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ほむまお! ~my home my maou~   作者: しあらみん
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3.ご先祖様の物語

現在よりどれほど昔なのか分からない位遥かずっと昔―



アレクロス大陸北西部。そこには2つの似たような形の島があった。遠い遠い昔から人々から「双子島」と呼ばれていた島に、ある日突然異変が起こった。


その島に邪悪な心を持つ一人の「男」が降臨したのだ。天界から堕ちてきた堕天使とも、地底から這い出た悪魔とも言われたが正確な出身は現在でも不明。当時の双子島は荒くれ者の海賊の隠れ家のような島であったが「男」は彼らの長を始末し、残った部下達を洗脳・支配し、アレクロス大陸全域に宣戦布告したのだ。


「この大陸の全ては私のものだ。逆らえば死を望みたくなる程の苦痛を女子供問わず与えようぞ。」


最初はどの国もあまり危険視していなかった。どうせ夢物語を見すぎたおかしな没落貴族か何かがトチ狂って引き起こしたのだろう、と。しかし、双子島に最も近い国が占領されたのをきっかけに諸国は危機感を抱き始めた。


大陸で最も大きな力を持つ中央帝国もその一つで、皇帝は偵察部隊を送ったが誰一人として帰って来なかった。もう一度部隊を送って数日後、命からがら戻ってきた兵士達は皇帝にこう報告した。


「奴らの軍勢はかつて我々と同じ人だったものです!奴らは戦いで死んだ戦士達の骸を操り、戦力として補充しております!」

「敵達の中には戦死されたゴートヴェル国王の姿もありました!国王は死して戦っているのです!我々に対して!」


「男」の率いる兵士達は、その多くが死んだ人間の骸だったものだ。「男」の軍を止める為に果敢に戦い、死んでいった骸を操り、不死者として甦らせ、自軍の兵士として「壊れるまで」戦わされていたのだ。「男」の軍に戦いを挑むということは、「男」に戦力を差し出すようなもの。何もしないままだと諸国は「男」の配下となっていく…八方塞がりのような危機的状況に皇帝達は頭を悩ませた。


それだけではなかった。「男」は大陸中に自分が召喚した配下の悪魔達を大陸中に放つ。人間・エルフ・魔族等、種族を選ばずに優秀な学者達や美しいと判断された女性達を自分の居城へと拐っていたのだ。そして彼らは奴隷のように働かされるか、洗脳され、手駒となっていった。


日に日に戦力を増強させ、もう無視する事なんて絶対に出来ない規模になったとき、人々はいつしか「男」を「魔王」と呼ぶようになった。どんな悪魔よりも狡猾で残虐、悪魔以上の所業を顔色一つ変えずに行っていたからだ。


アレクロス大陸の命運もこれまでか、と誰もが思っていた。皇帝は絶望に囚われながらも最後の賭けとして「腕に覚えのある冒険者」を大陸中から募った。数日後、数十名の冒険者達・傭兵達が集まった。現在の状況がどれほど絶望的なのかは勿論彼らは知っていた。しかし、彼らは決して諦めてはいなかった。


そして彼らは動き出す、大陸を奪還するために。彼らの力は凄まじく、一人ひとりが一騎当千の実力者だった。絶望的な状況を少しずつ変えていき、一つ、また一つと奪還していった。とはいえ犠牲が無かった訳ではない。激しい戦いの末、ひとり、またひとりと傷つき倒れていった。


大陸中の「魔王」の勢力を滅ぼし、残るは双子島のみとなった時には、数十名いた冒険者達は10名にも満たない少数部隊となっていた。


それでも彼らは大陸中の全ての命の為、「魔王」の本拠地へと船を走らせる。生きて帰れるかも分からない最後の戦いへと旅立って行った。そして最終決戦。罠にかかり無念の戦死を遂げる者もいた。仲間を庇い、命を散らした者もいた。生き残った冒険者達は悲しみを堪え、遂に「魔王」と対峙する。死闘の末、魔王を討ち取ることに彼らは成功した。戦いが終わった時、冒険者達は4人しかいなかった。


