Two Hearts その1
浮浪者のような格好をした男はコンクリートの地面に立つ。
「昔…40年程前に、とある曲のメロディーが童謡からパクったモノだって裁判になったことがある…」
空を見上げ、雑音一つない空間で喋り出す。
「結局は裁判に負けてその曲は盗作ってことになった…その曲は本当にオリジナルのメロディーかもしれないし、本当に盗んだモノかもしれない…それは創った本人にしか分からないし、その本人がいくらオリジナルだって主張しても世間様は信じちゃくれない…」
その男の視線は少しずつ下に向かう。
「…それが本当に真実でも」
ストライカードの足下には、秋雄が倒れていた。
オーストラリアの小さな街にとある一家がいた。
その一家の先祖はイギリスからオーストラリアに逃れた貴族であり、先代からの方針で、一家の長男は政治の世界に入らなければいけないという仕来りがあった。
しかしその一家の長男は親に言われるがまま死に物狂いで勉強したが、才には恵まれず、幼少期の家庭では肩身の狭い人生を送っていた。
ある日両親は勉学が全く出来ない長男を見かね、養子をとった。
両親はあえてイギリス系オーストラリアと日本のハーフの子供を養子にとり、父親がオーストラリア人で母親がアジア系オーストラリア人だったため違和感はなく、順調にその子供は育ち、才色兼備の将来有望な子に育った。
そして養子がある程度育った時、長男は少しずつだが養子に惚れていた。決して許されぬ叶わない愛と知りながらも、想いは続いた。
長男は勉強は出来なかったが運動はでき、その高い身長を生かしバスケの世界に入り、高校・大学には推薦で入った。
一家は幸せだった。あの日までは。
『待ちに待って待ちわびた今大会最後の戦い!!決勝戦ッッ!!!最後まで笑っていられるのはどちらの戦士だッ!』
聞くのも最後になると思うと少し寂しい気持ちもする司会の声が、決勝戦開始の狼煙を上げる。
『選手入場だッ!会場の皆さんはもうご存知のはずであろう!!その知らせは天まで届くこの2人ッ!!』
観客のテンションは最高潮。ここまでうるさいものがあっただろうか。
『初戦敗退かと思われた期待はずれからの敗者復活戦を見事這い上がる超快進撃ッ!!この男に勝る策士がこの世に存在するのでしょうかッ!!いや!いるわけがない!!日本が誇るべき男!!静寂を切り裂き雷撃の如く相手を翻弄し気配を消し忍び寄るのはニンジャか!?ラストサムライかァッッ!!?特異能力「静電気」ッ!!金崎ィイーーッ!!!秋雄ォォォオーーーッッ!!!!』
秋雄は胸を張り、悠々と意を決した顔で歩み出す。
『秋雄選手とは真反対の初戦から無敗で余裕の勝利を飾ってきた一騎当千の男ッ!!体は雄大豪壮!!精神は不昧不落ッ!!その冷徹な瞳で相手をノックアウトッ!!その姿は宇宙飛行士かスカイダイバーか!!ダウンするのは己か相手かッ!!アンダーグラウンドからやってきた凄絶たるこの男ォッ!!特異能力「ダウン・アンダー」ッ!!!ジェェェェェエイス!!ストライカァァァアーーーッッドッ!!』
ストライカードはポケットに手を入れながら怠そうに歩き出す。
いまだかつてない選手紹介は決勝戦ならではの気合いと情熱が感じられた。耳を塞ぎたくなるような歓声と司会の声をなるべく気にしないようにしながら、2人は開始線に辿り着く。
その風が耳を摩ると、緊張が更に増してくる。
「……」
審判も緊張しているのか、自分が緊張しているだけなのか。試合開始までの間が長く思えた。
「試合ィッッ!!!!」
「始めェェェエ!!!!!」
その大声が聞こえると同時に、ストライカードは秋雄の視界から一瞬にして消えた。
「いきなりか!」
上を見上げると、ストライカードがすぐに目に入ったが、既に下に落ち始めていた。
落下しながらのストライカードの足を横へと冷静に避けながら、秋雄はスプレー缶を構える。
「いないッ…!」
先日の秋雄の予想を大きく外れ、ストライカードはもう上に落ちていた。
「ッ!」
秋雄は咄嗟に後ろに跳ぶ。
兎の跳躍のように落下を繰り返すストライカードに翻弄される秋雄は、スプレー缶を常に構えながら迎え撃つ。
今度は上に落ちることなくストライカードは一直線に走ってくる。
ボオォッ――
秋雄は拳銃のようにスプレー缶を構え、即噴射し、点火する。
火炎が秋雄の視界を包み込むが、ストライカードは躊躇なく炎に突っ込み、秋雄の目の前に現れた。
秋雄は唖然とする。
「嘘でしょォッ!!」
ストライカードはすぐに距離を置こうとする秋雄の襟を容赦なく掴む。何をするかは誰にだって分かった。
ポロッと、本当に小さい丸い物体がストライカードの口から落ちる。
「ウオッ!」
頭がクラクラしそうなほどに、いきなり秋雄は宙に舞い上がる。風に抗いながら空に向かって浮かび上がるのは不思議な感覚だ。
必死に藻掻き、ストライカードの指を引き剥がそうとするも、なかなか離れない。ただ襟を掴まれているだけなのに、指圧力が圧倒的すぎた。
「離せッ!」
秋雄がそう言うと、ストライカードは観念したように。
「分かった…」
ストライカードの口からあの木の実が綻び落ちる。それは死の宣告だろうか、そんな呑気なことを思う暇もなかった。
秋雄は体に激しく風を受けながら、地面に向かって少し斜めに落ちていく。
「あっ…!」
気がついた秋雄には、どうしようもない絶望という言葉が似合っている。
耳と目を塞ぎたくなるような鈍い衝突音と絶望的な状況が秋雄には分からなかった。




