第32話 レイナという少女〜その1〜
私はレイナ。冒険者をやってます。
少し珍しい職をしてますが、いたって普通の女の子です。
突然ですが、私、今いろいろ大ピンチです!
主に精神的にギリギリの状態です。
というのも、私は今お仕事で町の外にいるのですが、いつものように1人というわけではないのです。
私のサポートをしてくれる冒険者と一緒なんです。
しかもそれが、なんと気になっていた彼だったのです!
あ、別に好きとかそういうのじゃありませんよ?
ただ、ルナール草の件やギルド嬢のミサさんの話でどんな人かなって思ってるだけなんです。
ちょっとだけしか“いいな”って思ってませんから。
それはともかく、町の南門で合流した私達は簡単に自己紹介を済ませると、すぐに町を出ることになり、今は森へと続く街道を歩いているところなのです。
天気は快晴で、過ごしやすい気温に爽やかな風が吹いていました。
欲張りを言えば、これがクエストじゃなかったらいいのにな、と思ってしまいます。
でも、そんなことを考えている自分に気付くととても恥ずかしくなりました。
…彼の方は今どんなことを考えているんだろうと気になって、少し意識してしまいます。
ティアちゃんは、歌を唄っています。可愛いです。
だけどそれは私が聞いたことのない歌でした。
一見、ゴブリンがイジメられているだけのような歌詞ですが、これには大切な教えが込められているのでしょう。童謡ってそういうものですから。
私はゴブリンに自己投影をしてしまった部分もあったので、すぐに気付くことが出来ました。
おそらくこれは、ゴブリンのような嫌われ者でも「暴力に走ってはいけませんよ」「暴力は誰の為にもなりませんよ」という教えなのでしょう。
私もちょっぴり反省です…。
そんな長閑とも言える雰囲気の中、私は何度も彼に話しかけようとしました…。
趣味とか、好きな食べ物とか、休日の過ごし方とか…聞きたいことは沢山あります。
出来れば、年収や理想の家庭のイメージなども知りたいです。
だから、頑張って話しかけようとはしたんですが…、その度に風が吹いたり、髪型が気になったり、小鳥が鳴いたりしたので、結局なにも話せないまま森に着いてしまいました。
森に入ると浮かれた気持ちのままではいられません。
彼と一緒に行動できるのは嬉しいですが、あくまでも討伐のクエストを受けているのは私です。
それに、なんと言っても私の方がランクが高いのですから、しっかりしないといけません。
しばらく森を進むと、私たちは他のモンスターと争っているサイプロクスを見つけました。
サイプロクスは私の身長の倍はあり、腕や脚は丸太のように太く、その手には巨大な木の槌を持った1つ目のモンスターでした。
私は目の前で暴れ回る屈強なモンスターに怯んでしまいました。
流石はBランク級のクエストです。
私に出来るのは時間稼ぎくらいのもので、討伐となると勝算は極めて低いと判断します。
私1人だったら、すぐに逃げていたでしょう。
やがて群がっていたモンスターは全て倒され、そこに立っていたのはサイプロクスだけでした。
私は迷いました。
気持ち的にはすぐにでも逃げ出したい。
だけど、私が踏ん張らなければ町が危険に晒されるかもしれません。
町にはユーリや孤児院の子達がいるんです。
たとえ倒せなくても後続の冒険者が来るまでの足止めは必要でしょう。
私は隣にいる彼を盗み見ました。
彼には怯えた様子など一切なく、ジッとサイプロクスを観察していました。
そして驚いたことに、ティアちゃんでさえ平然としているのです。
彼は不思議な人です。何か勝算があるのでしょう。
私が考えていると、フッと彼の目が私へと向きました。
でもそれだけです。彼は何も言いません。
私は彼の目をチラリと見ます。
すると不思議と全身に勇気が戻ってきました。
彼が私を見ていると思うだけで、弱気な自分がいなくなります。
…。
…私は闘う決心をしました。
今の私は1人じゃない。
一緒に戦ってくれる人がいる。
彼と一緒なら怖くはありません!
