第26話 お稽古
「ソイヤッ!」 ビュッ…
「…たぁ〜」
「ソイヤッ!」 ビュッ…
「…たぁ〜」
閑散とした森の中。
俺は買ったばかりの剣を持って素振りをしていた。
その横ではティアが俺の素振りに合わせて、小さなクリームパンみたいな拳を突き出している。
「ソイヤッ!」 ビュッ…
「…たぁ〜」
左右に足を開き、少し腰を落として交互に繰り出すティアのパンチは、なかなか様になっている。
「いいぞ、ティア! その調子だ。
内股を狙い、抉り込むようにして打つべし!」
「…たぁ〜」
「打つべし!」
「…たぁ〜」
「打つべし!」
「…たぁ〜」
どこかで聞き齧っただけの適当なアドバイスをしながら、俺も掛け声と同時に剣を振る。
武器屋から出た俺達は、そのまま町の門を潜り抜け森の中までやって来ていた。
森の中と言ってもアーリアの町からそれ程離れていない所で、木がほどよく生えておらず、剣を振るのに丁度良い開けた場所だ。
そこで新しい剣の扱い具合を試しているのだ。
とは言っても、ゲームの戦闘ならともかく、本格的な剣も剣術も全く分からない俺は、ただ新しいオモチャが嬉しくて振り回している子供みたいなもんなんだけどね。
それでも、やらないよりはイイだろうと思ってこうして俺なりに一生懸命ブンブンしているのだ。
しばらく素振りをし、剣を振る度に汗が飛んで地面をポツポツと濡らしだしたので、休憩しようと思い、隣でたぁ〜たぁ〜言っているティアを見てみると…
なんか小鳥やリスみたいな小動物に囲まれ、交互に突き出されるティアの拳には綺麗な葵い蝶々が止まったり離れたりを繰り返す、なんとも幻想的な光景が広がっていた。
「ふぅ…。
そろそろお弁当にしよっか」
「…うん!」
ティアがニコッと笑って俺に飛びつくと、それまでティアの周りにいた動物や蝶々が俺を避けるようにして一斉に森へと帰って行った。
…なんか傷付くわ〜
俺たちは一番大きな木の下の芝生の絨毯に腰を下ろし、鞄から買っておいたお弁当を取り出してのんびり食べる。
でっかいパンになんかよく分からない肉を詰め込んだ
ボリューム満点のご飯に俺の胃袋は大満足だ。
食べ終えた俺は果汁を混ぜた水をまったり飲みつつ、ティアの分も注いであげる。
ティアはほっぺを膨らませて一生懸命食べているようだが、まだ半分くらい残っていた。
まぁ、心配しなくてもペロリと全部食べるだろうから俺は寝転がって日向ぼっこして穏やかなひと時を過ごした。
「さて、もうちょっと頑張るか」
昼食後、俺は再び剣を振るう。
最初はビュッとした音がしていたが、今はシュッとした音になって、心なしかキレが良くなってきている気がする。
俺は自分の成長にニヤニヤしつつも練習していた。
ティアはもうパンチはしておらず、コレットと一緒に踊って遊んでいる。
しかしコレットの踊りはティアのような可愛いらしいお遊戯みたいなもんじゃなく、足を上にあげて寝転がりグルグル回る、所謂ウィンドミルって言う技を繰り出している…凄くキレキレのダンスだ。
俺の素振りより軽く10倍はキレていやがる。
たまに微妙にむかつくウサギだけれど、愛嬌もあって憎めない奴だ。
ドヤ顔でチラチラこっちを見てくるのはホントにむかつくけれども…。
「でも、まぁ、ティアはパンチとかするより、こうして踊ったりしている方が俺は好きだな」
俺がそんなことを言うと、ティアは考えるような表情をし、急に下手な盆踊りみたいなことをし始めた。
なんか変なお嬢ちゃんが現れた…。
けれどティアは納得いかなかったのか、首をコクリと傾げると、今度は修理が終わったブレイクダンスみたいな動きをして…すぐに止まった。故障だろうか?
そして俺の袖を掴んでチョンチョン引っ張ると
「…教えて?」と困ったような顔で言ってきた。
「ん?ダンスか?
さっきの“変なお嬢ちゃん踊り”面白かったぞ?」
俺が褒めると、ティアはてへぇ〜っと照れたようにはにかんだ。
…今度、だっふんだ!も教えてあげよう。
しかし、しばらくニコニコしていたティアはハッとした顔になると、また俺の袖をチョンチョン引っ張る。
…ん〜、どうしよっかな?
ティアは俺が教えてくれることを疑っていない。
だってコレットがやっているダンスを教えたのは勿論俺だからだ。
でも、知ってるからと言って出来るとは限らない。
実際まったく出来ないしなw
それで、出来ない事はぬいぐるみなら兎も角、ティアに教える事は出来ないわけで…。
俺が悩んでいる間も、ティアは俺の袖を握って期待の目をして俺を見上げてくる。
「よ、よし。
じゃ、ちょっと特殊なダンスだけど、それでもいいか?」
俺が尋ねると、ティアはコクコクと2度3度首を縦に振る。
「そうか…。
でもな、これはダンスであってダンスじゃない。
これは…そう、これは祈りだ!
だから妥協が一切許されないものになるだろう。それでもやるか?」
俺の真剣さが伝わったのか、ティアは軍人のようにピシッとした姿勢になってコクリと頷いた。
ティアの覚悟をしかと確認した俺も大きく頷く。
「分かった。
それじゃ、今から踊ってみせるからよ〜く見ていろよ」
俺は俺が唯一出来るダンスを披露する為、静かに集中力を高めていく。
目を閉じ、深く息を吸って、ゆっくりと吐き出しながら目を開ける。
「では、いきます。
我が神に捧げる踊り……“オタ芸”」
「ハァ…ハァ…ハァ…」
「…」
「ハァ…ハァ…ハァ…」
ちょっとテンション上がってロマンスをやり過ぎてしまったぜ。へへへ。
「…」
「ハァ…ハァ…ハァ…」
俺は激しく乱れる呼吸と魂のせいで言葉が出ない。
だから「どうだ!」とティアに目で問いかける。
多少ギラギラした目になってしまったが…
「…か」
しかし、ティアの感想の言葉は……“か”?
“か”って何だ?
ははぁ~ん、さてはカッコよすぎたちゃったかな!?
「ハァ…ハァ…ハァ…」
凄まじいパフォーマンスンが終わり、空気が緊張から感動へと変わる一瞬を俺は確かに感じた・・・。
さぁ、思う存分称賛するがいい!その準備は既にできているのだから!
だからティアは少し震わせながら言葉を発した・・・
「…帰る」
そう言って後ずさるティアを見た俺の感想は勿論…
「だっふんだ!」




