Two Hearts その3
初めて聞く妹の悲鳴に異変を察し、ストライカードはすぐに2階に駆け上がった。
「いやッ…!!やめてッ!!!」
妹の部屋に入ると、そこには服がはだけ、部屋の隅にうずくまる姿の妹と、荒々しい呼吸をしながら狂ったような血眼で妹を押さえつけようとする2人がいた。
「……」
何をしているのかは分かったし、迷いなく行動できた。いや、もしかしたら彼も理性が吹っ飛んだのかもしれない。
「おォ~い、3人ともどうしたんだよ?」
1階に1人だけで残っていた仲間が白々しく階段を上がってくる。もちろん彼も協力者であったが、襲うなんてことは聞いてはいなかった。
「ん…?」
何か金属のような鼻につく臭いが充満していた。今まで嗅いだことのない臭い。
妹の部屋を覗いた仲間はそのえげつない光景を目にする。
「お、おい…?ジ、ジェイス…!?」
部屋には真紅の液体を水溜まりのように溜めて倒れる2つの人間と、右手にナイフを持ったストライカードが虚脱感に覆われた顔で立ち尽くしていた。
「あひっ、ひィやァァァアアーーーッッ!!!」
足下が覚束ないままその仲間は一心不乱に走り出した。ストライカードはその仲間を止めることはなく、無言で2つの死体を見つめる。
「ヒュッ…ハァッハッ…ハッ」
死体が動いた。わけではなく、まだかろうじて意識のあった倒れている仲間はあらん限りの力で、特異能力を使った。いわば復讐だった。
その仲間の特異能力は「火炎」
手の平から放たれた炎は境目なく燃え広がる。
熱と虚無感しかないストライカードは、無意識に怯える妹を抱え、家をすぐに脱出した。
家は瞬く間に全体が燃え上がり、その炎は家具も道具も思い出も、死体も焼き尽くした。2人はただひたすら外から傍観するしかなかった。
『秋雄選手ッ!静電気で逆立たせ、はみ出た髪を燃やしたァアーーッ!!!』
ストライカードの髪の毛は火柱を上げ燃え盛る。ストライカードは冷静にダウンコートを脱ぎ頭に被ると、すぐに炎は消火された。ダウンコートを降ろそうとすると
「容赦しない…!」
秋雄は手加減なく再び炎を、しかもかなりの時間放射する。一方的かのように見えるその光景は秋雄にとってはしょうがないものであった。
だがいくら炎を浴びようとストライカードは動じない。ストライカードの表情にはどこか暗澹とした怒りのようなものが感じられた。
「気絶でもしたか…?」
ふとそう思い炎を止める。顔を腕で守り、時が止まったように動かないストライカードが見えたかと思うと、腕が開き、光のない眼が隙間から現れる。
「ハッ…なんで耐えられるんだよ…」
秋雄が呆れたようにそう言うと、ストライカードの口からあの木の実が落ちた。
ゴォォォオ――と風を切り何食わぬ顔で上に落ちる。そして当たり前のように秋雄に向かって落下してきた。
「ッ!」
まだ地面に叩きつけられた痛みが残る中、ありったけの力を振り絞り回避する。しかしストライカードは間を置かず再び木の実を落とし、重力を逆転させた。
ストライカードは何度も何度も木の実を口から落とし、縦横無尽に落ちまくる。
「ウォオッ!!」
幾度となくストライカードはピョンピョンと跳び回り、それを秋雄は紙一重で回避する。
「(あと30秒…)」
秋雄には狙いがあった。それを一撃必殺として必中させるために、機会を着々と窺う。
「……」
ストライカードも馬鹿の一つ覚えではないため、蹴りを秋雄に避けられると、次の行動に出る。
秋雄の方に体を向けると、口から木の実を落とさず、大きく飛ばした。と同時にストライカードは短い距離で立ち幅跳びのようにジャンプする。
秋雄は顔を険しくしながらストライカードの飛んだ方向とは直角に跳んだ。
だがストライカードの重力が逆転することはなく、ただ軽くジャンプしたたけだった。すぐに着地したストライカードは秋雄の後ろ姿を見ると、再び立ち幅跳びのようにジャンプする。
「…」
ストライカードは昔やっていたバスケの跳躍力を生かし大きく跳び、さらにそこに既に飛ばしておいた木の実が地面に接し、重力の逆転した勢いが加わる。そして、すぐに重力を元に戻す。そうすることで跳躍力と重力で大きく跳び上がり、圧倒的なスピードと飛距離を得る。
避ける隙もなく、秋雄に強烈な蹴りが入る。
「グッ…!」
秋雄はガードせず胸で受け止めると、右手でストライカードの左足を掴み、後ろによろけながらストライカードの靴を取った。
「!」
