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ほむまお! ~my home my maou~   作者: しあらみん
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プロローグ

はっ…はっ…はっ…



真夜中に、一人の少年が走っている。満月の光に照らされながら何かから逃れようと走っている。少年の背後には城があった。現代の日本ではお目にかかれないであろう中世ヨーロッパの世界やゲームにでも出てきそうな巨大な城だ。絶海の孤島にそびえ立つ巨大な城、そこは彼の住まいだった場所だ。


しかし今は違う。剣戟の音が鳴り響き、何かが崩れる音や何処かで爆発したような大きな音が城のあちこちから響き渡る。城から離れる少年の耳にも飛び込んでくる。


どうしてこんな事になったのか、どうして襲われなければならないのか、少年には未だに理解出来ずにいた。いや、正確には身に覚えが無いと言うべきだろう。自分の家門は何もしていない、全て濡れ衣だと少年や周りの者達は正々堂々と主張するだろう。きちんとした発言の場が設けられればの話だが。


だが世間は違った。発言の場など用意もしてくれなかった。それどころかあれよあれよという間に少年の首には高額の賞金までかけられてしまった。そして襲撃を受けたのだ。大陸全土に強い影響力を持つ皇帝の命令を受けた精鋭達に。


少年は逃げた。でも本当は逃げたくなかった。いよいよ戦いが迫る中、自分も残って皆と戦うと部下や家臣達に訴えた。しかし相手は一騎当千の精鋭部隊。戦って生き残れる保証は無い。仮に撃退出来たとしても第二・第三の襲撃が待っているだろう。だから部下達は口々に言ったのだ。


「逃げる時間位稼いでやるよ。だからボウズは全力で逃げるんだ。」

そう言って頭を撫でたリザードマン。


「我々魔女の魔法の力、私の指導を受けた坊っちゃまならお分かりですよね?」

読み書き計算から魔法の使い方まで教えてくれた老魔女。


「ただじゃあ死なねぇ、道連れにしてやるんだ!」

雄叫びをあげ、自らの戦意を鼓舞したワーウルフの部隊。


「ボクのことは、しんぱい、しないで。にげることだけ、かんがえて」

自然と動物を愛する優しくて大きなゴーレム。


「おいら、戦うのはイヤだ。死ぬのもイヤだ。でも、お前が死ぬのはもっとイヤだ。」

小さい頃、よく一緒にイタズラとかして遊んだ小鬼達。



皆が皆、大切な存在だった。きょうだいであり、友人であり、仲間であり、家族であった。彼らは今、少年を逃がすために戦っている。たった一人の少年を守る為に命をかけている。


(どうか、みんな無事でいて。お願いだから……)


少年は心の中で祈りながら走ることしか出来なかった。そんな自分が堪らなく悔しかった。



少年が住んでいた城がそびえ立つ島と様々な店や建物が並ぶ島とを結ぶ巨大な橋に差し掛かろうとした時だった。



「流星!!」


大きなかけ声と共に大きな光の塊が少年の頭上から襲いかかる。着弾と同時に破裂し、少年は吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。着ていた服のあちこちが破け、顔は土で汚れる。何とか起き上がり、声の方向へ顔をあげた先に一人の男がいた。



鍛えあげられた引き締まった長身の肉体を白い鎧で包み込み、右手には白い光を放つロングソードが握られている。選ばれた者にのみその帯剣を許される魔法銀、つまりはミスリル製の白銀の剣を持った男。数年後には20歳になりそうな出で立ちの青年。人々には誰からも尊敬され歓迎される存在で、しかし魔物には忌み嫌われ憎悪される存在。


そう、「勇者」と呼ばれる男が少年の前に現れた。



「ガキとはいえ、やっぱり『魔王』だな。障壁で防いだか。」


とっさに魔法の障壁で防いだが、防ぐ為に出した左腕がジンジン痛む。少年の着ていた服の左腕の袖が内側に着ていたYシャツの袖まで焼け落ち、左腕にできた大きな傷からは出血している。少年は勇者の顔を睨み付けるように見据えた。



「俺がここにいるってのが意外って言いたそうな顔してるな。」


勇者が剣を肩に担ぎながら続ける。


「戦ってる最中に気づいたのさ。特別な感覚がしないって。どんなに城中を注意深く察知しても魔王の感覚がない。一か八か、城の中は他の奴等に任せて『俺がお前だったらどうやって逃げるか』を考えながら追ってきたのさ。しかしお前らも考えたな、雑魚全員を囮にして自分はコッソリ逃げるなんて。というか、逃げる場所なんて何処にも無いのによ。」


少年は勇者を黙って睨みながら聞いていた。


「悪いがその先の街の住民は誰も助けにゃこないぜ。全員眠りの術をかけた。解呪しない限り皆眠りっぱなしだ。俺達の受けた命令はあの城に巣食う魔物の排除と島に住む人間達の封印、そして、」


