第12話 東の街道 3
俺は宿屋のご主人から改めて話を聞いた。
魔物の動きが活発になりだしたこと。
そのせいで森に入れずルナール草が取れなくなっていること。
ツテを使って手に入れようとしていること。
大体のことは少女から聞いたのと同じだったが、少女の母親の病気の治療に必要なのは初耳だった。
それであんなに必死だったんだな。
「それじゃ、さっそく行ってきますね」
話を聞き終えた俺は立ち上がる。
「ありがとうございます。…お金はできる限りお支払いしますので、宜しくお願いします」
ご主人は頭を下げる。
「いえ、報酬は彼女から貰うことになっているので気にしないで下さい」
俺がちょっとカッコつけて言う。ドヤァ〜
すると何故かご主人の雰囲気が急変したかと思うと、物凄い怖い顔をして俺を睨み上げていた。
「それは…娘に何かすると言うことですか?」
イヤイヤイヤイヤイヤ、違うから!
なんか「足りない分を身体で払わせる」みたいに騙しているような勘違いしてるみたいだけど、全然誤解だから!
調子に乗ってすみませんでした!!
「い、いえ、彼女が払ってくれるお金だけで結構です。はい。
え〜っと、一度受けた依頼に追加料金を請求するのは規則違反になりますので、たぶん」
冒険者の規則とか知らないけどな!
ただこの人殺しのような目から逃げることしか考えていなかった。
「そうですか、失礼なこと言ってしまいすみませんでした」
「い、いえ、気にしてませんので大丈夫です」
あ〜、怖かった…。
「しかし、あれだけの報酬でホントによろしいのですか?」
「はい。
持ちつ持たれつ、困った時はお互い様ですから」
俺はこれ以上変な事になるのが怖かったので、それらしい事を言って店を出た。
俺が調子に乗ると碌なことがない・・・
店を出ると時刻はお昼を少し過ぎた頃だった。
俺にとって森はそれほど危険ではない。
モンスターが活発になっていても対処できるだろう。
それにティアもいるから出来るだけモンスターに遭遇せずに済む。
遅くとも日没までには戻って来られるだろう。
そんな風に考えて森の中に入ったが、歩けど、歩けど見つからない。
珍しい草ではないので、この辺が群生地帯であればすぐに見つかる筈だし、実際そう聞いている。
宿場町に隣接する森は、縁の方に若く細い木々が立ち並び、奥に進むと小さな低い山がある。さらにその山の先は広大な深い巨木の森へと続いている。
俺たちが散策しているのは小さな山の周辺で、以前は町の大人が入って来れるほど身近な場所だ。
俺たちにとって整備された道に等しいそんな歩きやすい森を、ぐるぐると山の上も含めて探し回っているというのに全然見つからない。
休憩しながらどうしたものかと考える。
この辺一帯のルナール草がなくなっているという報告だけでも無駄ではないと思うけど、出来ることならやっぱり持って帰ってあげたい。
更に森の奥に行くべきかと思案していると、1匹の蟻モンスターが俺たちに気付かず近くを歩いている。
蟻モンスターだからモンスターだ。
普通の蟻と全然違いかなりデカイ。膝下くらいの高さに、その倍くらいの体長がある。
こいつの名前はキラーアント。集団で行動するため群がられたら厄介だ。
ゲームの時なら多くても4体ずつしか戦闘しないで済んでいたが、この世界ではそういうわけにもいかないだろう。
何十、何百で襲われたら絶対勝てない。
そのキラーアントがテクテクと歩いている。
襲ってくるわけでもないので、やり過ごそうと見ていると、キラーアントが何かを咥えていることに気づく。
じっくり見ると花っぽいものを咥えている。
まさかと思い、俺たちはキラーアントに気付かれないように跡をつける。
キラーアントは花を咥えたまま、山の麓にある穴に入っていった。
キラーアントの巣なのだろう。穴は大人1人が入れるくらいの大きさだ。
俺が離れた所から巣の様子を窺っていると、巣へと戻って行くキラーアントは何かしらを咥えており、その中には探していたルナール草を咥えているものもいた。
ビンゴだ!
キラーアントがこの辺一帯の植物を集めているから見あたらなかったんだ。
「理由がわかってスッキリしたし、帰ろっか」
持って帰れなかったのは残念だけど、これは流石にどうしようもない。
普通に誰だってそう思う。
帰り道に小山の麓に沿って同じような巣の穴を数ヶ所みつけた。
そこでもさっきのキラーアントのように植物を持ち込む様子が窺えた。
おそらくキラーアントの巣は小山全体に渡る規模で、かなり大きいのだろう。
そうして俺たちが森を出た時には、すでに空が茜色に染まり、東の空は黒く塗りつぶされている頃だった。




