよ!
俺が好きなのはニーソだって言ってんだろ!って何言わすの!?
「おぉ、スマン、スマン。
ちょっと待っておれ、すぐに取って来るからのぉ」
そう言ってオヤジはまた奥へ行き、1冊の本を持って戻ってきた。
「ほれ、これでどうじゃ?
ワシの目もまだまだのようじゃのぉ。お前さんほどの業の深い者を見誤るとは。グヘヘ」
そう言って俺に差し出した本には犬の絵が描かれていた。
「…バターでもないわ〜〜〜!!」
俺は本をオヤジに叩きつけた。
「何回も言わせんな!
俺が好きなのはニーソだって言ってんだろうがっ!!」
俺が吠えると、オヤジは変態を見るような目をしてガクガクと怯えていた。
…なんで!?スライムより普通じゃね?
「スマン…ニーソは…ない。」
ないのかよ!?
あっても買わないけどな!
「因みに…地図も…ない。」
地図もないのかよ!?
スライムより大切なものがもっとあるだろ!?
そんなやり取りをしているとティアが犬の絵が描かれた本に興味を持って触ろうとしたので、それを抑えながら俺はオヤジに話を聞いてみた。
「ほれ、魔物が活発化しておるじゃろう。
そのせいで地形が変化しておる所もあって古い地図や間違った情報の描かれた地図の所為で事故が多発しよってな〜、今は地図の取り扱いは国とギルドでしかできんことになったんじゃよ」
「じゃ、地図はギルドに聞けばいいんですね?」
「まぁ、そういうことじゃ」
どうやら俺は、ない物を探して騒いでいたらしい…
「すみません、なんかお騒がせしちゃって」
「いや、いい。
ワシも素晴らしい才能を持った逸材に出会えて楽しかったからのぉ」
オヤジはグヘヘと笑って、気にするなと言った。
…才能ってなんだよ?
こんなに嬉しくない褒め言葉も初めてだった。
俺はお礼を言って店を出た。
このままギルドへ向かうつもりだ。
ふっと横を見ると、ティアが何故か紙袋を持っていた。
「ティア、それ何だ?」
「…貰った」
俺は嫌な予感を感じながら紙袋をティアから受け取り中を見ると、そこには1冊の本が入っていた。
それは…布教用と書かれた【触手と囚われた女騎士 第一巻】だった。
俺が振り向くと、本屋のオヤジが入り口でサムズアップしていた。
俺は店に戻る気力が出なかったので、仕方なく持って帰ることにした。
…
…
仕方なくって言ったら、仕方なくなのだ。




