第40話 レイナの緊急依頼の翌日
私はレイナ。冒険者をやってます。
少し珍しい職をしてますが、いたって普通の女の子です。
私は今とても浮かれています。
ギルドに向かって歩いている途中だというのに鼻唄なんか口ずさんでしまい、周囲の目がちょっとだけ私に向いていて少し恥ずかしい思いをしました。
それもこれも彼の所為です!
セイさんだけに…なんちゃって!プークスクス。
私は頑張っていつものような顔をしますが、昨日のことが頭から離れずすぐに緩んだ顔になってしまいます。
あの闘いで私が危ないところに颯爽と現れ助けてくれた彼。
私を庇って立っていた彼の後ろ姿はカッコ良すぎです!
それに何より、“寂しい”という私の気持ちを受け止め、“一緒にいてほしい”という私の言葉に彼は喜んでくれました。
アレはいったいどういう意味なんでしょう?
もしかして私たちは…こ、恋人同士になったのでしょうか…?
(まってまってまって、それは流石に早すぎるわよ!
そ、それに、やっぱりこういうのは男性の方からちゃんと言って欲しいし…)
そんな事を考えると、私は顔が緩むだけではなく腰までクネクネしそうになります。
そして昨日の今日だと言うのに、もう彼に会いたくなってしまいました。
べ、別に好きとかそういうのじゃありませんよ?
私はそんなに軽い女じゃないんです。
ただ、私のことを受け止めてくれる人がいることがとても嬉しかっただけなんです。
だからお礼をしなきゃ!って思いついたのにも、それ以上の意味はありません。…ホントです。
私はギルドに着くと中を丁寧に見渡します。
けれどお目当ての彼の姿はありませんでした。
私はクエストボードも確認せずに、そのまま受付に向かいます。
「あの、冒険者のセイさんはまだ来ていませんか…?」
私は眼鏡をかけた知的な雰囲気のミサさんに挨拶をして尋ねます。
「あ、レイナさん、おはようございます。
セイさんはまだ来られていませんね。
いつも朝の混雑が終わった時間に来られるので今はまだ宿だと思いますよ?」
そうなんだ…。
会えなかったことは残念ですが、知らないことが1つ減って嬉しくなります。
私がそう思っていると
「ご用がおありでしたら、宿へ向かわれてはどうですか?
何かあれば宿まで連絡するよう言われていますし、レイナさんでしたらお教えしても問題ないかと思いますので」と言ってくれました。
なので私はちょっと考える素振りをしてからその提案に飛びつきました。
向かった先は、路地裏にあるそれほど立派ではない普通の宿屋でした。
私が扉を開くととても強そうな男性?が朝食を運んでいるところでした。
私はこちらに気付いたその男性?に声を掛けます。
「すみません。ここに冒険者のセイさんが泊まっていると思うんですけど…」
「あらん♡セイに用事?
でもきっとまだ寝てると思うわん♡」
「そうですか…」
私がしょんぼりすると
「でもティアちゃんは起きてると思うし、そろそろ起きてもらわないとご飯がなくなっちゃうから起こしに行ってみましょうか」と言ってくれました。
私は宿の男性?と一緒に彼の部屋へと向かいます。
(きゃー!!男の人の部屋に行くなんて初めてなんですけど!)
宿の男性?が2階の部屋のひとつの前に立ちノックをして少し待っていると、ドアがゆっくり開きます。
私はすごくドキドキしながら、開く彼の部屋のドアを見つめます。
…
…
…
(あ、やっぱりちょっと待って!!)
私はここに来てから、男性?のインパクトが強過ぎて自分のことを疎かにしていたことに気づきました。
(髪とか変じゃないよね?
子供のヨダレとか、鶏の糞とか付いてないよね!?)
私は孤児院に寄ってからこっちに来たので、いろんなことが心配になってきました。
(ちょ、ちょっとだけ待って!
5秒でいいからちょっと待って!!)
しかし私の心の叫びは聞き届けられず、無情にもドアは開いていきます。
(あ、あ、あ〜!!開かないで〜!
ゴマでもサンマでもいいからドアよ開かないで〜〜!?)
そしてドアは開き、私が思わず閉じてしまっていた目をゆっくり開けると、そこには彼ではなくティアちゃんが立っていました。
私はホッとしながらティアちゃんに「おはよう」を言って部屋を覗くと、どうやら彼はまだ寝ているようです。
私は急いで身なりをチェックし、心の準備を始めます。
彼を起こしに宿の男性?が部屋に入ってしばらくすると、彼が悲鳴を上げて飛び起きました。
(あんな起こされ方したら無理もないよね…)
なんだか微笑ましくて、私がフフフと笑っていると、彼がこちらを向いてまた悲鳴を上げました。
…ど、どうしたんでしょう?
私が突然来たからビックリしちゃったのかな?
でも女の子が来たくらいであんなにビックリするなんて…
(ふふっ、彼ってカワイイ!)
彼が私をジッと見つめてくるので、私は緊張しながら朝の挨拶をしました。
「お、およよぅ」 噛んじゃった!!
私が恥ずかしさで押し潰されそうになっていると、彼は「いらっしゃ〜い」と戯けた調子で言って、前髪を掻き揚げるポーズをして見せました。
きっと彼は私を気遣って巫山戯てくれたのでしょう…
(ふふっ、彼って優しい!)
