第13話 キラーアント
第12話の最後の数行だけ書き直しました。内容にはそれ程影響しないかと思います。2018年 06月20日
俺たちが宿に戻ると、カウンターの奥の部屋から少女の泣いている声が聞こえた。
俺たちが入り口で立っていると、奥の部屋からご主人が出てきた。
ご主人が何か言う前に俺は尋ねる。
「どうかしたんですか?」
「家内の容態が悪くなりまして…」
ご主人は拳を握り締めながら話してくれた。
「それでルナール草は?」
すがるような目で俺を見てくる。
「手にいれられませんでした」
申し訳ない気持ちでそう言った。
それ以外の答えを持っていなかった。
その後、ご主人にとって悪い情報、つまり森で見てきたことを簡単に伝えると、状況の悪さを理解したご主人は顔を一層険しくさせた。
俺は居た堪れずに俯くと、それを察したご主人が少し話題を変えてくれた。
「ところで、今日の宿は決まっているんですか?
ここに泊まってくださるなら、お安くしますよ」
まぁ、無一文な訳だから断るしかないのだけれど。
それを俺が断るよりも早く、俺の脚にしがみついていたティアがニコニコしながら先に答えた…
「…ふろうしゃ~」
…今言わないで!
それに身内にも浮浪者呼ばわりされるって酷くない!?
…あれ、でもティアにはちゃんと教えてなかったな、と思い直す。確かティアは…。
俺は脚に纏わり付いているティアを見下ろし頭を撫でる。
ティアの嬉しそうな顔を見ていると、なんだか気持ちがモヤモヤしてきた…
今まさにボタンを掛け違えそうになっている、そんな漠然とした違和感が拭えない。
「なぁティア…、浮浪者はカッコいいか?」
ティアは俺をいったいどんな風に見ているんだろう?
俺は別に大した人間じゃないし、特別視されたり、尊敬されたいという願望は微塵もない。
ただ、身近な者や大切な人の前ではその他大勢と同じでいたくなかった。
だってそれは、俺じゃなくても誰だっていいんだから…。
「…カッコいい!」
ティアは大きな目で俺を見ながらそう言った。
ティアの言葉を聞いた時、俺は嬉しさよりも寂寥感に襲われた。
思い出すのは家族のこと。
事故にあって以来、満足に動かせない身体に情けなさや惨めさを感じ、心を閉ざしかけていた俺を懸命に支えてくれた皆に、口には出さなかったけれどとても感謝していたし、気づくのが遅かったけれど本気で大切にしたいと思ったのだ。
だから何もできない自分が一層惨めで情けなくもなったのだけど・・・
俺はしんみりとした気持ちになりながら、新たな世界で新たに家族となったティアを見つめる。
そうか、カッコいいのか・・・
この時、俺はずっと考えていた問いに、一つの目標を見つけた。
新しい世界での新しい人生。俺は“どんなふうに生きようか?”
そうだな・・・俺は“カッコよく”生きたいな!
例えばそれは、電車で席を譲れるような・・・
例えばそれは、落とし物を拾って渡してあげられるような・・・
そういう俺に俺はなりたい。
周りの目を気にして気づかない振りをしていた自分。
声を掛けるのが怖くて見ない振りをしていた自分。
そして、それが当たり前の自分になっていたことに気づいた時には、もう全部が手遅れだった。
やりたい事に目をつむり、誰かの目を通して映る自分を演じるだけの操り人形。
変わりたい、変わりたいと思っているうちに事故にあってしまったが、その時はきっと今しかない。
“俺はこうなんだ!”と大切な人たちにだけでもカッコ付けられる自分になりたい。
・・・
・・・
いま感じているそれがモヤモヤの正体なんだろう・・・
じゃ、カッコ悪いのはダメだろう!
「ご主人、タバコって貰えますか?」
決意を新たに、スッと顔を上げ、俺はご主人にタバコを融通してもらえるかを頼んでみた。
別に形から格好付けようとしているわけじゃない。
俺はハードボイルドなゴルゴよりも、少しお調子者のジャッキー・チェンの方が好きなので。
単に、キラーアントの巣を見て思い付いたことをやるだけだ…
「どうぞ…」
ご主人は不思議そうにしながらもタバコをくれた。
「それで〜、できればもっとたくさんお願いしたいんです」
◇◆◇◆◇
俺は再び森に入ると、ティアと一緒に木や草などを手当たり次第、暗くなるまで集めていった。
陽がすっかり落ち、辺りが完全に暗闇に閉ざされた時間。
俺とティアは物音を立てず、そ〜っとキラーアントの巣の近くまでやって来ていた。
夜間、キラーアントは活動しないので、巣の周りは昼間と違ってとても静かだ。
俺たちはキラーアントに気付かれないよう静かに、静かに行動する。
俺はヒヤヒヤしながら巣の前に、集めておいた木や草それにタバコや藁を積み上げていく。
ティアにも手伝ってもらっているが、何が可笑しいのか今にも笑い出しそうで、更にヒヤヒヤさせられた。
「お、おいティア、絶対笑うなよ!絶対笑っちゃダメだからな!」
ヤバイ…。なんか俺も面白くなってきた。
笑っちゃいけない時に限って面白くなってしまうアレだ。
俺は必死に邪念を振り払い手を動かす。
俺は素数を数えながら、ティアは大丈夫だろうなぁ?と思って見てみると、口を手で抑え必死に笑いを堪えていた。
しかも頬を膨らませ、鼻がぴくぴく動き、目は寄り目だ!
