第9話 最初の町
「そ、その、あの〜、なんと言いますか〜。
ちょっと、遠い所なんですよ〜。エヘヘへ」
俺の完璧だった筈の言い訳は、最初の質問の前に呆気なく崩れ去った。
「おい、兄ちゃん。
どっから来たんだって聞いただけだろ?なんで答えらんねーんだ?
言えないような理由でもあるのか?」
守衛さんは訝しむように俺を見る。
「い、いえ、そんな事は全然ありませんよ?はい。
その〜、あの、村がですね、魔物に襲われてしまいましてですね〜。
そ、それで来たんですよ。エヘヘへ」
俺はなんとか用意していた言葉を並べる。
「そうか、それは気の毒だったな。
で、それは何ていう村で何処にあるんだ?」
!?
「えっと〜、…シ、シブヤ?っていう所で。
場所はですね〜、え〜っと、ここから南に行ってですね、それからですね〜、ちょっと北に行った所にあるんですよ。エヘヘへ」
ど、どうかな…?
怪しまれていないかな?
「南に行って、北に行った所にあるシブヤなんて聞いた事がないなぁ〜。
…
……
………お前ら怪しいな」
ダメだったー!
ズバッと言われちゃった!!
「ち、違うんです!俺たちホントに困ってて。
ほ、ほら、こんなに小さい子とここまで来たんですよ!?」
そう言って俺は耳を触って例の合図を出してから、ティアを前に出す。
「確かに、格好を見れば苦労してるのはよくわかるが…。
…ところでその嬢ちゃんは何してるんだ?」
守衛さんの視線の先にはティアがいた。
俺もティアに目を向けると…
……アイ〜ンをしていた!?
何やってんの!?
悲しい顔って言ったじゃん!
それアイ〜ンだから!人をおちょくる顔だから!?
「ち、違うんです!
これは、その、あまりにも過酷だったせいでこうなったんです!
そう、見てください、この目を!え〜っと、これは酷い現実を直視しない為にこんな寄り目になってしまったんです!はい」
俺は必死に取り繕う。
「そ、そうなのか?じゃ、その顎はどういう事なんだ?」
顎!?
「こ、この顎は…
このアゴはですね〜、す、すごくビックリして突き出ちゃったんですよ!はい」
…やり切った!
そう思ったのに…
「そうか。だが、許可できん。出直して来い!」
ですよね〜…
俺たちは最初に見つけた町に入ることすら出来なかった。
門前払いだ。
どうしよう…
森に帰りたい。
俺は森を懐しみ、膝を抱えて座り込む。
ティアは俺の周りでニコニコしながら遊んでいる。
…
ぼーっと座っていると、町の方から鐘の音が聞こえて来た。
空を見上げると、太陽はいつの間にか高く昇っていた。
正午の鐘の音なのだろう。
ティアは遊び疲れたのか、昼寝をしていた。
俺がティアの頭を撫でていると
「おい、兄ちゃん」
さっきの守衛さんが近付いてきていた。
「兄ちゃんはいつまでここでそうしてるんだ?」
そう言いながら俺の隣に座り、持っていた包みを解き始めた。
「お昼休憩ですか?」
「ああ、そうだ。食うか?」
そう言って肉と野菜を豪快に詰め込んだパンを2つくれた。
「それで、これからどうするんだ?」
俺はお礼を言って受け取り、匂いに釣られて起きてきたティアに1つ渡した。
「わかりません。この町には入れないんですよね?」
俺は正直に応える。
「無理だな。
身分証も紹介状もない者はこの町に入れない決まりだ」
俺はパンを一口齧る。
「美味しいです」
久し振りに食べる、料理された食事はとても美味しく感じられた。
「ハハハッ!ウチの嫁に伝えておくよ!」
ティアも一生懸命食べている。
「ところで兄ちゃんたちは悪人には見えないが、何か訳ありって感じだな?」
守衛さんはパンをペロリッと平らげると、2つ目に手を伸ばす。
「別に探りに来た訳じゃねーよ。
只ここにいられちゃ、気になってしょうがねー」
そう言って片手をパタパタ振って無害をアピールする。
決して俺が臭いからではない。
「当てがないならアーリアの町にでも行ってみたらどうだ?」
「アーリアの町?」
聞いたことのない名前だ。
「あぁ、東の街道を3日程行った所にある町だ。
身分証がなくても比較的簡単に入れるはずだ」
「…その町、大丈夫なんですか?」
俺はチラリとティアを見る。
「まぁ、不安に思うのも仕方がないな。
でも、普通の町だって聞いてるぞ。
兄ちゃんみたいな、訳ありも多いみたいだがな」
それから俺は町のことや注意点などを聞き、守衛さんの休憩が終わるまでたわいもない話をしたり、ティアと遊んだりして過ごした。
「仕事の時間だ。それじゃ俺はもう行くな!」
守衛さんは立ち上がる。
「はい。色々ありがとうございました」
俺はお礼を言い、ティアはアイ〜ンをしている。
背を向けて立ち去っていく守衛さんを見送っていると、守衛さんは足を止め振り返った。
そしてアイ〜ンをしているティアをチラッと見ると…
「最後に聞くが、嬢ちゃんのその手はどういう事だ?」
もう、やめて!?
「こ、これは…
もう、いっぱい いっぱいです!っていう意味です」
守衛さんは笑いながら、今度こそ去って行った。
「さて、俺たちも行きますか〜!」
俺たちはアーリアの町に向けて出発した。
最初の町は“イルヘミア”という名前です。




