第4話 放浪生活
森を彷徨い続けてひと月が過ぎた…。
最初の一週間はとにかく必死だった。
襲ってくる魔物の対処も大変だけど、なにより普通に生きることが大変だった。
食べ物がない。
水がない。
寝る所がない。
ないない尽くしのなかで、唯一信頼できる1本のナイフに、俺は『アルフ』と名ずけた。
二週間目になると、ほんの少しだけ余裕ができた。
相変わらず魔物は襲ってくるが、レベルが上がり力と魔力が増え、初級の魔法なら数回続けて使えるようになったため以前より楽に対処できるようになった。
食べ物は果物や木の実が中心だったが、硬い木の棒を見つけて以来、それをその辺で拾える木に擦り付けることで起こる摩擦熱で火を起こし、倒した魔物の肉を焼いて食べることもできるようになった。
雨の日以外は魔力の温存のためにこの方法で火を起こす。
水の確保も重要だ。
木や植物に溜まった水を啜り、朝露に濡れた草むらを歩き濡れた服を絞って水を飲む。
寝る時は、洞窟や岩の割れ目や木の洞、枝と葉っぱを組み合わせて自作したスペースで休息をとる。
自分がここまで生命力が強いとは思わなかった。
三週間目を過ぎると、一生森で暮らせる自信がついた。
俺の1日は葉っぱで始まり、葉っぱで終わる。
まず目を覚ますと、葉っぱに乗る朝露で顔を洗い、喉を潤す。
朝食を済ませた頃にやってくるのは朝の生理現象。葉っぱで優しくお尻を撫でる。
その後は森を彷徨い歩く。
静かな森を葉っぱで音楽を奏でて歩く。
ときより鳥や魔物が音に合わせて鳴いていてとても楽しい。
森の天気は変わりやすい。
雨もよく降る。
俺は葉っぱで作った服を着込んでやり過ごす。
襲ってくる魔物は見えた瞬間パッパと片付ける。
午後の食事は焼いた肉を葉っぱにのせて美味しく頂く。デザートに果物もいくつか食べる。
夜になったら寝床を確保。
葉っぱを敷き詰めベッドも作る。
寝転がって月を眺めていると寂しい気持ちになってくる。俺は想いを葉っぱに綴り、それを風に乗せて遠くへ飛ばす。
俺の生活は葉っぱと共にあった。
だって葉っぱがあればなんでもできた。
森での生活の半分は葉っぱでできていた。
すなわち俺の半分も葉っぱかもしれない。
人生に潤いと葉っぱを!
ビヴァ葉っぱ!!ビヴァッパ!ビヴァッパ!
そんな風にヤケクソだった時代を乗り越え、俺は今、見つけた小さな川で休息をとっていた。
腰を下ろし、鞄から肉や果物を取り出す。
その時、謎の卵もいっしょに転がり出て来た。
手に入れた時は、叩き潰したい程憎らしかったけれど、今は苦楽を共に過ごしたこともあって、割と愛着を持っている。
そんなことを考えながら優しく撫でてみると、卵がグラグラ動きだした。
どうしていいかわからないが、とりあえず手で包んで温めるようにして様子を伺う。
卵はやがて動きを止めると、今度は淡く光りだす。
卵は光りと共に次第に大きくなりだした。
慌てて柔らかい土の上に置いて見守ると、どんどん成長し両手で抱えるほどの大きさになってようやく止まった。
大きかった光りも次第に弱まりゆっくりと卵に溶けるように消えていく。光りが完全に消えたかと思うと卵全体に一斉にヒビが入った。
そして崩れるように卵は壊れ、中から出て来たのは両膝を抱えた金の長い髪をした女の子だった。
女の子はゆっくりと目を開けると、そのパッチリした目にはめ込まれた、ルビーのような瞳で俺を見上げてくる。
俺はどうしたらいいかわからない。絶賛大混乱中だ。
卵から女の子が生まれてくるなんて予想外すぎる。
そもそも女の子に見えているけど、卵から生まれてきたということは哺乳類じゃないから、もしかしたら爬虫類なのかもしれない。でもカモノハシは哺乳類だけど卵から生まれるわけで…
違う、違う。落ち着け俺!
生まれて不安なはずの子が俺を見つめている。
言うべきこと、安心させてあげる言葉があるだろう。
俺は目尻を下げ、鼻を膨らませて口角を上げる。爽やかだと思っている笑顔を見せて優しく言葉をかける。
「……安心して下さい。
決して怪しいものではありません。」
…
……
ちょっと間違えたかもしれない。
そもそも森の中を放浪している奴が怪しくないわけがない。
女の子の表情に変化はないが、なんだか胡散臭いものを見るような目をしているように見えてきた。
ここは甘いものでもあげて気を引きたい所だが、あいにくそんなものは持っていない。
焦るあまり持っているものを咄嗟に差し出してみた。
「…葉っぱ、いる?」
…
……
またちょっと間違えたかもしれない。
一応いい葉っぱだったんだけど。
葉っぱマエストロの俺が自信を持ってお勧めできる葉っぱだったんだけれども…。
興味を引くことに失敗した葉っぱをそっとしまう。
今夜じっくり慰めてやるから元気出せよ、葉っぱ…。
ど、どうしよう。
頭とか撫でたらいいのかな?
でも、「汚い手で触んじゃねーよ」とか言われたらどうしよう…。
もしかして葉っぱで拭いてるのバレてるの?
その曇りなき眼には、俺が尻を拭く光景が見えてるとでもいうのかな?
女の子の表情に未だ変化はないが、なんだか胡散臭いものを見るような目から汚いものを見るような目をしているように見えてきた。
俺がいろいろと思い悩みあたふたしていると、女の子は立ち上がり俺に抱きついて来た。
どういうことーーー!?
葉っぱ返せとか言わないよね!?
いきなりの出来事に万歳した状態で固まりながら、女の子を見下ろす。
女の子は、俺の臍のあたりにある頭をグリグリ押しつけてくる。
俺は腕をゆっくり下ろし、恐る恐る女の子の頭を撫でてみた。
すると女の子は顔を上げてニコッと笑った。
屈託のない純真な笑顔を見ると、落ち着いた心を取り戻すことができた。
俺は改めて女の子と向かい合う。
目線が合うようにしゃがんで話しかける。
「俺はセイジ。君は?」
女の子はニコニコしている。
「そっか。生まれたばっかりだもんなー」
女の子はニコニコしている。
「名前はどうしようかな?
え〜っと、それじゃティアとかどうかな?
涙から出来た卵だったみたいだし」
ティアはニコニコしている。
「それじゃティア、これから宜しくな!」
ティアは鼻をホジホジしだした。
どういうことーー!?