「っブフーーーーー!」
笑っちゃった!
「ピィギィーーーー!」
ティアも笑っちゃった!
「撤退!撤退だ!!」
俺たちは全力で巣穴から離れ、モンスターが動き出していないか息を殺して様子を窺い、異常がないことを確認すると胸をなでおろした。
「おい、ティア。…ピィギィー!ってなんだよ!?
集中してないとホントに危ないから、絶対笑っちゃダメだからな!もう笑うなよ!絶対だからなっ!?」
俺はティアにしっかりと言い聞かす。
それに対してティアが真面目な顔でコクコクと頷いたので、俺たちは再び作業に取り掛かるのだった。
…
……
………
俺たちは何度も死線を切り抜け、ようやく準備を整えると、俺はもう一度ティアに説明をした。
「よし、ティア。これまでも大変だったが、これからが本番だ。
いいか、俺が火をつけたら風魔法で煙を穴に送り込み続けてくれ。
その時、絶対に煙を吸っちゃダメだからな。
もし上手く出来なくて煙を吸いそうになったら、急いで逃げろ。
あとは魔物が近づいて来たら教えてくれ。
その時点で作戦は失敗だ。すぐ逃げるからな。
出来そうか?」
「…できる!」
すっげー不安だ!
こんなにも不安な「できる」を俺は未だかつて経験したことがない。
「信じてるからな。いいな?
風。煙ダメ。モンスター。だぞ?」
作戦は単純だ。
キラーアントが嫌いそうな煙を巣に流し込み、巣から魔物がいなくなったらルナール草を取りに行く。
もし魔物が別の穴からではなく、こっちに逃げて来たり、外に逃げ出した魔物が襲ってきたらすぐ撤退。以上。
蟻に似てるってだけで、煙を嫌がるかどうか分からない。
タバコも普通の蟻は嫌がるからっていう理由で用意しただけ。
木や草はちょっとでも魔物が嫌がる成分の煙が出たらラッキー程度の思いつき。
巣の中のルナール草がどうなってるかも分からない。
結構、杜撰な計画だけど、逃げるだけなら問題ないはず。
だから、やれそうと思ったことをやってみるだけ。
やれることはやってみたい。そうして俺が考え、俺がやる。
それが俺の思う…その他大勢の俺ではなく、(かっこいい…かは分からないが)ティアの隣で胸を張っていられる俺の在り方だ。
さて、主にティアに関する不安は尽きないが、俺は作戦を開始する。
俺は、集めた物を燃やすための火球を放つと、ティアと一緒にモクモクと立ち昇る煙を穴に一気に送り込む。
ときどき火を加え、消えないように調整しながらひたすら燃やして煙を送る。
ドンドン煙を送り込む。
ティアにモンスターの気配を確認してもらいながらドンドン送る。
しばらくすると森が騒がしくなってきた。
あちこちで魔物の叫び声がする。
ギョァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!
キェエェーエェーエエェァァァァァァァァ!!
俺たちの反対側、森の奥の方が特に酷い。
なんだかかなり不気味だけど、俺たちに襲い掛かってくるモンスターはいないので作戦を続行させる。
ゴォォォォォォォァァァァォォェェェェォ!!
ガンガンガンガンガンガンガンガンガガガ!!
アチョォォォォォォッェァァァァァぅぇぁ!!
物凄い地響きと共に魔物の叫び声は更に激しさを増していく!
すぐ近くにいるティアと話すのさえ大声を出さないといけないくらいの騒々しさだ。
えぇ、何これ!?ちょー怖い!?
もうスッゴイうるさいんですけど!?
これってやっぱり俺たちのせいだよね!?
ヤバイ!マジで怖い!!
魔物を追い出したらこうなることは普通に考えたらわかりそうなものだが、普通に考えもしなかったよ!
