第21話 アーリアの宿屋
3度目ともなると、さすがに俺もわかったことがある。
その化け物みたいな筋肉は…?
その変態みたいな青ヒゲは…?
…なんだかよくわからいが、そいつは人間だってことだ!
二足歩行して喋ったから間違いない。
だからその化け物を前にしても、俺は少なからず理性を保てている。
蛇に睨まれた猿くらいには成長している。
俺はその化け物を刺激することなく撤退の選択をする。
しかし、あろうことかティアがズンズン店の奥に歩いていく。
俺は店を出ることも、ティアを止めるため踏み入ることもできず、ただ立っているという最悪の行動を取ってしまった。
その判断の遅れは、化け物が俺たちを見つけるのに十分な時間だった。
化け物は俺たちに気がつくと、頬に手をあて少し首を傾けるという必殺のポーズを取った。
「いっらっしゃ〜い、…ってあらん?
…あなた達、もしかしてわたしに会いに来てくれたのん?」
そんなわけあるか!?
俺は目を逸らさずに首を振る。
「ティア、おいで」
俺は撤退するためにティアを呼ぶ。
その間も下っ腹がゾクゾクする恐怖を堪えながらも目は逸らさない。
ティアがトコトコ戻ってくる前に、化け物はまた喋りだした。
「あら残念♡それじゃお客さんかしらん?」
化け物は俺の格好や腕輪を観察しながら問いかけた。
どうやらこの店の人だったようだ。
俺は再度首を振る。
そしてティアの手を握るとゆっくり後退りながら出口に向かう。
「す、すみせんでした。お邪魔しました」
俺はそう言うと、急いで店を出ようとした。
「そ〜お?でも、もう暗いし、他の宿は一杯だと思うわよん?」
化け物は俺が宿を探していることを見透かしたようなこと言ってきた。
悔しいが、当たってる。
しかもその一言は、俺を立ち止まらせるのに十分な言葉だった。
正直、ここにはいたくない。
しかしまた宿を探すとなると、どれだけ時間がかかるかわからない。
俺が必死に悩んでいると、
ティア……ではなく、ティアのぬいぐるみが1人でトコトコ奥に歩いていく。
その先にはいい匂いをさせて、数名が食事をしていた。
どういうこと!?
ぬいぐるみのくせに自由すぎんだろ!?
ティアの方も、奥をガン見しながら涎を垂らして立っている。
そして段々とぬいぐるみに気がついた人たちが騒ぎだす。
「キャー!何これかわいい!」
「え〜、なんで歩いてんの!?」
「ウサギさ〜ん!」
…なにやら大好評だ。
そこで俺はやたら女性が多いことに気がついた。
男性もいないわけではないが、奥様から幼女まで女性を中心とした人たちが楽しそうにしている。
殺伐としているのはこちら側だけだ…っていうか俺だけだ。
…あれ〜?
周りの雰囲気のおかげで少しだけ冷静さを取り戻した俺は、化け物と思い込んでいた人をいま一度観察する。
その人は岩のような筋肉の塊で、ピチピチのシャツに、パッツンパッツンの半ズボンに覆われたお尻をプリプリさせて、その上からエプロンを着ている青ヒゲの大男…やっぱり変態だった。
だけど、俺を見るつぶらな瞳だけは優しそうで、ちょっと可愛いなと思ってしまう。
…あれ〜?
俺があれ〜?ってしていると、それを見兼ねたのか紅い髪のお姉さんが話しかけてきた。
「お兄さん、この肉ダルマは何もしなければ安全よ」
ゆるふわロングの綺麗なお姉さんが、その肉ダルマにパンチするマネをしながら教えてくれた。
「あら、そんな言い方失礼しちゃうわん♡」
などと言いながらお姉さんと話す肉ダルマを見ていると次第に警戒心が解けてきた。
それを見ていた他の人からも、笑顔で大丈夫大丈夫と言われ、なんだか恥ずかしくなって気が緩んでしまった。
なによりティアがお客さんの所に行って食べ物をたかりだしたので、それどころではなくなった。
俺は急いで止めさせ、肉ダルマに宿泊と朝晩の食事の代金を支払って、食事をさせてもらった。
驚いたことに、この肉ダルマが作ったという料理はスゲー美味しかった!
