第35話 サイプロクス 1
「レイナさん!!」
俺の放った矢がサイプロクスの頭に突き刺さる。
ちょっと距離があったが、風を纏った矢は十分強力だった。
流石にサイプロクスの頭を貫くには至らなかったが。
サイプロクスが不意打ちに戸惑っている間に俺は距離を詰める。
その間も立て続けに普通の矢を放つと、最初の1発が余程効いたのか、サイプロクスは振り上げていた大槌を盾のように持ち直し飛び退いた。
そこへ俺がレイナさんを庇うように間に立ったことで最悪の事態は免れたようだ。
サイプロクスは離れた所で身体に刺さった矢を引き抜いていて、すぐには襲って来なさそうだが、俺はそのまま警戒を崩さずにレイナさんに声をかける。
「レイナさん、大丈夫ですか?」
「うん…。ありがとう…」
レイナさんはしっかり答えてくれたが、その見た目からは想像できないような弱々しい声だったので、俺はちょっと心配になってチラッと背後を振り返る。
身体はあちこち傷付いており、装備も所々損傷してかなり酷い状態だった。
それを見て俺は激しく後悔した。
戦力も把握していないのに、サイプロクスなら大丈夫だと思って離れすぎるのは不味かった。
「遅くなって、すみません」
申し訳ない気持ちで一杯になりながらそう言うと、レイナさんは俯いたまま身体を僅かに震わせて、そしてギュッと剣を握って呟いた。
「さびにしたかった…」
…ん?
…んん?
ちょっと待って…
剣を握って「錆にしたかった」って言わなかった?
…めっちゃ怒ってるじゃん!!??
ヤッベ〜!これマジギレなんですけど!?
いやいや、でもちょっと待って!?
まだ確率は50:50だから!
サイプロクスに怒ってるのかもしれないじゃん!?
だって俺、言われた通りにやったもん!
どう転ぶのか全く予想できなかったので、とりあえず俺は何も言わずに頷くことにした。
言っている内容については肯定も否定もせず、相手自信を肯定するという高等テクニックだ。
熟読したモテるための指南本に書いてたことだが…
…縋れるものには何にでも縋るのが俺のポリシーだ。
するとレイナさんは俺が頷いたのが分かったのか、顔を上げてこちらを向いた。
ちょっとモジモジしているようにも見えるが、これはきっと破壊衝動でも抑え込んでいるんだろう。
だって見上げてくるその眼はいつもよりも眼光が強く、その上なんか物凄く血走っていて真っ赤になってるんだもの…。
ヤベ〜よ、これは相当ブチギレですわ…。
そんな凶悪な姿で何かを言おうとしているレイナさんを見て俺はビクビクするしかなかった。
こういう恐ろしさは戦力云々は全く関係ない、本能レベルで怖いのだ。
ちなみに俺の心の強度は、同じクラスの女子に「え、誰?」って言われたら次の授業はトイレで過ごすようになるレベルの紙装甲だ。
「だから…いっしょに………」
…
……
何だ?一緒に何なんだ!?
俺は恐ろしい想像を次々にしながら、死刑宣告を待つかのような時間を過ごす。
レイナさんが次に口を開いた時、今度はプイっと顔をサイプロクスの方に向けて言う。
「いて……」
…
…いて?
…
…“いて”って何だよ!?
ってか、その前の“いっしょに”もどういうことだよ!?
俺は必死に今の状況と照らし合わせながら言葉の意味を考える。
…
…
…
…
…あっ!
つまり、一緒に戦うから俺はサイプロクスに弓を射ればいいわけか…?
俺はレイナさんの指示を理解した瞬間、心の底から安堵した。
怒ってるのが俺に対してじゃなくてホントに良かった…
だからその矛先が俺に向かないうちに、張り切って返事をする。
「よろこんで〜〜!」
俺たちが話している間に、隠れていたティアが此方に移動して来た。
コレットもその後をトコトコ付いて来る。
ところで、遠目からチラッと見た時、このぬいぐるみがソーラン節を踊ってた様に見えたが何してたんだ?