しかし、これで全てが終わった訳では無かった。


冒険者達は皇帝から2つの命令を受けていた。一つは、「魔王」を討ち倒す事、そしてもう一つは、


「魔王」の子とその母を殺すことだった。


「魔王」は大陸中から美しい女性を拐った。理由は自分の欲望を満たすため。たったそれだけの理由で女性達は拐われ、彼の言いなりとなり、歯向かえば洗脳され、人形同然の扱いを受けていた。


冒険者達は城中を探し、女性達を一人ずつ発見する。自分は「魔王」の子を身籠ってしまった、だから殺して欲しいと懇願する女性もいた。狂ってしまい、もう手遅れな女性もいた。必死に命乞いをする女性もいた。冒険者達は皇帝の命令に従い、涙を飲んで彼女らを斬っていった。


当時の皇帝は過激すぎだと後の世の人達は言う。しかし、擁護する声もあった。「魔王」の子が父親と同じような性格にならない保証はどこにもないのだ。危険なものは芽のうちに摘み取るのはどんなに時代が変わっても同じのはずだ。そして女性達も今後の人生を考えると、迫害されながら生きるよりは、 苦しみながら生きる前に終わらせた方が彼女達の為になるのではないか、という考えから皇帝は、命令を下したのだろうと、苦渋の決断であったろうと考えられた。


ところが、その命令に一人だけ背いた者がいた。生き残った冒険者達の中には一人の「侍」がいた。東の国の果てからやって来た傭兵だった。


この時、冒険者達は4手に別れて行動していた。それぞれが城中に残る女性達を手にかけていく中、「侍」もとある小さな部屋で一人の女性を発見した。みすぼらしい格好をした若い女性。決して太っている訳ではないのに腹部だけが妙に膨らんでいる。間違いなく「魔王」の子供を身籠っていた。


女性は部屋の隅に座り込み、涙目で「侍」を見上げた。


「あ……あ……」


この部屋に隠れるまでに沢山の女性の叫び声を聞いたのだろう。他の女性も殺されたということは自分ももうすぐ殺される。恐怖が頂点に達してしまった彼女の体はガタガタ震えていた。


「………すまぬ。これも皇帝の命である故」


手にした刀を上段に構え、


「御免」


女性に向かって振り下ろした。


女性は激痛に耐えるようにぎゅっと目を瞑った。だが、いくら待っても痛みは感じない。もしかして何も感じないまま死んだのかと思いゆっくりと目を開けると、「侍」は刀を鞘に納めていた。


「……今、確かに私はそなたを斬った」


実際は斬ってはいない。「侍」は彼女の目の前で刀をひと振りしただけだった。


幼い頃に両親と死別し、とある剣術道場の師範に拾われ育てられた「侍」。剣術だけではなく、刀を持つ者としての心構えも厳しく教えられた彼には中でも強く師範から教わった事があった。


『どんなに憎い敵であったとしても、無抵抗の者を斬るは言語道断、戦意を無くした時点で刀は納めなければならぬ』と。


「侍」は皇帝の命令よりも、師範の教えを選んだのだ。「侍」はそっと女性に語りかける。


「命だけは助ける。絶対に見つかるな。」


素早く伝えると、「侍」は女性の前から姿を消す。


そして冒険者達は島から離れた。そしてある程度船を進めた時、「侍」は仲間達の目を盗み、備え付けの避難用の小舟で海へ出たのだ。


「皇帝には私は死んだと伝えよ!!師匠には侍としての責務を果たしに行ったと伝えてくれ!!」


大声で仲間達に言い残し、彼はひとり、島へと消えた。


生還した冒険者達は国民達から大いに歓迎され、戦死した者も含めて「勇者」の称号を与えられた。「侍」の言い付け通り、皇帝には彼は戦死した、と伝えた。その後彼らは各地の戦没者の慰霊も兼ねて「侍」の師匠に会いに行った。師範には、彼は公には戦死したとされているが実は生きていて、何故か分からないが侍の責務を果たすために一人で島へ戻って行ったと真実を伝えた。それを聞いた師範は茶をすすりながら勇者達に呟く。