私は立ち上がりました。
そうしないと彼も動けませんから。
そして召喚術を使い、戦闘準備を整えます。
私はもう一度、彼の目を見ます。
今度は盗み見るのではなく、まっすぐと。
すると彼も私を見たので、目が合いました。
その目から彼も私と同じ気持ちだということが不思議とわかりました。
彼の真剣な表情に、私はそんな場合ではないのは分かっていますがドキドキしてしまい、目を逸らしてしまいます。
でも彼はしっかりと頷いてくれました。
私は嬉しくて涙が出そうになります。
そして彼は…。
そして彼は…走って何処かに行ってしまいました。
私とティアちゃんを残したままで…
…
………
……………
…………………
………………………
ジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ザスッ!?
(ちょっと、どういうこと〜!?
えっ?えっ?え〜〜っ!?
ちょっと、どういうこと〜!?)
全私が震撼した、先の読めない超展開!!
私はほとんどパニック状態です。
しかし泣き言を言ってる時間はありませんでした。
既にサイプロクスは狙いを私にロックオンしています。
ギョロギョロした大きな目玉が一層見開かれると、奇声を上げて此方へと突進してきた!
私の方こそ叫びたい気持ちでしたが、とにかく急いで応戦します。
「ロメオ、カイ、お願い…!」
私の求めに応じて、大楯を持ったカイがサイプロクスの進路上に立ちはだかり、その突進を受け止める。
そしてカイの背後からは、大剣を持ったロメオが進路を阻まれて体勢を崩した敵を斬りつけた!
突進してくる敵への必勝戦法だ。
ロメオの斬撃がサイプロクスの肩から横腹にかけて深い傷を与える。
序盤で大ダメージを与えられたことは大きなアドバンテージです。
これで闘いが少しは楽になる筈。
私はこの勢いで畳み掛けるべく指示を出します。
「ドンドンいくよ…!」
私の隣にに控えていたブリサが魔法を放つ。
魔法はカイたちに気を取られているサイプロクスに命中。
すると途端にサイプロクスの動きが目に見えて遅くなった。
これは重力魔法【グラビティバインド】。
その名の通り、重力に影響を与え対象に見えない鎖を施す魔法です。
サイプロクスは重力魔法に加え、前衛2人の攻撃に抑え込まれようとしています。
ここで私が加勢すれば押し切れるかもしれない。
そう思い一歩踏み出したところで、剛腕が横薙ぎに振るわれ、カイとロメオの2人が同時に吹き飛ばされた。
背筋に嫌な汗が流れヒヤリとします。
流石にそう簡単にはいきませんか…。
振り回した腕を元に戻し、サイプロクスはどうだと言わんばかりに天に向かって大きく吠えた。
そこには与えた筈の傷はなく、ダメージが全くないような姿でした。
そこで私は遅まきながら気付きます。
「これは、自然治癒…」
吹き飛ばされたカイとロメオは、何事もなかったかのように戦線に復帰します。
召喚術で作られた彼らは魔力の塊です。
魔石を破壊されるか、魔力が吹き飛ぶような攻撃をされない限り消えたりしません。
これで振り出しに戻りました。
サイプロクスはさっきの再現のように再び突進を仕掛けてきます。
それをカイとロメオの2人が同じ戦法で受け止める。
私は消耗されていく魔力を2人に送り込みます。
サイプロクスは持ち前の怪力を振るって2度、3度と突進を続け、4度目のときに遂に壁が破られてしまいました。
カイが進路を妨げサイプロクスの体勢を崩し、そこにロメオが斬りかかろうとした時、サイプロクスが強引に体を捻り、飛び込むロメオに槌を振り上げたのです。
ロメオは避けることができず、魔石を砕かれ消えていきました。
「やめて…!!」
私は思わず叫んでいました。
態勢を立て直したサイプロクスは砕いた魔石をさらに足で踏み潰し、ニタニタとした嫌らしい顔を見せています。
(…許さない。…絶対に許さない。
その魔石は小金貨2枚もするんだからね!!)
魔石は高いのです…
私は懐からさっきよりもひと周り程小さい魔石を取り出すと、それに魔力を込めていきます。
すると再びロメオが姿を現しました。
(第2ラウンドね…)