ティアは立っていられなくなったレイナさんの頭を撫でながら回復魔法を唱えてあげている。
傷がみるみる癒えていき、それを確かめるようにレイナさんは身体を動かす。
「怪我は大丈夫ですか?」
「うん…」
怪我が治っているのを確認すると、俺は座り込んでいるレイナさんに手を差し出した。
レイナさんはぎこちない動きで俺の手を取ると、顔を伏せて身体をプルプルさせる。
そして立ち上がったレイナさんはニタリッと嗤って、またプイッと顔をサイプロクスの方に向けるのだった。
…こ、怖ぇよ!
どんだけ斬り殺したんだよ!?
そうこうしているうちにサイプロクスの方も傷が治ったようで、俺たちを睨みつけながら雄叫びを上げて大槌をブンブン振り回す。
俺たちはお互いを見ながら頷き合うと
「逃げ『では、俺が後方から仕掛けますので、よろしくお願いします』…」
レイナさんも何か言おうとしていたが、まぁ俺と同じようなことだろう。
そしてティアにはまた隠れているように言うと、俺は戦闘態勢に移行した。
レイナさんは「あれ〜?」という変な気合を入れながらサイプロクスへと向かって行った。
召喚師でありながら、やっぱり自分で戦うようだ。
レイナさんが動き出すと、杖を持った亡霊も動き出した。
亡霊が黒い靄を手元に生み出し、それをサイプロクスに向けて送り出す。
サイプロクスは大槌で振り払おうとするが、靄は多少拡散しただけで絡みつくようにサイプロクスの全身を覆った。
するとサイプロクスの動きが目に見えて遅くなった。そしてレイナさんが走り出しサイプロクスと接近戦を始め注意を一身に引きつけてくれた。
それを見て俺も動き出す。
矢を取り出し、人差し指と中指の2本の指で矢をなぞり魔力を籠めていく。
「【ウインドエンチャント】」
風を纏った矢が出来上がり、俺は弓に矢を番え狙いを定める。
サイプロクスは動きが遅いうえ、レイナさんに意識を向けている。
矢は風の力を得て威力も命中率も格段に上がっている。
外すわけがない!
俺は自信を持って矢を飛ばした。
矢は一直線にサイプロクスに向かって飛んで行く。
矢の周りの風が渦巻き加速する。
そして風のアシストを受けて軌道も逸れることなく、矢はサイプロクスの目を貫いた!
そのまま矢は貫通し、纏っていた風はサイプロクスの目に当たると同時に膨れ上がり勢いよく弾けるように四散した。
「ゴギャャャァァァオャャャァァァ!」
サイプロクスの悲鳴が上がる。
風の矢の一撃は、サイプロクスの顔の半分を吹き飛ばしていた。
「やったか!?」
サイプロクスは悲鳴を上げながら、武器を無茶苦茶に振り回し、片方の手で顔をおさえている。
レイナさんは暴れ回るサイプロクスから少し距離をとったところで…って、ヒィィィィィィィィ!
俺はレイナさんを見て顔を引きつらせた。
…弾けたサイプロクスの肉片がレイナさんの顔面に直撃してるぅぅぅぅぅぅぅぅ!
ノリで「やったか」とか言っちゃったけど、ホントにやっちゃってましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!
ど、どうしよ?
わざとじゃないからね。事故だからね?
一応、謝っとく?
いやいや、なんか謝ったらわざとやったみたいに思われそうじゃん?
どうしよ?
血も滴るいい女!とか言ってみる?
…俺の血が滴るわっ!?
ここは…スルーだな。うん。
なんか言われたら謝ろう。うん。
そうこうしている内に、サイプロクスの悲鳴は徐々に呻き声に変わった。
そしてゆっくり顔をおさえていた手をどけると、なんと顔はほとんど元に戻っていた。
顔の外側は修復途中だったようで、まだボコボコと肉が蠢いている。
…自然治癒、マジぱねぇ〜!
憎々しげに此方を睨んでいたサイプロクスだったが、俺たちの驚いている顔に満足したのか、怪我が完全に回復するとニタリと嗤った。
…その嗤い方にはすごく既視感があった。
マジ、怖ぇよ。
なんで皆んなそんな嗤い方するんだよぉ…