「あやつの事だ。何か守りたいものが出来たのだろう。」

「守りたいもの?」

「っ!まさか、あいつ!」


勇者達がざわめくのを他所にフフッと小さく笑い、


「ワシの教えを忠実に守った、ということか。良きもののふになったものよ。」


師範は勇者達に向き直ると、


「ワシも年だ。もう長くない。そこで異国の戦士であるそなたらに頼みがある。あやつに会うことがあればこう伝えてくれ。お前こそ、侍の誉だと。」


彼の道場には掛軸が掲げられている。大きく太い文字でこう書いてあった。


『刀は命を奪う為に在らず   邪悪な心を断つ為に在り』


十数年後、かつての魔王の居城である双子島に不穏あり、という報告を受けた皇帝は調査団を派遣する。調査団の団長はかつての勇者の一人。


島に上陸しようとしたときだった。島から小さな船が近づいてくる。観察すると船に乗っていたのは背後に魔物達を引き連れた、あの「侍」だった。十数年ぶりに再会した勇者に侍はその後の事を語ってくれた。


自分が唯一見逃した一人の女性と共に生きることを心に決めた侍。女性の方も自分に会うために戻ってきた侍をいつしか愛すようになり、二人はかつての魔王の居城で生活し始めた。やがて女性は一人の女児を出産した。産まれたばかりのその子は人間の赤ちゃんと見た目も肌の色も変わらない普通の女の子だった。女性は「魔王」の血を引く子供を産んだことを後悔してはいなかった。侍も女性も産まれてきたこの子に罪は無いと考えていたからだ。二人の間には子供は産まれなかったが、侍は我が子のようにその子を可愛がった。


親子3人で自給自足の生活をしていたある日の事、親子で釣りをしていた時に娘が海の上に何かが浮かんでいるのを発見する。浮かんでいたのは深手を負ったハーピィの若い女性。翼は傷つき、自力で飛べなくなっていたのだ。陸上まで何とか引き上げた時、ハーピィは目を覚ましてこちらを攻撃しようとしたが、


「動かないで、応急手当をしないと本当に死んでしまうわ」


と女性に説得され、こうなればどうにでもなれと、全てを女性に委ねた。女性は手早く傷の治療をして、ハーピィは一命を取り留めた。女性には医学の心得があったのだ。自分の出産の時も陣痛に耐えながら侍に指示を出していた程の強さを彼女は持っていた。


治療を受け、生き永らえたハーピィではあったが最初は半信半疑だった。相手は人間だ。いつか自分を殺すんじゃないかと。殺さずとも奴隷のような扱いをさせるのでは、と。しかし、彼らはそんなことはしなかった。毎日のように診察に来て包帯を変える女性、狩りの出来ない自分の代わりに自分に合わせた食事を提供してくれる侍、そして自分の話す昔話等を目をキラキラさせながら聞いてくれた小さな娘。3人に接する内に彼女の心は変わっていった。ある日、思いきって聞いた。何故魔物である自分にここまでしてくれたのかと。


「私は無益な殺生は好まぬ。助けられる命は助ける。人でも魔物でも、それは変わらぬ。」

「私にも家族がいるように、貴方にも家族や友人がいるはずです。貴方が傷ついたり、死んでしまったりしたら悲しむ家族や友人が」

「おねえさんキレイだから。おはなし、おもしろいから」


3人はそう答えた。裏が無いことは、それまでの自分への態度が何よりの証拠だった。


傷が治り、全快したハーピィは島から飛び去っていった。


「この恩は一生忘れない」


そう言い残して。


3人が元の生活に戻ってしまったなと思った数日後のこと、今度はボロボロの船が流れ着いた。乗っていたのはワーウルフの小さな群れ。


「急で悪いが、ここに住まわせて欲しいんだ!もちろん礼はする!」


と強引に頼みに来て、その数日後にはリザードマンの戦士達がイカダで上陸し、


「力仕事位しか出来ないけどオレ達を雇ってくれ!!」


と頭を下げ、その数日後には空からホウキに乗った魔女の一家が、その次には野生の鳥達が群れで森に住みはじめ、その次には………と、沢山の魔物や動物達が島に移住してきたのだ。