やっぱりやるんじゃなかったと本気で後悔するが、いまさら止めることはできない。
中途半端の状態で止めて襲い掛かられるのが一番怖いからだ。
もうほとんどヤケクソで火を加えて、風を送り込む。
火が消えても、風を送り込む。
風を送り込んで、穴の中が空っぽになるまで風を送り込む。
そしてすっかり煙がなくなったのを確認すると、俺はティアに隠れているよう言ってから洞窟内に入り込む。
洞窟はとても静かで、魔物は死体の1匹すら見当たらなかった。
しばらく進んだところで、魔物によって集められていた植物を見つけ、アイテムボックスの鞄に詰めてから元来た道を駆け足で戻り洞窟を抜け出した。
無事にミッションを達成できてホッとしながら暗がりに向けて声をかける。
「ティア、作戦は大成功だ!」
俺がそう言うと、ティアは隠れていた場所から出てきて片腕を上げて飛び上がる、俺はそれに合わせて、お互いの手の平をパシンッと叩くと、手を繋いで森を出た。
俺たちが宿場町に戻ると、不安そうに森を見ている人が何人もいた。
仕方ないね、だってあんなに五月蝿かったもん。
今はだいぶ落ち着いて、静けさが戻りつつあった。
俺たちが目立たないようにして宿まで行くと、ご主人も心配そうな顔をして外に出ていた。
俺が声を掛けると、ご主人に奥の部屋まで案内された。
部屋にはしょんぼりしている少女がいた。
奥さんはどこか別の部屋にいるみたいだ。
ご主人が入り、ドアを閉めると、俺はさっそく手に入れて来たルナール草をテーブルに乗せた。
ルナール草を含め、今回手に入れた植物は大量だったため、テーブルはすぐにルナール草でいっぱいになった。
「ご注文の品をお届けに上がりました」
しょんぼりしていた少女の顔は、取り出されたルナール草を見るとパッと明るくなり、さらにどんどん積まれていくと、何がそんなに面白いのか今はケラケラとお腹を抱えて笑っている。
「このくらいの量で足りますか?」
俺はご主人に尋ねる。
「凄い。はい、これだけあれば十分です。今必要な人たちに行き渡る以上の量だと思います!」
そう言って何度もお礼を言ってくれた。しかしこれだけの量になると追加報酬を払わないわけにはいかないと言い出した。
本音を言えば貰いたい。しかしティアが見ている手前カッコ悪いことはしたくない。
う〜ん、と悩んでいると、最高にクールでお調子者のあいつが顔を出す。…そう、俺だ。
(呼んだ?呼んだよね!?)
…やめろー、お前が来たら碌なことにならないのはわかってるだろ!?
抵抗するが、ティアの前では恰好つけたいという想いに加え、どうもこの世界にいるとゲームをやっている時のノリとが合わさり、お調子者の俺は心の防波堤を軽々と乗り越え姿を現す。
(チョイーっす!あとは、ま・か・せ・な☆ヒュ〜〜〜〜!!)
そして俺はソイツに意識を手放してしまった。
「ご主人、報酬は約束通り娘さんから貰います。
それで気が済まないなら、こうしませんか?」
俺は目の前でピッと人差し指を1本立てて提案する。
…この動作に特に意味はない。お調子者の誰かの仕業だ。
不思議なことに、人と上手く話せないコミュ障のはずの俺だが、まるで画面越しのNPCに話していた時のようにスラスラと言葉が出ていた。
たぶん俺は混乱状態なのだろう・・・
「ご主人はルナール草をツテに頼っていると言っていましたね?その人は信頼できる人ですか?」
「はい。その人は医者で、このような場所にも足を運んで下さる立派な人です」
俺は左手を開いて顔を覆うようにし、右手で反対の肩を抱くポーズを取って話を続ける。
声が反響する風呂場でいつも練習していた成果が今ここで発揮される!
俺は混乱状態なのだ・・・
「なるほど。ではこのルナール草はその方に譲ってください。
そしてこれを必要としている人には格安で提供すよう頼んで下さい」
「いいんですか!?」
「えぇ、それが・・・それこそが今回の俺の追加報酬なのです」ドヤァ〜
…
……
場は静寂に包まれる。
…
……
あれ?何でノーリアクション?
滑った?これ滑ってんの!?
…
……
状況を理解すると、お調子者の俺は帰っていった。
おい!おい、待てよ俺!この状況どうすんだよ!?恥ずかしいィ
…
……
ヤッバ、お腹痛くなってきた。
あとティア、その変なポーズしなくていいから!?
ティアは先程まで俺がやってたダサいポーズを真似している。
俺はホントにお腹が痛くなってきたので
「それでは失礼しますね」と言って立ち上がる。
そこでようやくハッとなったご主人は
「言われた通り必ずやります!」と言って何度もお礼を言った。
腹痛を堪えそそくさと退出しようとすると、今度は少女が俺を妨げる。
「お兄さん、ありがとう!」
少女が差し出した手から
俺は銅貨数枚と小銀貨1枚を受け取った。
「お兄さんはホントはスゴイ人なんですか!?」
少女はとても舞い上がっており、俺を過剰に評価している。
「え~っと、俺はただの浮浪者だよ」
恥ずかしいことをやらかし、スベりにスベった痛い奴。
だから俺は、言い訳もできない程のドリフターだ・・・




