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第3話 ゴブリン戦

婆ちゃんの皮を被ったゴブリンは俺を舐めるように見ると、涎を垂らしながらニタリと笑うように牙を剥く。


その醜悪な顔は婆ちゃんに勝るとも劣らない。

そしてこちらを窺う血走った眼はとても野生的で、鋭い牙を剥き出しにした口には赤黒い血のようなものがべっとりと付いている。

俺は恐怖から動くことが全くできなかった。

パニックになって大声を出すという慎重さを欠いた行動をした自分を呪いたい。


そいつは狩を愉しむように俺の周りをゆっくりと歩きはじめた。

しかし2周3周してもそいつが襲いかかって来る様子がない。

なんだかこいつは俺のことを危険とは思っていないが、食べられるかどうかわからず迷っているみたいだ…。なんかそんな気がする。

あるいは同族とでも思ったのかもしれない。なんたって婆ちゃんの孫だからね。


でもそのおかげで徐々に冷静さを取り戻せた。

この場を切り抜けるために隙を窺う。


相手に警戒されないようにしながらも、いつでも動き出せるよう全身を緊張させる。


短い時間がとても長く感じ、汗が全身から吹き出る。

すると突如遠くの方で甲高いなにかの鳴き声がした。

魔物がそちらに注意を向けた瞬間俺は動き出す。


ナイフを素早く引き抜くと魔物の右脚の付け根に刃を突き刺した。

そして引き抜くと同時に俺は魔物を背にして全力で走って逃げだした。




ゴブリンは悲鳴をあげると、

獣のような姿勢になって追いかけてくる。


脚が傷付いているにも拘らず2本の腕と残った脚で地を蹴って走るスピードは俺より速い。

そして徐々に俺との距離を詰めてくる。


俺は必死に逃げる中で自分の身体の変化に気づいた。

軽く動いた時には分からなかったが、俺の体は考えた通りにスムーズに動いてくれる。

もちろん有り得ない向きに腕を動かしたりなどは出来ないが、ゲームのキャラクターで動くのと同じ感覚で身体を動かせる。


レベルは上限、装備も充実し高位の魔法も使えたときと比べるとかなり酷い状態ではあるが、この身体だったらやれる気がする。経験と知識はそのままだから。


ゴブリンはどんどん俺との距離を詰め、手の届くまでに追い付くと大きく口を開けて飛びかかって来た。


その瞬間、俺は身を捻り身体をずらすことで回避する。そしてすれ違いざまに身を捻った力を利用してゴブリンの横腹にナイフをすべらすように切りつけた。


しかし切りつけられたゴブリンは直ぐに態勢を立て直し再び襲いかかってくる。


ナイフで付けられた傷は浅く、致命傷には至らなかった。

思う通りに身体を動かせても力が足りていなかったようだ。


ゴブリンは我武者羅に腕を振るってくる。

ゲームであればたとえレベルが低くても簡単に倒すことは出来ただろう。

でもこれはゲームじゃなかった。


向けられる殺意に身がすくむ。

攻撃とともに発せられるおぞましい雄叫びに背筋が凍る。

血や汗や腐ったような強烈な悪臭にゾッとする。

それらすべてが恐怖として押し寄せる。


俺は恐怖に耐えながら、防御を捨てたゴブリンの攻撃を何度も躱し、ナイフで小さなダメージを与えていく。


怖さに震えながらも積み重ねて来た経験が辛うじてゴブリンの動きについていく。

何百何千の敗北からもぎ取った、どんなモンスターにも負けない、鍛え続けてきた力が命を繋ぐ。


振り下ろされる理不尽に俺は転がり回避する。

歯を剥き出して迫り来る死にはナイフを突き出し受け流す。

それでも徐々に小さな傷が増えていくにつれ、必死に抑え込んでいた恐怖がゆっくりと首を絞めつけるようにこみ上がる。


次第に、戦いながら俺の頭に浮かび上がってくるのは「なんで?」という言葉。

・・・なんでこんな世界に放り込まれたんだ?

・・・なんでこんな目にあっているんだ?


俺はナイフを持つ手に力を込める。

1度避ける度に2度3度攻撃を仕掛ける。


攻撃の手を緩めることなく、「なんで」「なんで」と考えながら憤る。

俺はこの理不尽や恐怖などがぐちゃぐちゃに混ざりあった感情を、言葉にならない叫び声をゴブリンにぶつけながらナイフを振るう。


クソッ! クソッ!

なんで・・・?なんで・・・?


数えきれない「なんで」という疑問。

その最後に出て来た疑問によって俺は、はたと考える。

「・・・なんで俺は怒ってるんだ?」

俺はこの世界を見たときに歓喜していたはずだ。

そしてこの世界に来れたことに感謝していたはずだ。

それを思い出した瞬間、すべての「なんで」がどうでもよくなった・・・




ゴブリンは決着を着けようと、さらに果敢に飛びついてくる。

それに合わせて俺も踏み出す。


俺の動きには、もう迷いはすっかり消えていた。

…死んだらどうなってしまうのか

…元の世界には戻れるのか

そういった不安はいくつもあるが、それでもこの新しい世界がすごく眩しい!

これから始まる冒険に命ひとつのベットで済むならゲーマーなら躊躇うはずがない!

そう覚悟決まると、口の端が上がるくらいの余裕ができた。


俺はゴブリンの攻撃を躱すたびに冷静になり、ナイフで切りつけるたびに思考を加速させる。


そしてさらに何度か繰り返された攻防の末、ついにゴブリンが疲れによる隙を見せた。

俺はその一瞬の隙をつき、全体重を乗せた渾身の力でナイフをゴブリンの胸に突き刺した。


ゴブリンは弱々しく爪を振り下ろし、俺の腹をわずかに傷つけると地面に倒れ息絶えた。


「生き延びた…」


安心した途端、疲れがドッと押し寄せる。

俺は荒い息を整えるために座り込む。


達成感と喜びに体が震えている。

ゲームの時とは違った嬉しさだ。


俺が勝利の余韻に浸っていると、身体のまわりがぼんやりと光りだした。そしてその光が消えたかと思うと、力と不思議な温もりのようなものが全身に漲った。


「これは…レベルアップか?」


自身の能力が昇華されていく感覚。

さっきまでなかった力を得た実感。


俺はその不思議な温もりを思い出しながら、広げた手のひらに意識を集中してみた。

すると手がぼんやりと光りだす。

その手を傷ついた腹に当て、最下級魔法を唱える。


「…ヒール!」


手の光りは失われ、軽い脱力感に襲われた。

しかし腹の傷は跡形もなく綺麗に治っていた。







この後の数日で、何度も魔物と遭遇し戦うことになった。

でもこのゴブリンとの一戦ほど苦戦することはなかったといえる。


ゴブリンとの一戦は俺がこの世界との関わり方を決意するうえでとても重要なものだったようだ。

そのことに思い至った俺は、そっと感謝の言葉をゴブリンに贈る。


「ありがとう、婆ちゃん」



一応、魔物はモンスターの括りです。

魔物=モンスターで大丈夫です。

後々書き直すかもしれませんが、今は気分や語呂とかで使い分けてる程度なので気にしないでくださいw


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