どうしてこんなことになったのかを魔物達に話を聞いたりして調べてみると、


「一羽のハーピィが人間の親子に助けられたっていう話でオレ達魔物の中で有名になってるんスよ。で、オレはどこも行くあてがないから、最後にそこで生きるのもいいかなぁって」

「ハーピィは狼と同じくらい義理堅い。そのハーピィがずっと感謝してるってことは我々魔物達にとっては居心地がいいじゃないかと思って我々は移住を決意したのです。」

「ここにいる魔物の多くは、『負けた魔物』なんです。人間達からだけじゃなく同じ魔物達からも、そして私も」


彼らのほとんどが迫害され、生き場所を失った魔物だった。その彼らの耳に飛び込んで来たのは一羽のハーピィの不思議な体験談。人間にも様々なコミュニティがあるように、魔物達にも独特のコミュニティが存在している。あのハーピィが仲間のハーピィ達に語った話が巡りめぐって魔物達の間に広まったのだ。『勝った魔物』は勝者なりのプライドがある為、意に介さなかったが、『負けた魔物』にとっては夢のような話だった。もう自分には失う物は無い、自分の生きる場所が自分の周りの何処にも無いならばそこで一生を終えに行こうという考えの魔物達だったのだ。


事情を聞いた親子は彼らを快く受け入れた。親子3人は魔物達の為に縦横無尽に動いた。彼らも生き場所を与えてくれたというその恩義に報いるべく懸命に働いた。野生の鳥や動物達が移住したのは、その場所が平和であるという証。誰からも恐れられた「魔王」の島は、彼ら「魔物達」の小さな楽園と化していた。双子島での不穏な動きの正体は魔物達の努力の証だったのだ。


調査団の報告を受け、皇帝をはじめとした帝国の重臣達は協議した。多くの重臣は命令を違反した「侍」を処罰すべきではないかと皇帝に進言した。だが皇帝はこう言った。


「彼は先代の皇帝の時代に現れた『魔王』軍との戦いで戦死したのだろう?十数年前に死んだ男に何の罰を下すのだ?」

「で、ですが、陛下、あそこには『魔王』の娘が…」

「仮に彼女が邪悪な存在であれば、今頃双子島に生きる者達は殺されたりしているのではないか?調査団も無事に帰って来ることはなかったのではないか?そして我々は新たな大陸の危機に頭を悩ませている所ではないのか?」

「それは、そうですが…」

「調査団からの報告では姫君は聡明で心優しい女性とあった。これは両親が愛情を込めて育てた証であろう。私はその戦死者の家族に会ってみたくなったぞ」


後にマインゴーシュ家の代々の当主は言う。もし、この時の皇帝が「100年に1人の名君」と後の世に呼ばれる稀代の皇帝でなければマインゴーシュ家は誕生しなかったろうと。


後日、皇帝は直々に双子島へと足を運んだ。皇帝の目に映ったのはどの国よりも平和で活気に溢れる街だった。その後、数年に渡る交渉と協議の末、双子島での自治権が与えられ、その頃には一部の人間の漁師や商人達も移り住むようになった。魔王の血を引く姫君は皇帝の第3皇子と恋に落ち、やがて結婚。それを期に皇帝から「マインゴーシュ」の姓が与えられた。侍と女性、そして姫君と皇子は双子島を良く治め、島中の命から尊敬される優しき領主としていつまでも慕われた。





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