第39話 緊急依頼の翌日 2
大通りを抜け、程なくして俺たちが辿り着いたのは町で一番大きな公園だった。
「よし、じゃティア。キャッチボールしよう」
そう言って、俺は布を固めたようなボールを取り出した。
ティアは「?」って顔をしたので説明してやる。
「ほら、サイプロクスの時に石を投げて戦ってくれたんだろ?
俺、それ知らないから今日はボール投げて遊ぶぞ」
ティアはふむふむと頷いてから
「…かまわん」と言って、俺が渡したボールを手に持った。
なんでもいいけど、なんだその喋り方!?
マイブームか何かなのか?
「まぁ、いいや。じゃ俺に投げてこい」
俺が言うと、ティアはぐるぐる腕を回し、思いっきりボールを足元の地面に叩きつけた。
そしてボールは当然跳ね返り、顔面に当たってティアはひっくり返った。
「…イタイ」
オデコを擦りながら起き上がってボールを拾い、また腕をぐるぐる回し、今度は少し前の地面に叩きつけた。
なんか満足そうな顔をしてるけどヘッタクソだなぁ〜。
「昨日はもっとうまく投げてたじゃないか?どうした?」
「昨日はコレットちゃんが投げてたのよ…」
「マジで!?」
てっきりティアが投げたものだと思っていたので、レイナさんの説明を聞いて驚いた。
そこで俺はコレットにボールを投げ渡してみた。
コレットはそれを上手にキャッチすると、今度は山なりに俺へとボールをきっちり投げ返してきた。
…なんでぬいぐるみの方がうまいんだよ!?
でもちょっと面白かったので、俺は落ちてた棒を拾い、コレットが投げてきたボールを打ち返してみた。
ボールはティアとコレットの頭上を飛んでいく綺麗なセンター返し。
おぉ…スカッとして気持ちいいな!
転がっていったボールは公園で遊んでいた子供が投げ返してくれた。
お礼を言ってコレットに渡すと、コレットが再びボールを投げる。
それを俺が打ち返し、とっても爽快…。
転がったボールは何人かの親切な子供が競うように取り合って投げ返してくれた。
なんかバッティングセンターみたいだな…。
何度か繰り返すと更に興が乗ってきた俺は、もっと盛り上がるような提案をしてみた。
「ティア、3回投げて1回でも俺が打てなかったら、晩御飯の俺のデザートをあげるぞ?」
「…ほんと!?」
思った通りスゴイやる気になった!
「ホントだよ。やれるもんならなやってみな」
俺はそう挑発して棒を構えた。
レイナさんにはキャッチャーの位置についてもらった。
ティアはボールを投げるコレットの後ろで息巻いている。
コレットは振りかぶってボールを勢いよく投げた!
ボールはさっきまでより格段に速かったが、俺はそれを綺麗に打ち返す。
ボールはティアの頭上を悠々と超えていった。
渾身の一球を打たれて悔しがるティアは、跪いて地面を叩く。
物凄く悔しがるティアのその姿は、夏の高校球児もビックリだ…。
そして戻ってきたボールを拾い上げ何か考えていたようだが、やがてボールをコレットに渡した。
コレットは位置につくと、大きく振りかぶって2球目を投げた!
今度はさっきの速い直球ではなく、キャッチボールのような山なりのボールだった。
チェンジアップか!? なかなか賢いじゃないか。
…だが甘い!
俺はきっちりタイミングを合わせて棒を振る。
しかしその瞬間、今まで穏やかだった空気が突然暴れた!
それによってボールの軌道が大きく変わる。
俺は思わぬ事態に慌ててしまったが、それでもなんとか打ち返すことができた。
ボールはまた綺麗な弧を描き、手を前に突き出しているティアとコレットの頭上を飛び越えていった。
風魔法を使って変化球にしたのか!?
そうだった、ここはファンタジー世界なんだった…
面白くなってきたじゃないかと考えながらティアを見ると、なんか泣きそうな顔になってる!?
…マ、マズイッ。
そう思った俺は、勝手に動き出そうとする右手を左手で掴んで抑えつけているように見える行動をとった。
「うぅぅ。鎮まれ俺の右腕よ!
古に刻まれし邪竜の封印が解かれようとしているというのかっ!」
俺は残念な発言を堂々としつつチラッとティアの方を窺うと、ティアはかなり驚いているようで、泣き顔はすでに引っ込んでしまっている。
「うぉぉぉぉ!
だが、神の手の継承者として、忌まわしき邪竜の呪いなどに好きにはさせんぞぉ!」
俺はガバリっと立ち上がり、右手を太陽に翳かざした。
言っている意味は自分でも分からないが、チラッとティアを見ると、ヒーローをみる子供のような瞳でこちらを見ていた。
よしよし。俺は誤魔化しが成功したのを確信した。
次は空振りしてやるかと思いながら棒を拾い上げて顔を上げると、いつの間にやら子供のギャラリーたちが俺を見ていた。
しかもティアと同じような目をして…。
「カッケー!神の手だって!」
「馬っ鹿、ちげーよ!邪竜がスゲーんだよ!」
「封印が解けたらどうなっちゃうの?」
…
……
子供たちが興味津々だったので、俺はそのまま茶番を続けることにした。
「静まれ、童共!
我らは今宵の晩餐を贄とし、己が全ての力を尽くした決闘の最中である。何人たりとも邪魔は許さん!!」
子供ギャラリーは俺の一喝で口を噤んだ。
俺はそれに満足すると、ティアに向けて話しかける。
「さぁ、傀儡の奏者よ!
この神の手を超えると言うのなら、命を燃やしてかかってこい!!」
俺がそう言うと、ティアは俄然やる気になり、ボールを受け取って位置につく。
ギャラリーもザワザワしてる。
ティアは「傀儡の奏者」と嬉しそうに呟くと、ボールを持つコレットを持ちあげるという奇行に走った。
…二つ名が気に入ったのはわかったけど、それはいくらなんでも無茶し過ぎだろぉ。
そしてティアは腕を振り上げ、そのままコレットをボスンッと地面に叩きつけた…。
…
…
一同がポカーンとする中、投げられたコレットはコロコロ転がるとすぐに止まった。
それから徐に起き上がると、コレットはボールを抱えてダッシュで俺に向かって突っ込んできた!!
ティアが雰囲気に呑まれてよくわからないことをしだしたが、取り敢えず俺はそれに付き合うことにした。
コレットは目前まで迫ると、俺目掛けて飛び掛かった。
しかも飛び掛かると同時に魔法を使い、足から風を噴出させ勢いよく俺の腹に頭突きをぶち込んだ!
えぇぇ!なんでぬいぐるみが魔法使ってんの!?
「グハァァァァ!」
俺は叫びながら大袈裟に後ろに吹っ飛んだ。
ぬいぐるみのふわふわボディーのお陰で痛くはないが、かなり驚かされた。
判定はデッドボールで俺の勝ちだが、そんな野暮なことはしない。
「さすがは傀儡の奏者だ。俺の負けだよ。
ご飯のデザートは貴様にくれてやる…」
俺がそう言ってガクリッと崩れると、子供たちの大歓声が巻き起こる。
その後、子供たちに取り囲まれたティアは、みんなと仲良く野球して遊びだしたので、俺は仕方なくレイナさんと一緒にそれを眺めて過ごしたのだった。




