ソフィスティケイテッド・レディ その2
秋雄の体は身長・体重や髪の色はそのままに、目を疑うほどのナイスバディなチャンネーになっていた。
嬉しい反面、この慣れない女の体が戦いをどう左右するのかが不安だ。2人は拳を構えたまま睨み合い、視線を離さず様子を窺う。
「(ここからどうくる…?相手の武器は一体…)」
静寂が支配する空間で、ひたすらに睨み合いを続ける。観念したのか、秋雄が
「お前、仕掛けてこないのか?」
と訊いてみる。相手の能力を完全に知らずに迂闊に声を出すのはまずいのだが、さすがに声を出さずにいられない。
「…」
男は何も答えない。
「まさかお前…」
「これだけの能力…なのか?」
図星なのか男は眉間に皺を寄せ怒ったような表情を見せる。わけが分からないが、この大会だからこそだろう。
「…」
「…」
風の音と波の音しか聞こえない空間で、神経を尖らせる。
バッ!
2人は同時にスプレー缶をお互いの顔に向ける。
キバキは中身の想像がつかない銀色の装飾の一切無い美麗なスプレー缶を向けている。対して秋雄は右手で可燃性ガスの入ったスプレー缶を持ち、すぐに着火できるように左手を口の部分に近づけている。
「ッ!」
先に仕掛けたのは秋雄だった。キバキを警戒し左に回避しながら顔に容赦なくガスを噴射し、静電気を放つ。
燃え盛る薄青い炎が疾風の如くキバキを狙う。
「フンッ!」
キバキはその重厚な筋肉を巧みに使い腕立て伏せのような体制になり、炎を間一髪で避ける。
そこからまさにウサイン・ボルトのように地を蹴り、一瞬で秋雄の斜め後ろに回る。1秒に満たないその僅かな時間に、秋雄は反応できなかった。
振り向こうとすると、キバキの持つスプレー缶から白い粉末のような物が噴射される。
「うッ…!」
その白い粉末を顔から被ってしまった秋雄は後ろへと飛ぶ。
「……」
体が今までにない不思議な感覚になり、汗を出し、顔を火照らせる。
「なんだ…これ」
どんどんと息が荒くなり、少し体がムズムズする。
「即効性のある粉末状媚薬だ。わざわざ海外に行って買ったのに日本の店にあるもんだから、笑っちゃったよ…」
既に勝ったかのように鼻で笑う。向かってくることもなく、その場に優雅に立っている。
「…」
秋雄は焦りを隠せない。不可思議な感覚は少し嬉しかったが。
「だけどもう少し当てないと効果が薄いんだよ…なァッ!」
顔を綻ばせながら、脚の筋肉を豪快に使い走ってくる。不安も躊躇いもなにもなく、走りながら素早くスプレー缶を前にかざす。
「クソッ!」
秋雄は後ろに引きながらとっさに上着を脱ぎ、しわくちゃにしながら片手に持ち、口をもう一方の片手で覆う。
「後でたっぶり可愛がってやる!ハハハァ!」
気持ちの悪いよだれを垂らしながら、プシュッ――と気の抜けた音と共に白い粉末が宙を舞う。
「おるァッ!」
脱いだ上着を粉に当てるようにして乱暴に投げると、粉は上着にぴったりと張り付く。
「静電気で上手いこと張り付かせたか…」
上着はキバキの目の前にくる。手でかき分けるようにして上着を視界から退けると。そこに秋雄はいなかった。
「やはり、そうだろうなッ!」
後ろを振り向くと、やはり秋雄がスプレー缶をかざしていた。
即噴射されたガスは火となりキバキの顔へと向かう。
速過ぎる出来事に先程のように反応できなかったキバキは後ろに反り、目をつむる。
その隙に秋雄は右足を軽く後ろに引くと
「喰らえクソジジイがルァァアーーーッッ!!」
鈍い音と共に手加減ない強烈なキックがキバキの股間へと入る。
男だからという慈悲も同情もなく、容赦ない蹴りはキバキの体に貫通するかのような痛みを与える。
「オォォォォォォォォアァァァァァァアグルァァァァア!!!!」
今にも死にそうな悲鳴を上げ、キバキは股間を抑えながら倒れる。全く動かなくなったキバキはとてつもない痛みに悶え耐えきれず気絶していた。
「戦略なんてクソくらえだ!」
首を切るジェスチャーをして、勝利の宣言をする。
ネックレスを首から取っていると、まだ男の体に戻らないことに気づく。
「いつ男に…戻るんだろ…」