勇者は剣を構える。


「お前の首だ。」


少年の心臓が高鳴る。もうすぐ殺される。死の恐怖に締め上げられそうになる。


「…僕は…」

「あ?」

「僕はお前達なんかに殺されない!」


勇気を振り絞って少年は叫んだ。恐怖を振り払うように叫んだ。


「あのなぁ、もうすぐ死ぬってのに変なこと宣言すんじゃねぇよ。」


呆れたように少年に呟くと勇者は剣を構え直す。


「悪く思うなよ、魔王。」


少年は覚悟を決める。勇者は駆け出す。絶体絶命と言えるその瞬間だった。


「よくぞ時間を稼ぎましたなぁ、坊っちゃま。お陰で必要な魔力を十分溜めることに成功しました。」


どこかから優しい男性の声が聞こえてきた。


「何だ!?」


突然の声に勇者は動きを止める。少年の懐から小さなネズミが出てくる。声の主はこのネズミからだ。ネズミは黒い光に包まれると次第に大きくなり、やがてタキシードを着た初老の紳士となった。


「何だテメェは!?」

「はじめまして勇者様。私、マインゴーシュ家に長年仕える吸血鬼であり執事のバセスと申します。お見知りおきを。」


この場の雰囲気には似合わない落ち着いた物腰で自己紹介をする。


「勇者様には申し訳ありませんが、若君を死なせる訳には参りません。若君には私しか知らない私の古い知り合いの元へこれから避難させますので。」


執事バセスが指をパチッと弾く。すると少年の足元に青白い魔方陣が現れた。



「若君は私のお仕えするマインゴーシュ家の唯一の跡継ぎ。芽吹いたばかりの若葉を身に覚えの無い罪で摘ませる訳にはいかないのです。その為ならばこのバセス、大恩あるマインゴーシュ家の為、最後の殿となりましょうぞ。」


それを聞いて少年は叫んだ。


「最後の殿ってなんだよバセス!?一緒に来てくれるんじゃなかったのか!?」


見るとバセスの足元にも魔方陣が現れている。少年のものとは別の模様の赤い魔方陣。


「申し訳ありません坊っちゃま。確かに私は事前にそう申しましたが、坊っちゃまを確実に逃がすためにはこのバセスの犠牲も必要と判断いたしました。逃げる為の魔力と犠牲の為の魔力、この2つが必要でしたので今回このような方法を採らせて頂きました。坊っちゃまに初めて嘘をついたこと、どうかお許し下さい。」


2つの魔方陣が強く輝きだす。確実に避難させるための高度な転移魔法と周囲を必ず粉砕するための強力な爆発魔法。その2つの魔法を同時に放とうとしているのだ。


「あなた様なら大丈夫です。あなたは母君様譲りの内なる強さと父君様譲りの勇気と優しさを受け継いでおられる。どんなに離れていても私は信じております。強く生きると。」


光はますます強くなる。


「心残りがあるとすれば、坊っちゃまの成長していく姿をこの目で確かめられないことでしょうなぁ」

「バセスっ!」


バセスは背中で少年に優しく語りかける。


「くそっ、邪魔だっ!吸血鬼!!」

「っ!」


バァン!


「ふごっ!?」


勇者が吸血鬼に斬りつけようと駆け出そうとした時、何かが勇者の顔を覆った。少年が着ていた上着を素早く脱いで右手で生成した魔力の弾と一緒に投げつけたのだ。勇者の視界は塞がれ、数秒間動きが止まる。


「最後の時間稼ぎ、見事です。坊っちゃま、これで発動出来ます。」


辺りが強く光った瞬間、バセスは微笑みながら少年に振り向いた。


「ごきげんよう、坊っちゃま。またいつか、何処かで。」

「バセスーーーーーっ!!」


少年が消えると同時に大爆発が巻き起こり、吸血鬼は勇者もろとも爆風に飲み込まれた。



数分後、爆発を聞いて勇者の仲間達が駆けつけてきた。


「一体何があったんだ…?」

「ちょっと、あれ!」


仲間達が目にしたのは大きなクレーター。城と街を結ぶ大きな橋も余波に巻き込まれ崩れ落ちていた。クレーターの端の方に勇者は聖剣と共に転がっていた。大きなダメージは負ったものの息はあった。砕け散った聖なる鎧が勇者の命を守ったのだ。


「アルフレッド、大丈夫か!?」

「のが…した………まおう…を…」


勇者の目には涙が浮かんでいた。全身の痛みよりも最後の最後で仕留め損なったという悔しさの方が勇者には痛かった。



戦いは終わった。あとに残るのは生き残った人間達と使命を果たして力尽きた魔物達の骸だけ。


満月の光は全てに降り注ぐ。全てのものに安らぎを与えるように………。






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