バチバチッ!――とずっと溜めておいた静電気がストライカードの素肌を襲う。しかもそこは足。ストライカードがかなりの高さから何度も飛び降りていたため、骨が折れそうな程に痛んでいた足だ。
「ウッ!!」
ストライカードが声を上げると、足がブルブルと震えたようになる。こめかみには汗が浮かぶ。
「これは…痙攣…?」
痛みに痛みまくった足に重ねるように浴びせられた強力は電気は、ストライカードの左足の自由を奪った。
左足が使えずストライカードは地面に転がる。
「ふぅ…」
秋雄は溜め息をつき、倒れるストライカードに全速力で走る。左手の電気を頭に浴びせるため。
秋雄は即座にストライカードの頭の上に左手を近づける。しかしその安堵感はすぐに消え去る。
ゴッ――という鈍い音は秋雄と脇腹とストライカードの肘の間から出ていた。重力を逆転させる能力に足の自由もクソもなかった。
「イ゛ッ…!!」
地面に叩きつけられた際に痛めた脇腹にくる衝撃は、先程の蹴りとは比較にならない痛みだった。
そしてすぐに秋雄にとある感覚が走る。
宙に浮かぶ感覚。上に飛んでいく感覚だった。
ストライカードは右肘を秋雄の脇腹にぶつけると同時に、そのまま脇を抱え秋雄を持ち上げていた。
「(左手が届かない…!)」
絶望という言葉は何度も見ただろう。この大会で一生分の絶望を味わった気がする。
既に10mほどに達した。
「!…」
しかし秋雄は絶望とは一転して余裕の表情を見せる。すると
ガクッ――と急にストライカードは下に落ち始めた。
「!」
これは本人も予期しない出来事であり、何が起きたか分からなかった。まだストライカードは地面への落下のための木の実を落としていなかったために、もう重力を逆転させることはできくなった。
「靴がやっと落ちた…」
秋雄は先程、足に静電気を浴びせるために脱がしたストライカードの靴を肩が脱臼しそうな勢いで真上に全力投球していた。
そしてその高く舞い上がった靴がやっと地面に接した。
秋雄は落ちながら話す。
「「落ちる」っつーことは…持ち主から離れた後に地面に接するまでのことを言う。っていう適当な予想が当たったわけだ」
秋雄はストライカードと空中でどちらかが下敷きになるかの戦いを始める。2人は我を忘れ反則覚悟で暴れ藻掻く。
地面までおよそ2m
バチィイッ!!――
遂に左手に溜めておいた静電気をやっと放電する。
「アガァッ!!」
出し惜しみしておいたその電気はストライカードの頬辺りに当たると、ストライカードは瞬きする暇もなく気を失った。
しかし秋雄に喜ぶ暇はない。
ストライカードの口から木の実が落ちた。
「!!」
木の実の数が偶数ならまだいいが、奇数の場合はかなりマズい。もうストライカードは気を失っているが、下手して重力が逆転して浮かび上がった中で意識が戻ったりしたら最悪だ。
しかもそれはストライカードの精神力なら十分ありうる。
秋雄には見えた。木の実は残り数少なかった。
人生で一番神経を研ぎ澄ました時と言えるだろう。
木の実の数は
「9ッ!!!」
ストライカードは下敷きになってはいるが、重力がここで逆転したら秋雄だけが地面に叩きつけられる。
ギリギリの世界で、最後に秋雄は手を必死に伸ばす。
「届かないッ…!」
ゴッ!!―――
意識の薄い秋雄の籠もった耳には歓声が、もやのかかる目には自分を持ち上げる医師が見えた。
「(勝ったのか…?どっちだ…)」
聞きたいが声が出せない。眉をひそめたり目をパチクリとさせるが全く伝わらない。
「あれ…」
急に声が出るようになり、五感も正常になった。そうだ、治せる特異能力を持つから医師なんだった。
「あの!」
医師がこの言葉を言う前に秋雄の耳は確かに捉えた。秋雄に対する観客の祝福が。
「勝ちましたよ、金崎さんが」
秋雄は立ち上がると、周りを見渡す。すぐに横に立つストライカードが見えた。
「…最後に、奇数個木の実を落としたつもりだったんだが…お前にやられたみたいだな…」
仕方ないという風に腕を組みストライカードは言った。
いや、確かに木の実は9つあったはず。ギリギリで気が動転したのだろうか、ただ数え間違えをしていたのか。それは誰にも分からない。
だが勝ったことは事実だった。
『まさにヒーロー!!まさに英雄!!この前代未聞空前絶後の特異能力大会を戦い抜き優勝したのはァァァァアーーーーッッ!!!!金崎ィィィイイーーーッ!!!!秋雄ォォォオオーーッッ!!!!!』




