第27話 荷物持ち
俺たちは今日も元気に社長出勤。
でも今日は考えあってこの時間だ。
いつものチキンとは訳が違う。
俺は今日、荷物持ちというクエストに着手しようと考えている。
冒険者の勉強と言う意味でも、いずれ訪れるであろう俺の輝かしいパーティープレイの練習と言う意味でも損はないはずだからだ。
この荷物持ちのクエストの募集の多くは朝のラッシュが終わる頃から貼り出され、クエストを受ければ依頼した冒険者と打ち合わせをしてから行動を開始する形になっている。
とりあえず俺は今日の内に終わらせてしまえるような簡単なものを受けようと思っており、できれば優しそうな冒険者を選びたかったので、こうしてクエストが貼り出される時間に来ていた訳だが…
俺はギルドの前で腕を組み、微動だにせず立ち続けてそろそろ1時間が過ぎようとしていた。
…ヤバイ。
他人と行動を共にするって考えたら気持ち悪くなって動けなくなってしまった。
道行く人には邪魔そうにされ、ギルドから出入りする冒険者にも邪魔そうにされる。
…うん、だって邪魔だもんね。
ティアは退屈になったようで、俺によじ登って肩車された状態になっており、コレットも俺によじ登り顔面に張り付いている。
…。
俺は頭が重くなり、目の前も真っ暗になるほど頑張ったので、今日はそろそろ帰ろうかな〜と思っていると、なんだかギルドの中が騒がしくなりだした。
何だろう?と不思議に思い、しばらく外から様子を窺う。
そして慌ただしさがひと段落したところで、クエスト云々は別にして、気になったので俺はギルドの中にコソコソっと入っていった。
ギルド内では職員がパタパタと忙しそうに走り、冒険者はいくつかのグループで集まり話し合っている状態だった。
そしてクエストボードにはデカデカと【緊急】の文字と共に貼り出されたクエストがあった。
俺はクエストボードに近付き、その緊急と書かれた依頼に目を通すと
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【緊急クエスト】
〜急募〜
ランク:C以上
依頼:サイプロクス討伐
報酬:※※※※※※
ランク:D以上
依頼:サポート、荷物持ち
報酬:※※※※※※
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
という内容だった。
俺がボケ〜っとボードを眺めていると、眼鏡をかけた知的なギルド嬢のお姉さんが俺に協力の要請にやって来た。
冒険者になってまだ2週間そこそこの俺に要請する程切羽詰まっているようだ。
俺は少し考えた後、了承の意思を示した。
もともと荷物持ちのクエストを受けようとしていた俺にとっても渡りに船だったからだ。
自分から行動を起こすには多量のエネルギーを要するが、頷くだけなら随分ハードルが下がる。
そして俺は詳しく依頼内容を聞くことにした。
「ありがとうございます。
依頼内容は、先程申しました通りレイナさんという、Cランク冒険者のサポート及び荷物持ちになります。
普段は森の奥にいるサイプロクスが、なんらかの原因で町のすぐ近くに現れたという報告があり、このたび緊急クエストとさせてもらいました」
なるほど、なるほど。なんらかの原因ねぇ〜。
「ギルドとしては、2週間ほど前から起きているモンスターの数の減少と関わりがあるものと考えておりますが、はっきりとしたことは分かっておりません」
ふむ、ふむ。2週間ほど前ねぇ〜。
…俺はなにも知らない。うん。
憶測だけで物事を悪い方に考えるのは良くないと思う。
だから、なにも知らない俺はこう言った。
「…わかりました。市民の皆さんも不安に思っていることでしょう。
微力ながら、精一杯お手伝いさせて頂きます」(キリッ
「セイさん…。ありがとうございます!」
ギルド嬢のお姉さんは、ほんのり頬を上気させて俺を見ている。
少しドキドキしてしまった俺はさらに続ける。
「いえ、それが本来、冒険者のあるべき姿だと信じてますから」(キリッ
「はい!私もそう思います!」
ギルド嬢のお姉さんは、キラキラした瞳で俺を見ていた。
俺は、なにもやましい事はなかったが、目にゴミが入ったような気がしなくもないので、そっと目を逸らした。
「それでは、申し訳ありませんが、すぐに準備しギルドに戻って来てください。
あ、やっぱり準備後、南門で待っていてもらえませんか?そちらの方が手間が省けると思いますので。
レイナさんには私から伝えておきますので」
そしてギルドから出た俺たちは、新たに準備する程の物も特にないので、そのまますぐに南門へと向かった。
その時、ティアはどうしようかな?留守番させてた方がいいかな?などを思い、ニコニコして歩いているティアをチラッと見る。
けれどこれから先もティアと冒険するのだから一緒の方がいいだろうと考え直し、俺は特に何も言わないことにした。
もし文句を言われたら…その時はその時だ。
俺たちが南門で緊張しながら待っていると、後ろから女性に声をかけられた。
「貴方が冒険者のセイさんですか…?」
俺は声に答えて「はい」と言って振り向いた。
そこには…アイスピックで突き刺すような冷たい視線を俺に向け、全てを拒絶する雰囲気を纏った青い髪の女性が無表情で立っていた。…召喚師。
レイナってこの人かぁ…。
うぅっ…視線で胃に穴が開きそう。
「私はレイナ…」
レイナさんは、まるで虫に挨拶するかのような眼をして名前を言った。
それからさらに言葉を続ける。
「足を引っ張らないでね…」
あ"ぁ"ぁ"ぁ"〜、俺のバカッ!
あんなカッコつけなきゃ、キャンセルしたのに!!
内心では激しく後悔するが、持ち前の営業スマイルと腰の低さで相手の挑発をサラリと躱す。
これが日本の格差社会で生き抜くための処世術だ!
「…はい、頑張ります。
………それじゃ荷物を持ちしましょうか?」
俺はさっそく自分の仕事をする為に手を差し出した。
「近寄らないで…」
しかしレイナさんは、まるでゴミでも見るかのような眼をして拒絶する。
「あと、私は召喚師だけど…」
“だけど…”何だろう?
俺に【雑用】だと言わせたいのだろうか?ギルドで聞けばすぐに分かる情報だ。
言外に邪魔だと言っているのかも…。
悲しくなったが、余計なことは言わず、簡潔に答える。
これが日本のストレス社会で自然と身に付いたスルー能力だ!
「…はい。知ってます」
俺がそう言うと、レイナさんは鼻で嗤い、何も言わずに門の方へと歩いて行った。
俺は気付かれないようにそっと溜め息をつくと、渋々その後をついて行くのだった。