彼とティアちゃんが食事をした後、私はここに来た理由を説明しました。
けれど彼には物凄く申し訳なさそうにされながら断られてしまいました。
彼のそういう謙虚な所はステキだと思いますが、物凄く頭を下げるのでビックリしてしまいました。
しばらくは驚いたままでしたが、その後私は慌てて彼に頭を上げてもらい、精一杯自分なりに感謝の言葉を伝えて納得してもらいました。
でも、よく考えると自分で言っててちょっと無理があった理由かなと今更ながら思ってしまい、彼に断られるのも仕方がありません。
それでも、彼とお話しすることが嬉しくて、結局最後はティアちゃんをダシに使ってしまう形になりました。
それに少し自己嫌悪していると
「これからティアと出かけるんですけど、一緒に遊んでもらえませんか?」と彼が言いました。
…
…
…
(え、えぇ、えぇぇ〜〜〜〜!?)
驚きの余り自己嫌悪なんて吹っ飛びました!
(そ、そ、そ、それってデ、デ、デ、デートォォォ!?)
寧ろ過半数の私が、数秒前の私にスタンディングオベーションです!
まって、まって…
ティアちゃんもいるわけだから厳密にはデートではないかもしれないんだけど…
だけど却ってそれがイイ!!
健全な交際っぽくて堪らない!
(で、でもどうしよう!?
私、今こんな服なんですけど?
剣まで持っちゃってるんですけど!?)
うぅ…、一度帰って準備したい!
なんなら日を改めて出直したい!
だけど、それだとこのお誘い自体が流れてしまうかもしれません…
だから私にはYesの選択しかありません
(あぁ〜、お母さん、お父さん、初デートを完全武装で行く娘をお許しください…)
そうして私は色々なものを切り捨てる決心をして、彼のお誘いを受けました…
◇◆◇◆◇
私は本当に浮かれています。
大通りに出た私たちはショッピングを楽しみながら歩きます。
彼は色々な店や屋台でお昼の食べ物や飲み物を買っていきます。
それで、目に付いた美味しそうな果物や可愛らしいお菓子などをティアちゃんと私に買ってくれて、歩きながらだったり、ベンチに座りながらだったりして食べました。
(すごくデートっぽいです!)
そうやって街を歩いていると、彼は色々な人に話しかけられており、それから皆は私を見て立ち去ります。
私は、彼がデートをからかわれてるんだなと思い、すごくこそばゆい気持ちになりました。
彼も照れているのか何も言いません…
(彼って、やっぱりカワイイ!)
しばらく歩いて行くと、私たちは大きな公園に着きました。
そこでみんなと遊び、その後は彼と並んで座り、とても長閑な時間を過ごしました。
ときどきお喋りしましたが、私はドキドキし過ぎて何を話したのかよく覚えていません。
そしてワタワタしてるうちに日が高く昇り、ティアちゃんが哀しそうな顔をしてこちらにやって来ました。
いつもニコニコしているティアちゃんがそんな顔をしているので私は心配になりました。
「どうしたの…?」
「…お腹と背中がくっついた」
「えぇ!?大変じゃない…!」
私は驚いてティアちゃんの身体を調べましたが…特に異常はありません。
お腹は背中にくっつくどころか、子供特有にポッコリ膨らんでいます。
私が1人で慌てていると
「それ、腹が減ったってことだから心配しないでいいですよ」と彼が苦笑して教えてくれました。
なるほど、確かにお腹が空くとそんな気分になるかもしれません。
そう言われると、私も急にお腹が空いてきました。
ティアちゃんが戻ってきて緊張が緩んだからだと思います。
「じゃ、ご飯食べよっか」
彼は来るときに買っていた食べ物を取り出して広げていきます。
色々な物が小さな鞄から次々と出てくることに驚いているうちに準備が整いました。
私は“お礼”をする立場の筈ですが、実際は全部彼に任せっきりになっていることに恥ずかしい気持ちになりながらも「彼って頼れる人だな」なんて思って、また胸が高鳴りました。
のんびりとした食事が終わるとお別れの時間になりました。
彼は「付き合ってくれてありがとう」と言って、袋に詰めたリンゴをくれました。
お礼を言いたいのは私の方です!
とても楽しい時間を過ごせたのですから。
だから私は精一杯感謝を伝えて2人を見送りました…
彼と別れた私はそのまま孤児院に向かいました。
今日は冒険者の仕事はお休みです。だって彼もお休みしたから…ふふふ。
私は孤児院のお手伝いをしながらずっとユーリに今日のことを聞いてもらいました。
「もうその話聞いたよ」と何度も言われましたが、何度も言いたいので仕方ありません。
それは陽が沈み、家に帰る時まで続きました。
私が孤児院を出ると、ユーリが見送りに来てくれました。
「それじゃユーリ、また明日ね…」
「うん。また明日!」
ユーリは私がお裾分けしたたくさんのリンゴの1つを持っていました。
リンゴはユーリの大好物です。
「ねぇ、レイナ。
リンゴの花言葉って知ってる?」
私がバイバイと手を振ろうとすると、ユーリがちょっと意地悪そうに口の端をクイッと上げて言いました。
「リンゴの花言葉は “もっとも美しい人へ” よ」
そう言い残してユーリは孤児院へ戻って行きました。
夜になってテーブルに並べたリンゴを眺めながら私は今日の出来事をぼーっと思い返します。
すると無性に恥ずかしくなって顔が熱くなりました。
胸もキュッとなるほど苦しいのに、口元はニマニマが止まりません。
「はぁぁ〜〜…」
私は大きな溜息をつくとリンゴを1つ持ってベッドで横になりました。
(今日はとっても素敵な1日だったなぁ)
私は彼から貰ったリンゴを大事に抱いて目を閉じるのでした…




