第31話 緊急依頼
♪ある日〜 森のなか〜♪
ティアが元気よく歌っている。
俺が適当にアレンジして教えたものだ。
ゴブリンに 出会った〜♪
今日も森に行けるのが嬉しいようだ。
血の舞う修羅のみち〜♪
ゴブリンに出逢った〜♪
俺たちは今、町の外を歩いている。
ゴブリンの 言うことにゃ♪
緊急依頼のサイプロクス討伐のためだ。
おじょおさん おやめなさい♪
俺はサポート兼荷物持ちとして来ているのだが、はっきり言ってすごく居心地が悪い。
振り上げた その手は〜♪
誰のためですか〜♪
門を出たばかりだが、もう帰りたい。
あらゴブリン やかましい♪
同行者のレイナさんは、相変わらず無表情で拒絶オーラを振り撒いているし、俺が気にくわないのか、たびたび睨みつけてくる。
あなたの レクイエム♪
パーティープレイが苦手なのは認めるが、ここまで気まずいのは初めてだ…。
ららら ららららら〜♪
俺はただ、一刻も早くこのカオスから抜け出したいと願うばかりだった。
ららら ららららら〜♪
◇◆◇◆◇
俺たちはサイプロクスを探しながら黙々と森を進む。
森に入ってからはティアも唄うことをやめており、レイナさんも相変わらず何も喋らないため、俺たちの行軍はとても静かなものだった。
そして森は聞いてた通りモンスターが少ないようで、レイナさんがたまに無表情で睨みつけてくる他は何も起こらず、すごく順調だ。
当初の目的だったパーティープレイの練習のことは既に諦めている。
今回のは特殊過ぎる…。
ちょっとSMプレイみたいだなって思ったけど…
…違うんだ!
俺は普通のパーティープレイがしたいんだよ!!
そんな事を考えていたら、またレイナさんに睨まれてしまった…。
っというか、俺はいったいどうすればいいんだろう?
荷物持ちの筈なのに荷物も持たせてもらえず、サポートをしようにも打ち合わせも何もしていない…。
それに何より微妙に距離を取られているのが地味に悲しい。
まぁ、なんだかよく分からないけど、こうなったら自分なりに行動するしかないのかな…。
そうして俺たちがしばらく歩いて行くと、サイプロクスの目撃情報があった場所に辿り着く。
そこには、へし折られ倒された木や、何かで殴りつけたような痕が残る木があちこちにあった。
このようなことが出来るモンスターはこの辺りにはいない。
サイプロクスの仕業だろう。
へし折られた木の倒れ方から、サイプロクスは東の方に向かったと判断する。
俺たちが痕跡を辿って進んで行くと、先の方で複数のモンスターの咆哮と重く鈍い衝撃音が聞こえた。
その音の方へ慎重に向かうと、木々の隙間からモンスター達が争う光景が見えてきた。
…縄張り争いか?
俺たちは身を屈め、隠れながら様子を窺うと、木々が薙ぎ倒されたその中心に巨大な1つ目のモンスターが立っており、複数のウルフやゴブリン、昆虫のモンスターに取り囲まれて攻撃されているところだった。
しかしその巨大な1つ目のモンスター“サイプロクス”は、手に持つ大槌で飛びかかってくるモンスターを次から次へと蹴散らしていく。
辺りには殴り飛ばされたモンスターが大量に倒れており、その中にはオークなどの大きめのモンスターも混じっていた。
俺たちがそのまま様子を見ていると、やがてそこにはサイプロクス以外に動くものがなくなった。
サイプロクスは数の差など物ともせず、圧倒的な力によって群がったモンスター達を捩じ伏せたのだ。
ちょっと凄いものを見て「おぉ〜」となったが、倒すなら今がチャンスだ!
ゲーム通りなら普通にやっても倒せる相手だが、戦闘直後の疲れた時を狙えるならそれに越したことがないのでラッキーだ。
俺はどうするのか?と問うようにしてレイナさんを見る。
レイナさんは、確実に頭を吹き飛ばす凄腕のスナイパーのような目つきでサイプロクスを睨みつけていた。
俺自身はすぐにでも交戦したかったが、レイナさんには何か考えがあるようで、動き出そうとはしなかった。
彼女の思惑は俺には分からなかったが、その血走った殺人鬼のような眼は、“殺戮”ということに関してはどこか頼もしさすら感じさせるものだったので、俺は口を挟まず指示を待った。
それでもレイナさんは口を開かないので、俺は視線を戻しサイプロクスの観察に戻る。
すると観察をするうちにある違和感を覚えた。
それは、サイプロクスは少し疲労したように見えるもののダメージを負っている様子が全くないことだ。
だが、先程の戦闘で噛み付かれていたのを俺は見ている。
ダメージが無いはずはない。そう思い、俺は目を凝らす。
そして…見つけた!ダメージは確かにあった。
でもついさっき無くなった…。
…
…へぇ、あれが自然治癒か。
【自然治癒】
ゲームでのモンスター情報によれば、ダメージを負っても徐々に回復するスキルだ。
…そう“徐々に”だ。
このスキルでの回復は本当に微々たるもので、普通のプレイヤーにとっては誤差みたいな扱いだった。
しかし、このサイプロクスの自然治癒は誤差では決して片ずけられないものだった。
これがこの世界のリアルか…。
その間にもサイプロクスの傷はどんどん癒えていく。
やはり飛び出して攻撃を仕掛けるべきだった。
俺が後悔しながら見ているうちに、やがて傷はすべて治ってしまった。
そこでようやくレイナさんが動いた。
まるで“この時を待っていた”というような不敵な表情をして…。
…まさか、傷が治るのを待ってたのか!?
無茶苦茶だ!倒せる時に倒すのがセオリーだろっ!?
俺が、信じられないものを目の当たりにし驚く中、レイナさんは立ち上がり懐から3つの大きな宝石を取り出した。
…あれは魔石か?
サイプロクスがこちらに気付き、敵意を向ける。
それに構わず、レイナさんは魔石に魔力を込めていく。
すると、魔石を中心に黒い靄のような、ドロドロした何かが湧き出したかと思うと、それは人の姿を模り亡霊となった。
現れた3体の亡霊はそれぞれ両手剣、片手剣と大楯、杖を持っていた。
…これが魂を使役する召喚師。
そしてレイナさん自身も細身の剣を取り出した。
俺が息を呑んで見ていると、いつのまにか現れた小さな猿や栗鼠のような魔物が、レイナさんとサイプロクスの双方に枝などを投げるなどの攻撃を始めた。
これは今から闘おうとするレイナさんの邪魔になる。
レイナさんは未だ俺に指示を出さない。
自分の判断で動くしかないだろう。
そう考えていると、レイナさんは俺をチラリと見て、何も言わずただ顎を少し動かしてみせた。
…行けってことかな?
俺は頷くと、ティアにここで待機するように指示を出す。
そして自分の仕事をするために俺は駆け出した。




