第36話 サイプロクス 2
ちょっとしたアクシデントはあったものの、弓矢の性能は申し分ない。
顔面を半分以上吹っ飛ばしたのに、すぐに回復してしまったのはちょっと予想外だったが、矢は貫通してたし、通用しないわけではない。
俺はチラッとレイナさんを見る。
…大丈夫。あんなことはもうないだろう。
顔面血まみれのレイナさんが怖かったが、今はサイプロクスに集中しないと。
「もう1回仕掛けます。
それまで奴の相手をお願いします」
サイプロクスは明らかに俺を警戒している。
矢を叩き込むには、どうにかして隙を作らなければならない。
「わかったわ…」
俺のそんな気持ちが伝わったのか、レイナさんは再びサイプロクスへと接近戦を挑んでいった。
それを見送ると、俺も矢に風を纏わせ攻撃の機会を窺うのだった。
レイナさんが攻撃を仕掛けるのに合わせて亡霊もまた動き出す。
亡霊は先程と同じように黒い玉を放つが、サイプロクスは今度は大槌を振り回したりせず、避けられてしまった。
束縛のないサイプロクスの攻撃は先程までとは比べようもなく速いため、まともに喰らえば怪我では済まないだろう。
しかしレイナさんは細身の剣を巧みに扱い、攻撃の軌道を逸らすことで対処している。
力のサイプロクスに対し、技と速さで迎え撃っている。
サイプロクスの横薙ぎの攻撃には、剣で逸らす、あるいは身を低くして躱し、すぐに起き上がってサイプロクスが振り抜いた攻撃の隙を斬り込み、態勢が戻る前に距離を取る。
縦に振り下ろされた大槌には横っ飛びで転がり避けて、そのまま背後まで回り込んで斬りつける。
繰り返されるヒット−アンド−アウェイで与えた傷はすぐに癒えてしまい、けっして致命傷にはなりえない。
しかしその無数の傷はサイプロクスを確実に苛立たせている。
頭に血が上ってきたサイプロクスは徐々に俺に向けている注意がなくなってきている。
そして今までは片手で振り回していた大槌を両手で持つと、モグラ叩きのように連続した縦の振り下ろしでレイナさんを圧殺しにかかってきた。
防御を考えない完全な攻撃スタイルだ。
大槌を両手で振り上げる姿は俺に対して完全に無防備だが、その振り下ろされた攻撃の破壊力は単純に今までの2倍くらいはありそうだ。
レイナさんもさすがに反撃する余裕は無くなり、距離を空けようとするも、サイプロクスがそれを許さず攻撃の手も止まらない。
それでもレイナさんは跳んだり転がったりしながら避けていたが、ほんの少し掠った所の装備が壊れ、そこから血が流れてしまっている。
俺は弓を構えてジリジリしながら隙を窺う。
そうしているうちにもレイナさんに疲れが見え始め、素早くサイプロクスの背後に回った時に足を縺れさせ態勢を崩してしまった。
サイプロクスはそれを見ると、大槌を横へと振りかぶりフルスイングの体勢に入った。
マズイッ!
俺がそう思った時、山なりに飛んできた小石がサイプロクスの頭にコツンと当たる。
!?
サイプロクスはそれに一瞬気を外らしたが、すぐに薙ぎ払いを繰り出した。
だがその一瞬の隙で全員が動き出していた。
レイナさんの亡霊がサイプロクスの死角から黒い玉を放ち、動きを縛ることに成功する。
レイナさんはサイプロクスのフルスイングがギリギリ当たらない足元へと飛び込んでやり過ごし、ガラ空きになった顔面を下から上へと剣で殴りつけた。
俺は風を纏った矢を持って走り出しており、フルスイングに合わせて、思いっきり高く跳び上がり、サイプロクスの頭上を取っていた。
レイナさんに殴りつけられ上を向いた巨大な1つ目と目が合うと、俺は弓に番えた矢を放つ!
俺の放った矢は、サイプロクスの目から頭を貫き、身体を通って地面に突き刺さる。
その直後、矢に纏っていた魔法の風が勢いよく弾けた。
サイプロクスの内側から巻き起こる暴風が顔を吹き飛ばし、身体を一瞬膨らませたかと思うと臓物を撒き散らしながら弾け飛ぶ。
盛大に飛び散った血肉がボトボトと音を立てて落ち、地面で潰れる…
俺は離れた所にキレイに着地し、首だけで振り返って血を撒き散らして倒れていくサイプロクスを確認した。
もはや自然治癒など出来そうもない残骸だったが、これだけはどうしても言わなければならなかった…
「汚ねぇ花火だぜ…」
サイプロクスの残骸は再生することはなかったが、それでもウニョウニョ動いてキモチ悪かった。
そのキモチ悪い残骸は、やがてウニョウニョと盛り上がり、人のサイズ程の高さになると動きを止めた。
そのキモチ悪い盛り上がった残骸は、重力によってベチョリ…ベチョリ…と音を立てて地に落ちていく。
そしてキモチ悪い音がしなくなると、そこから現れたのは…キモチ悪いレイナさんだった。
って、えぇぇぇぇぇぇぇぇ! レイナさん!?
現れたレイナさんは、血が滴り落ちる肉と脂の塊をその手に持ち、不気味に嗤っていた。
ヒィィィィィ!
ヤバイッ!なんか新しいモンスターが生まれちゃった!?
血まみれのそれは俺を見ると、ベチャ…、ベチャ…、ベチャ…と、ゆっくり此方に向かって歩いてくる。
ヤメテッ!来ナイデッ!!
血を浴び嗤う姿は、まさにスプラッター殺人鬼。
そしてソレはさらに笑みを深くすると、何も言わず手に持っている血肉の塊を差し出してきた。
嫌ァァァァァァ!怖い怖い怖い怖い!
俺は、砕けそうになる足腰をガクガクさせ、イヤイヤと首をブンブン振った。
俺が涙目で必死にイヤイヤをすると、それは首を少し傾げ、それから血肉の塊を自分の腰に吊り下げている袋に入れた。
…どういうこと!?
ハンニバルやぁぁぁぁぁあ!
俺はこのモンス…殺じ…レイナさんの行動にパニクっていたが、やがて「帰るわよ…」と言われたので、ちょっと距離を取って黙って付いて行くのだった。…ティアをギュッと抱っこしながら。
俺たちはこの後、血みどろのレイナさんと町に戻ってギルドに報告し、今回の緊急依頼を達成することができた。
その時レイナさんを見た人々の反応は、まさに阿鼻叫喚…
女子供は泣き叫び、男たちですら漏らしてしまう。
衛兵や冒険者たちが一斉に武器を抜くという騒ぎが起こった程だ。
まぁ色々あったが、こうして平和は取り戻されたわけだが…
この日を境に、アーリアの町には新しい怪物が生まれたという噂が真しやかに囁かれるようになっていた。
その名を……“レイナ・オブ・ザ・デッド”