胃袋も掴まれた俺は完全に警戒が解けてしまった。
化け物って思ってごめんね。てへぺろ☆
食事を終えた俺たちは2階の2人部屋でお腹を押さえて休憩していた。
食い過ぎたー!
すごい量のご飯だったけど、ここの経営は大丈夫なんだろうか?
料金は食事込みで2人で小銀貨5枚だった。
この世界の相場は知らないけど、かなり安いと思う。
食事中にお話ししたお客さんによると、あの肉ダルマは元Aランク冒険者なので、セキュリティは信頼できるし、しかもあんな姿と心だから男の客が少なく、逆に女性客に人気がある穴場的宿らしい。
俺もティアがいることだし、しばらくここを拠点に動いてもいいかもしれない。
飯もうまいし!
しばらく休んでいると、腹の痛みもだいぶ治まってきた。
すると今度は風呂に入りたくなるのは日本人として当然の欲求だろう。
部屋にはベッド2つとタンスしかないので、肉ダルマに聞きに行った。
しかし階下に来ても肉ダルマの姿が見えない。
俺がウロウロしていると、ゆるふわロングのお姉さんがやって来た。
「あら、どうしたの?」
「えっと、肉ダルマにお風呂のことを聞こうとしたんですけど、見当たらなくて」
「そうなの?
ここ、お風呂はないのよね〜。」
「女性客が多いのにないんですか?」
「ええ、それだけが不満よね」
「じゃ、お風呂はどうしてるんですか?」
「近くのお風呂場まで行ってるわ。私もこれから行くところだし」
お姉さんは言いながら小さい鞄を持ち上げた。
「あの、場所とか教えてもらっていいですか?」
「別にいいわよ?なんならティアちゃんの面倒も見ててあげるわよ?」
「いいんですか!?ありがとうございます。すぐ準備しますので!」
俺はそう言うと、急いで部屋まで戻りティアを小脇に抱えて戻ってきた。
「はやいわね…」
まぁ、当然だ。持ってくるのはティアだけだ。
俺たちは着替えも何も持ってない。
「…着替えとか拭くものはどうしたの?」
「…持ってません」
「今までどんな生活してたのよ…?」
「ま、まぁ、いろいろありまして…ははは。
と、とりあえず服はそのままで、あとティアは風魔法使えるので適当に乾かせといてください」
なんか呆れられてる感じがするけど仕方ない…
明日、いろいろ買いに行こう。
風呂場はなかなかよくできていた。
中に入ってもよい浴槽と、身体を洗うためのお湯が溜められている大きな水槽とに別れていた。
日本の風呂ほど便利ではないものの、身体を洗うことに支障はないし、むしろ新鮮で面白かった。
俺は久し振りの風呂を楽しめた。
欲を言えば、浴槽の温度はもっと高くしてほしかった。
俺は唸りながら入るほど熱い風呂が好きなのだ!
そんなこんなで綺麗になった俺たちは、お姉さんにお礼を言って部屋に戻った。
「ティア、そろそろ寝るぞ」
ティアはコクリと頷き、今までクルクル回って踊っていたぬいぐるみを持ち上げると、ベッドに寝かせた。
ぬいぐるみと一緒に寝るのかなと思っていたら、ティアはそのまま床にコロンと転がって、そのまま寝ようとしだした!
そうだった…ティアはベッド初めてだった。
俺はティアにベッドの上で寝るように教えてから明かりを消して横になる。
けれど、すぐにティアがぬいぐるみを連れて俺のベッドに潜り込んで来たので、狭いなと思いながらも、いつも通りティアをナデナデしながら一緒に眠った。
第20話の一部(変なテンションで書いてしまった部分)を大幅にカットしました。内容に変更はありません (2018年 07月02日)




