第17話 救世主降臨〜商人のおじさん〜
第16話の別視点のお話です。
前話と合わせて読んでほしいと思います。
私は、しがない商人のおじさんだ。
私はイルヘミアに店を持ち、細々とながら経営している。
今回、私は隣町のアーリアに商品を仕入れに来ていた。
アーリアの町は人が住む領域と魔物が蔓延る森との境界線上に位置しており、謂わば人類とモンスターの領域争いの最前線の町だ。
元々は、森の利益を求めた人々が集まる集落だったが、やがて冒険者ギルドが建ち、それに伴う人口の増加により、領主が管理するようになって発展していった町である。
そのため、アーリアには冒険者が多く集まっており、森の恵みや魔物の素材などが多く取り引きされている。
しかし最近は、世界規模でモンスターの活動が活発になっており、森から採れるものの流通が少なくなってきている。
これは世界的な問題でもあるが、まず最初に被害を被っているのは私のような下っ端商人だ。
商品を仕入れるためにこうして私自身が足を運ばなくてはならなくなっている。
でも、聞いたところでは私などまだ運が良い方なのだとか。
私はこうして足を運べば商品を仕入れることができているが、場所によってはそれすらも出来ず、家族で路頭に迷った話なども聞く。
他にも商品偽造や詐欺、強奪事件などが過去に例をみないほど発生しているようだ。
国はこの問題に対して厳しく取り締まりを行なっているらしい。
噂では覆面捜査官を配置して犯罪者を炙り出す政策を考えているなどの話も流れている。
「そんなことより、魔物をどうにかして欲しいもんだ…」
私は愚痴を溢すと、そういえば昼頃通りかかった最初の宿場町では「勇者が現れた」という面白い噂が流れていたことを思い出す。
そんな事を考えながらも、何事もなく次の宿場町が見えたことにホッと息をついた。
今日はここに泊まる予定なので、馬の負担を減らす為にゆっくりと進んでいく。
すると、町のすぐ手前で植物を地面に広げている青年と小さい女の子がいることに気が付いた。
どんなものを売っているのだろうと覗いてみるが、値札もなければ、何を売っているのかも分からない。
私が青年に尋ねると、なんと全て森から採ってきた物だと言うではないか!?
しかも切り口も丁寧で品質も良さそうだ。
この質をこんなに大量に集められるとは、相当の実力者なのかもしれない。
しかしよくよく彼らの服装を見てみると、ボロボロの物を纏っており、決して実力のある冒険者などには見えなかった。
だったら実力のある村人か?
私は一瞬のうちにいくつかの可能性を考え出した。
しかし、私の考えていたそれらを全てひっくり返すことを青年は言ったのだ。
「言い値で売りますよ」だと…。
普通は少しでも高く売ろうとする。
それは商人でも、冒険者でも、貴族でも、平民でも変わらない。
それをこの青年は言い値で売ると言い出した!
(もしかしてこれが噂の覆面捜査官なのか?)
しかしそれも変だ。
もし犯罪者を炙り出しているなら、あんな小さな女の子を連れている筈がない。
犯罪者が暴れたり人質にしたりする可能性を考えるとデメリットしかない。
油断させることが目的なら女性捜査官を使えば済む話だ。
私はこの青年が何者なのかを考えることをいったん放棄し、純粋に商人として商品を見てみることにした。
ひとつひとつ地面に広げられている植物を丁寧に調べていくと…私は言葉を失った。
ただでさえ貴重な森の植物だと言うのに、ここには香辛料から医薬品、加えて高級食材まで幅広い種類の植物が数多くあったからだ。
さらには、その1本の苗があれば数十人の命が救えるとさえ言われている貴重な植物まで含まれていた。
宝の山を目の当たりにし、私の中で黒いものが沸々と湧き上がる。
安く仕入れて高く売りたい。
そうすればちょっとした財産になるだろう。
しかしそれを諌める自分もいる。
もしかしたら覆面捜査かもしれない。
もしかしたら犯罪に巻き込まれるかもしれない。
私は青年の顔をチラリと窺う。
青年は何も言わず、ただこちらをまっすぐ見ているだけだ。
…わからない。
安い金額で騙すように仕入れるべきか、流通価格で仕入れるべきか…。
私は迷いに迷った末、そのどちらでもない、グレーゾーンを選んだ。
つまり安すぎではないが、普通よりはかなり安い金額だ。
青年は何も言わず、ただ私が渡した金貨を見ているだけで何も言わない。
そして視線を私へと移すと、その瞳が揺れたように私は感じた。
私が誘われるようにその揺れる青年の瞳を見ると、その瞳には私自身の姿が映っていた。
そして青年の後ろでは、少女がお腹を摩りながら鼻の穴に指を突っ込んで私を見ていた。
その瞬間、私は頭をぶん殴られたような衝撃に襲われた。
そこで私はようやく自分の過ちに気付いたのだ!
覆面捜査や犯罪性なんて関係ない、これは商人としてのプライドの話だ。
プライドを捨てた商人は、私腹を肥やす只のブタ野郎だ!
そして誇りある商人にとって最も大事なことは信用だということに。
目先の利益に振り回されているようでは、大きな取り引きなど任されるわけがない!
私は自分の行いを恥じながら、しかし大事なものを失わなかった喜びと一緒に小金貨を取り出した。
しかし青年は手にしている金貨を見ているだけで、未だ何も言わない。
それから視線を私へと移すと、またもやその瞳が揺れたように私は感じた。
その瞳は本当にこれでいいのかと訴えているように見えた。貴重な植物を売れば、それなりの利益を稼げるだろうが、それだけで本当に満足なのかと…。
そして青年の後ろでは、少女が舌を出し、自分の鼻を舐めようとウンウンと苦戦しながら私を見ていた。
その瞬間、雷に打たれたような衝撃が私の身体を駆け抜けた。
私は利益よりも、信用よりも大切なものがあったことに気付かされたのだ!
それは、“理想”。
私…いや、俺の理想は俺の商品で人を笑顔にすること。
そんな大事なものを、いつのまにかどこかに落としてしまっていたようだ。
私は、青年に感謝の言葉を述べた。
そして青年から買い取った商品は、たとえ利益がでなくても人を笑顔にする為に使うと約束した。
すると青年は、また私の度肝を抜く行動をとってきた。
青年は私の話を聞き終わると金貨を突き返してきたのだ!
私は嬉しくなった。
金が戻ってきたからなんかじゃない。
青年は…私の理想を買ってくれたのだ!
硬貨の中で最も価値ある金貨で私の理想を買ってくれたのだ!!
私は何度もお礼を言って青年と別れた。
彼がいったい何者だったのか、今となってはどうでもいいことだ。
私にとっての彼は、道を踏み外しそうになっていた私を救ってくれた救世主以外の何者でもないのだから。
私はこの日のことを決して忘れないよう、その金貨を首飾りにしていつも持ち歩くことにした。
この後すぐに頭角を現し、国随一の商人と言われるようになるのだが、それはまた別の話である。




